Fifth Wonderland

45羽目 「ダメ! 近づかないで!」

 わたしは不思議な世界で生きる美少女、アリス! ……って自分の脳内では思っているんだけど、実際は普通のどこにでも居そうな平凡な人間。はぁ、なんでだろうなあ……。今日も憂鬱な学校生活が始まる。朝起きるの辛いなあ……。お母さんうるさいなあ……。学校に行かないで寝ていたいなぁ……なんて思うけれど、仕方ないよね。


「おはよー」


 わたしはとりあえず挨拶をしてから教室に入ったけど、誰一人として挨拶を返してくれる子はいない。でも、みんな無視をしようとして無視しているわけじゃないんだよ。恥ずかしがり屋さんなのか、返事をしてくれないの。きっと仲良くなれば、わたしにも笑顔で話しかけてくれる……はず!


 でも、やっぱり返事してくんないかあ。わたしは自分の席に向かう。このクラスでは一番後ろの窓側の席だから、景色は良い。前の子の女の子は、たまに振り返ってくれることもあるし、ちょっとした雑談ができるから好きだな。


「おはよ、アリス」


 と思っていたら、その女の子が早速わたしに声を掛けてきてくれた!


「お、おはよ。ルナ」


 わたしはその女の子――ルナに挨拶を返した。


「ねえ、今日の宿題やってきた?」

「え? ううん、やってきていないけど……」

「そっか。じゃあ見せてあげるよ」

「ほんと!? ありがとう!」


 ルナはとても優しい性格だ。それに顔も整っていて美人。クラスの男子からも人気があって、告白されているところを何度か見たことがある。もちろん女子からも人気がある。いつも明るい雰囲気を出していて、友達も多く作っている。


 でも、わたしが気になっていることは……彼女の目の下に、濃いクマがあるということ。どうしてあんなにも眠たそうにしているのだろうか。何かあったのかな……。


「どうしたのアリス。あたしのことじっと見たりして」

「あ、ごめんね。なんでもないよ」

「そういえば、アリスってお姉ちゃんがいるんだっけ?」

「うん。いるよ」

「どんな人なの?」

「優しくて綺麗な人だよ」

「アリス、あたし……アリスのお姉ちゃんに会いたいな」

「えぇ? まあ、別にいいよ」

「本当に! やった!」

「じゃあ放課後、うちに遊びに来る?」

「いいの! 行く!」


 こうしてわたしは、ルナを家に招待することになった。


「ここがアリスの家なんだね。すごく大きい」


 ルナは庭からわたしの家の外観を見て、感嘆の声を上げていた。


「ふふん! 凄いでしょ! 自慢の家なんだよ! さあさあ上がって上がって!」

「うん!……でもその前に」


 そう言うと、突然ルナはわたしの首を絞めてきた。息ができないほど強く。


「まず君を、殺さないとね」

「え……? ル、ナ……?」


 わたしは必死に抵抗すると、ルナが苦しそうな顔でわたしから手を離した。そして、その場に崩れ落ちるようにして倒れた。


「……ルナ!」


 わたしはすぐに駆け寄り、声をかけた。


「うう……出て……こないで……!」

「しっかりして! ルナ!」

「もう……やめてよ……!」

「大丈夫! 落ち着いて! わたしがついてるから!」

「あああああああああああああああ!!!」


 わたしは精一杯彼女を支えようとした。だけど、ルナは苦しんでいるような声で叫びながらわたしを押し飛ばした。わたしはそのまま地面に倒れ込んだ。


「アリス……お願い……! 近づかないで……! でないと……あたし……あなたを……」

「わたしは逃げないよ。絶対にあなたの側を離れない」


 わたしは起き上がり、彼女に近づいていく。


「ダメ!! 来ないで!!」


 ルナはそう叫ぶと、地面にうつ伏せに倒れた。


「ルナ! しっかりして!」


 わたしはルナに呼びかけた。すると、彼女はゆっくりと身体を起こし、わたしを見つめてきた。


「また会えたね。アリス」


 ルナは不気味に微笑んで、わたしの名前を呼んだ。


「驚いたよアリス。まさか君の能力が、世界を書き換える能力だったなんてね」

「……え?」


 わたしはルナの言葉に驚き、思わず訊き返してしまった。


「はっ。だが能力の代償が自分の記憶なんて、とんだ笑い種だな」

「何を言って……」

「まあいいさ。それなら徹底的に利用するまでだ。アリス、お前も操ってやろうじゃないか」

「やめて!」

「やめないよ!」


 ルナは再びわたしに詰め寄ってきた。今度は肩を掴まれてしまい、動けなくなってしまった。このままじゃ……どうしよう……と思ったとき、ルナが膝から崩れ落ちた。


「アリス!」


 ルナはまた、わたしの名前を呼んだ。目には涙が浮かんでいた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「わたしこそごめん。怖かったよね。助けられなくてごめん」


 わたしは彼女を抱きしめようとしたけど、


「ダメ! 近づかないで!」


 と制止された。そしてルナは言葉を続けた。


「懐中時計を……開いて!」

「え?……これ?」


 わたしはポケットから懐中時計を取り出し、開く。すると、文字盤が光り輝いた。


「うわっ!」


 あまりの眩しさに目を閉じてしまう。


「よし、これでいい……アリス。あたしはあなたとは少ししか話したことはない……だけど、あなたが思い描く世界なら……きっといい世界になるって……信じてる……だから……」


 ルナはそう言うと、全身の骨が一気に抜けたように倒れた。かと思うと、すぐに操り人形みたいに起き上がった。そして、


「うるさあああああああああああああい!! 人形風情がああああああああああああ!!」


 と絶叫しながらわたしの元へとやってきた。しかしルナの手がわたしに届く前に、わたしは懐中時計の光に包まれた。

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