44羽目 「やめないよ。たっぷりといたぶってあ・げ・る」

 そのときだった。


 わたしと怪物の間に、ウウが立っていた。ウウは懐中時計を右手だけで開けた。するとウウの周りを突風が渦巻き、姿を覆い隠したかと思うと、ウウの身体はどんどん大きくなり、頭からは二本の長いツノが生え、胸元には青白く輝く宝石のようなものが現れた。


 その姿を、怪物が見ていた。信じられないといった表情をしている。


「嘘だろ……!? そんな馬鹿なことがあるか!! その姿になれる力は僕が吸収したはずだ! どうして使えるんだよ!」


 ウウが答える。


「私も、最初は絶望していました。こんな世界で生きていても仕方がないと。ですが、気づいたんです。こんな世界にも愛おしいものだったり、大切にしなければならないものがあると。だから私は、この世界を守るために戦います!」


 ウウは怪物に向かって、そう言った。


「ふざけるな! 僕はこの世界を壊す! 僕に逆らう奴らはみんな殺す! 邪魔をするなあああ!!」


 怪物が叫ぶと同時にウウに飛びかかる。だけどウウはそれを軽々とかわすと、怪物の脇腹に強烈なパンチをお見舞いした。怪物はたまらず吹っ飛ぶとゴロゴロ転がり倒れ、観客席をなぎ倒した。


「もう終わりですか?」

「クソォッ!」


 怪物は立ち上がる。そしてまた襲いかかろうとした。でも、それより先にウウの攻撃が始まった。今度はキックの連打を浴びせている。


「はあっ!」


 最後に放った回し蹴りが怪物に直撃し、怪物は空高く舞い上がる。そのまま落下してきたところを、ジャンプして待ち構えていたウウが空中でキャッチし、地面へと叩きつけた。


「ぐあっ!!」

「これでトドメです」


 ウウは懐中時計を開いた。それと同時にウウの両足に稲妻が走る。ウウは宙返りしながら飛び上がり、左足で怪物の顔面を踏みつけた。するとそこから激しい電流が流れ、怪物の体中に駆け巡っていく。


「あぁあああああああああああああああああああああああ!!」


 怪物は悲鳴を上げると、ウサギの姿に戻った。その体はボロボロになっており、ピクリとも動かない。


「やった……」


 わたしは自分の傷口を押さえながら、ウウの勝利を見届けた。


「アリス! 大丈夫ですか!?」


 わたしの元に、変身を解除したウウが走ってきた。


「うん……なんとかね」

「待って下さい……! 今、傷を……!」


 ウウがそう言うと、わたしのお腹に出来た大きな傷口が光を放ち、みるみると治癒していった。


「凄い……。ありがとう」


 わたしは礼を言う。するとウウは首を横に振った。


「当然のことをしたまでです」


 ウウはニッコリと微笑んだ。するとルナ――三月ウサギが倒れている方向から笑い声が聞こえてきたので、咄嗟に振り向く。


「アリスちゃんも無茶するよね〜。普通僕と戦ったら死んでてもおかしくないよ」


 三月ウサギはケラケラと笑いながら、わたし達のところへやって来た。そして倒れているルナを見ながら蹴とばした。


「これじゃ、もう動けないないだろうね〜」

「な……!? どういうこと!?」


 わたしは驚愕した。なんで!? 三月ウサギは、ルナだったんじゃないの!?


