New Wonderland

48羽目 「ねー。その本読んでて面白い?」

 春。


 温かな日差し、舞い散る桜の花びら。小鳥のさえずり、なんだかいい匂いがする柔らかい風。


 新しい日々の、はじまり。


「ねー。その本読んでて面白い?」


 だだっ広い野原の上で本を読んでいるウウにわたしは尋ねてみた。銀髪が優しい風に揺られて、綺麗になびいている。


「面白いですよ。アリスさんの読んでいるような小説とは違うかもしれませんけど」

「そっか。でも、それってどんな内容なの? 『魔王のグラタン』とか書いてあるけど。グラタンのレシピ本なの?」

「いえ。これはグラタンという名前の小さな魔王の女の子が世界を変えるために奮闘するというお話です」

「へぇ~。そうなんだぁ……じゃあウウはさ、自由に世界を思い通りにできるとしたら、どうしたい?」


 わたしはウウに尋ねる。ウウは困ったように眉をひそめて、少し考え込む仕草を見せた後、答えた。


「そうですね……私は別に、何もしたくないです」

「えっ!?  なんで!?」


 わたしは思わず驚いてしまった。だって、自分の好きな世界に出来るんだよ!? 例えばショートケーキだらけの世界にしたりだとか、美味しいものだけ食べ放題の世界にしたりとかさ! そういうことをしてみたいとは思わないのかなって思って……。


「えっと……私は、その……」

「なになに? 恥ずかしがらずに教えて!」

「あ、あの! 私はアリスさんとずっと一緒にいられればそれでいいです!」

「あ……うん……う、嬉しいな」


 思わず頬が熱くなるけど、わたしもウウと同じ気持ちだよ。だから、これから先もずっと一緒だよ。ウウの手を取って、わたしは笑顔を浮かべる。すると、ウウも同じように微笑んでくれた。


 空を見上げると、青い空が広がっている。そして、大きな雲がゆっくりと流れていく。わたし達は手を繋いだまま、その光景を眺めていた。


「アリスさん。私達って、ずっとこのままの関係でしょうか?」


 不意にウウがそんなことを聞いてきた。わたしは少し考えてから答える。


「うーん。そうだね……わたし達のこの関係は、いつか終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。それは誰にも分からないよ。……だけどさ、きっと大丈夫だと思うんだよね」


 根拠なんてないけど、なぜだかわたしにはそう思える。例え離ればなれになったとしても、絶対に巡り合うことができる。そんな気がする。


「……そうですね。私も同じことを考えていました」

「えへへ。以心伝心だね」

「ふふっ。そうですね」


 わたし達がそうやって笑い合っていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「メアリも来たよぉ~」


 声の方を振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。


「あっ! メアリ!」

「そうだよぉ。メアリだよぉ」


 そう言ってメアリは駆け寄ってきて、そのまま勢いよく抱きついてくる。


「ちょっ! 急に飛びつかないでよ!」

「えへへぇ。ごめんなさぁい」


 まったく反省していない様子のメアリを見て、わたしは大きくため息をつく。でも、こういうことをするのがメアリだし、仕方ないか。それにしても、相変わらずちっこいなぁ。わたしより背が低いんじゃないかな?  まぁ、お人形みたいな見た目をしているし、身長が小さいのは当たり前なんだけどね。


「アリスさんのお友達ですか?」

「うん! この子はメアリっていうの。よろしくね」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ウウは礼儀正しく頭を下げる。


「えっとぉ。あなたが噂のウウちゃんなんだねぇ。会えて嬉しいよぉ~」


 メアリはそういうと、今度はウウを抱きしめた。


「わっ!? ど、どうしたんですか!?」

「えへへぇ。かわいい子がいて嬉しくてつい抱きついちゃった~」

「もう……メアリったら」


 わたしは苦笑するしかなかった。いつもこんな感じで誰彼構わずハグしているからね……。


「ウウちゃんかわいいよ~。ほっぺぷにぷに~」

「く、くすぐったいですよ」


 メアリはそうやってウウの頬を指でつんつんしていたけど、しばらくすると今度はウウの手とわたしの手を両手に持った。


「えへへ。これでよしっ」

「な……なにする気……?」

「こうすればもっと仲良くなるかな~って思ったからだよぉ」


 メアリは満面の笑みを浮かべている。相変わらず不思議な子だけど、嬉しそうにしているのはなによりだ。


「えへへぇ。ウウちゃんはアリスちゃんと仲良くしたいんでしょ~。だったら、これなら分かるんじゃない?」

「えっ……!?  そ、それってつまり……」

「えっ!?  ちょっと待った!  まだ心の準備が出来ていないというか……!  えっと、その……!」


 わたしが慌てていると、メアリがさらに追いうちを掛ける。


「このまま二人で、ちゅーしちゃおうよぉ」

「ええええ!? むり無理! 絶対できないよ! だって、まだ付き合ってないし! 恋人でもないのにそんなこと……! ね? ウウもそう思うでしょ……?」

「……私は……いいですよ」

「えええっ!?」


 わたしは驚いてしまう。まさかウウがそんなことを言うとは思わなかったからだ。


「な、なんで……? どうしてなの……? ウウ……?」

「アリスさんとお付き合いをする前の予行練習ということで……どうかなと思いまして……」

「あぅ……ウウ……」


 わたしは嬉しさやら恥ずかしさで胸がいっぱいになり、言葉が出なくなってしまった。


「じゃあ、いくよぉ」


 メアリがわたしとウウの顔を近づけてくる。


「あ、あわわ……!」

「アリスさん。目を閉じてください」

「う、うん……わかった……! ん……んん……?」


 唇に柔らかい感触が伝わると同時に、甘い香りが漂ってくる。わたしが恐る恐る目を開けると、目の前にウウの顔があった。


「んん……んんん……!?」

「んん……んんん……んん……ん……!」


 ウウはわたしを抱き寄せ、そのまま口づけを続ける。わたしは抵抗することも出来ず、ただそれを受け入れた。


「んん……ん……はぁ……はぁ……」


 やがて長いキスが終わると、ようやく解放された。


「はぁ……はぁ……ウウ……大胆すぎるよ……!」

「す、すみません。アリスさんがかわいすぎて我慢できなくて……!」


 ウウは頬を真っ赤に染めて俯いている。


「えへへぇ。よかったねぇ、二人とも」


 メアリはニコニコしながらそう言った。


「……うん。そうだね」


 ウウやメアリと一緒なら、きっとどんなことでも乗り越えられる。これから先もずっと一緒にいよう。わたしは心の中でそう誓った。それから、わたしたちは笑いながら、抱きしめあった。わたしは幸せだ。この幸せな時間が、いつまでも続きますように。

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