第13話 ミラちゃんの一人暮らし計画

 キラリは活動を自粛となった。

 ここで活動したら、それこそ炎上騒動になる。

 元々休止していたのだから、あまり状況は変わらない。

 だけど、休めば休むほど配信がやり辛くなる。


 だから活動はしなくとも活動計画は練りたい。

 ということで日にちは跨いだが、キラリとビサイド事務所で待ち合わせをした。


「ん?」


 待ち合わせの会議室に向かっていると、自動販売機の前で女の子が立っていた。

 ポケットやバッグを漁っていて、どうやら困っている様子だ。


「あれは……」


 見覚えはあるが名前を忘れた。

 あんまり他人の名前を覚えるの得意じゃないんだよな。

 しかも最近は初対面の人と沢山出会っているので余計に覚えづらい。

 だから新しい職場とか生活環境は苦手なんだよな。


 名刺を貰っていたのでコッソリと見て確認する。

 境界ミラ、か。

 可愛らしい女の子で幼児体型だけど、高校生って子だったよな。


 今日は可愛らしい制服を着ている。

 学校だったのかな。


「ミラちゃん、こんにちは」

「あっ、こ、こんにちは、キラリちゃんのマネージャーさん」

「どうしたの?」

「実は財布忘れちゃって……」


 そんなことだろうと思ったが、財布忘れて飲み物が買えないのか。

 財布って嵩張って不便だし、忘れる可能性あるからスマホにICカードの登録した方がいいよな。

 俺もやろうやろうと思って、やってないけどミラちゃんもやっていないのかな。


 でも飲み物か。

 普通の人だったらお金なくて諦めるだけで済む話だけど、声を出す仕事だから喉は大事だよな。


 俺は自販機にICカードをタッチする。


「何がいい?」

「え? いや、あの、いいです、悪いので……」

「じゃあブラックコーヒーでいい?」

「いえ、あのブラックコーヒー飲めないんです」

「だったら何が飲める?」

「あの、オレンジジュースだったら飲めます」

「分かった」


 ピッとオレンジジュースのボタンを押す。

 ガコン、と出て来た飲料缶を渡す。


「はい、どうぞ」

「え? いいんですか?」

「うん、いいよ。俺も何か飲みたかったし」

「……優しいんですね」

「え? いや、普通だよ、普通」


 俺は水を選択する。

 別に今は飲み物欲しくなかったけど、こう言えばミラちゃんも恐縮しづらいだろう。


「す、すいません。いただきます。あの、本当すいません。今度お返ししますから」

「いいの、いいの。100円とか150円ぐらい。律儀に返さなくても」

「でも、奢ってもらったのに私のオレンジジュースの方が高かったですし」

「そんなのいいよ。俺が水を選んだのは安いからとかじゃなくて、健康の為だから」

「健康の為、ですか?」

「そう。糖質制限しているから」

「? そんなことやっているんですね。女性みたいです」

「ははは」


 30歳ともなると新陳代謝が落ちて、色々と身体にガタが来る。

 最近、お腹が出て来たんだよなあ。

 その為にもジュースは気を付けないといけない。


 コーラを毎日飲んでいる時期もあったけど、砂糖いっぱい入ってるからな。

 ご飯とか揚げ物とかもカロリーを意識して多く食事を取るのは止めてしまった。


 男とか女とか関係なく、年を重ねると好きな食事や飲み物が口にできなくなる。

 そういうこと分からないんだろうな。


 若いっていいな、って口に出したら煙たがられそうなので言葉にはしないけど、やっぱり住む世界が違うな、女子高生とは。


「今日はミラちゃん撮影?」

「……は、はい。自宅で撮る方もいますけど、やっぱり家には家族がいるので難しいんですよね」

「あー、そっか」


 Vtuberで売れているといっても、女子高生ならまだ家族と暮らしているってこともあるのか。


 家に家族がいたら、配信もやり辛いだろうな。

 防音室なんて普通の家庭にはないだろうから、自分の娘が部屋で叫んだり、喚いていたりしたら、両親は心配するかも知れない。

 友達と話しているという陳腐ないい訳にも限界あるだろうし。


 親フラなんてしたら、Vtuber的には厳しいだろうから、親がいない時間帯に配信したいだろうけど、学校があるからそれも難しいだろうな。

 視聴者的には親フラがあった方が面白いだろうけど、特定に繋がるからできるだけ親がいない時に配信しないといけない。

 そう考えると大変そうだ。


「あま、ねさん」

「うん? どうしたの?」

「一人暮らしってどうなんですか?」

「……もしかして、一人暮らししたいの?」

「え? いや、そういう訳じゃないですけど……。いえ、もしかしたら将来的にするかも知れないので、少し聞きたくて」

「そっかあ……。一人暮らしかあ……」


 随分とアバウトな質問だな。

 一人暮らしどうですか、か。

 ありきたりな答えしかできないな。


「いいこともあるし、悪いこともあるよ」

「は、はい……」


 普通のことしか言ってないので、反応に困っているな。

 もうちょい掘り下げて話そうか。


「自由なところがいいね。夜更かしできるし、配信していても誰も文句言わないだろうし、おかしを大量に食べても、野菜を食べなくてもいい。ただ、自分でやらないといけないことが多過ぎる」

「自分でやらないといけないこと、ですか?」

「うん。正直高校生で一人暮らしは難しいと思う」


 実際に一人暮らししてみないと分からないけど、かなり作業量は多い。

 どこまでこだわるかはその人次第だけど、高校生で一人暮らしつつ、学校を通って、それから配信もやるのは正直現実的じゃない。

 お手伝いさんを雇うならまだ話は別だけど、一人暮らしはそんなに楽なものじゃない。


「掃除、洗濯、料理、ゴミ出し。自己管理。自分に厳しくなれる人間じゃないと、ゴミ屋敷になるね。そうならない為には時々誰かを招待することかな」

「誰かを招待?」

「うん。お客さんが来るってなったら否が応でも掃除しとかないと恥をかくからね。家族でも友達でもいいから定期的に誰かを呼ぶと家は綺麗になるから、それが俺なりのアドバイスかな」


 まあ、多分、ミラちゃんは家が汚くなることはないだろうけどね。

 男の一人暮らしだと、家が綺麗な方が珍しい気がする。

 そこら辺にカップラーメンやらコンビニ弁当が食べ終わった容器のゴミが落ちていたり、服が散らばっていてもそこまで気にならないしな。


「それじゃ、一人暮らしの時はマネージャーさんを呼びますね!!」

「あ、う、うん。ありがとう」


 何で俺を家に呼ぶんだろう。

 会ってそこまで経っていないはずだ。

 そこまでこの子に気にいられるようなことしたかな。


 あ、でも。

 そうか。

 無理だ。

 女子高生の一人暮らしに男の俺が行ったら問題になる。

 Vtuberに男はご法度だ。

 ミラちゃんが顔バレしているかは分からないけど、その可能性も考慮すべきだ。


「いや、やっぱりまずいかな」

「え? 来てくれないんですか?」


 眼がウルウルする。


 ま、まずい。

 今にも泣きそうだ。


「いや、絶対行くよ、絶対」

「本当ですか! 楽しみです!」

「あーうん。本当に一人暮らしするつもりなの?」

「あっ、いえっ! そんなことは……」


 しどろもどろになる。

 やっぱり一人暮らしするつもりだったんろうか。

 家にいるとそんなに配信しづらいんだろうな。


「と、とにかく、オレンジジュースありがとうございました!!」


 そそくさとミラちゃんが走っていく。


 なんか、いつも逃げられている気がする。

 実は嫌われているみたいで少し傷ついた。

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