「ん? ああ、そっか。まだ言ってなかったっけ。実はあの子、僕の分身なんだ」

「え……?」

「僕が元々この世界の住人じゃないことはルナから教えてもらってるよね。僕はある日突然、この世界に迷い込んだんだよ。そこで出会ったのが、あの人形――ルナだ」

「じゃあ……まさか」

「そうだよ! 僕はルナを操り人形にしてやったんだ! まあルナはもう壊れちゃったみたいだけどね!」

「あなた、なんてことを……!!」


 怒りを剥き出しにするウウに、三月ウサギは鼻で笑った。


「ふっ。君達だって同じだろう。僕の分身を一人か二人か……まあとにかく、殺した。そんな奴らに怒られる筋合いはないと思うけどね」

「違う! わたしは……!」

「いいや違わない。この世界の神たる僕を殺すなんて、どう考えたって悪いことだろ」

「それは……」


 わたしは反論しようとしたけど、有無を言わさず一蹴されて、口をつぐんでしまう。


「それにしても驚いたなあ。アリスちゃんが僕の分身相手にまさかこんなに戦えるなんて。ま、最後は負けちゃったけど。でも流石、僕のお気に入りだけあるね」

「……なんですって?」


 ウウがキッと三月ウサギを睨みつけた。三月ウサギは「あー怖いなー」と言いながら笑っていた。


「ちょっと待って……。わたしがお気に入りって、どういうこと……!?」

「そのままの意味さ。僕は気に入った女の子には手を出す主義なのさ。ルナが君にやったことよりも、もっとすごいこともやりたいなあ」

「ふざけないで!! アリスはあなたのおもちゃなんかじゃありません!!」


 ウウは激昂した様子で、懐中時計を再び手に取った。


「へぇ〜。まだ戦う気なのかい? ウウ、君が僕に勝てる可能性はゼロなんだけどなぁ」

「わたしは負けません! わたしはこの世界で生き続けます! 絶対に!」

「そう。それならそれで構わないよ。どのみち結末は変わらないからね」

 

 ウウは懐中時計を開いた。そしてウウは変身する。今度はウサギをデザインに落としこんだようなスーツに身を包んでいる。


「やっぱり、もうあの姿に変身する力は残っていないようだね」


 三月ウサギはそんなウウの変身した姿を笑いながら、懐中時計を取り出した。


「まあ、君がもうそんな姿にしかなれないっていうなら、僕も合わせてあげるよ。君がどんな姿でどんな力を持っていたとしても、最終的に僕が勝つことには変わりないからね」


 三月ウサギは懐中時計を掲げて、蓋を開けるスイッチを押し込んだ。秒針音と共に、銀色に輝く装甲が形成されていく。三月ウサギはまるで絵本に出てくる宇宙人のような見た目になっていた。


「それじゃあ、二回戦と行こうか」


 三月ウサギはウウに指をさしながら言った。ウウはそれに対して何も言わず、三月ウサギに向かって駆け出す。ウウは右拳を三月ウサギに向けて突き出した。三月ウサギは懐中時計を盾にしてその攻撃を防ぐ。


「う〜ん。なかなかやるね〜」


 三月ウサギは余裕の笑みを浮かべて言う。


「でも、これはどうかな?」


 三月ウサギは懐中時計の蓋を開く。それと同時に、三月ウサギの身体は宙に浮かび上がった。


「僕の能力は空間を操る能力だ。この世界に存在するあらゆる物質を自分の思い通りに操作することができる。さあ、どうするかな? このままだとアリスちゃん、殺されちゃうかもね? まあその前にお前を殺すけど」


 三月ウサギは空中で腕を組み、ニヤリと笑う。


「くっ……!」


 ウウも懐中時計を開く。すると懐中時計は鋭利な剣へと形を変えた。


「お、いいねぇ! それで僕を斬るつもりかい?」

「ええ。私はあなたを倒します。あなたを倒して、アリスを守ります」

「ふーん。まあやってみれば? 君にそれができるならの話だけどね」


 三月ウサギはウウを挑発する。


「…………」


 ウウは無言のまま、三月ウサギに向かって走り出した。


「だんまりか! まあいいさ、相手になってやる!」


 三月ウサギはウウを迎え撃つために、地面を強く蹴って飛び出す。


「はあああっ!!」


 ウウは三月ウサギに剣を突き出す。三月ウサギはその攻撃を簡単にかわしてみせた。


「ほら、そんなんじゃ当たらないよ〜。もっと頑張ってよ」


 三月ウサギはウウの周りを飛び回りながら、懐中時計の蓋を開き、対抗するように次々と武器を出現させ、ウウに投げつけてきた。ウウはそれらを素早い剣さばきで全て破壊する。


「へぇ〜。すごいじゃん」


 三月ウサギは感心したように呟いた。


「それじゃあ、これはどうかな?」


 三月ウサギはまた懐中時計を開いて、スイッチを押し込んだ。すると三月ウサギの周囲にいくつもの巨大な鉄球が出現し、ウウの方向へと転がってきた。ウウはそれを見て、すぐに剣をしまい、その場から跳躍して逃げる。三月ウサギも続けてウウと同じようにジャンプをした。2人の着地地点は丁度重なり合う。


「潰れろ!」


 三月ウサギは両手に持ったハンマーを叩きつけるようにして、ウウに向かって攻撃した。ウウはそれをギリギリでかわし、三月ウサギの顔面を殴った。


「うわあああああ!!」


 ウウの渾身の一撃を喰らい、三月ウサギは墜落し、地面に叩きつけられる。


「ぐはぁっ!! は、鼻が……!」


 三月ウサギは鼻を押さえながら立ち上がる。


「はあ、はあ……。今のパンチは効いたよ。まさか僕にダメージを与えるなんてね。少し油断していたみたいだ」


 そう言って三月ウサギは懐中時計のスイッチを再び押した。するとウウは地面に叩きつけられた。


「これで終わりだよ」


 三月ウサギは懐中時計のスイッチを押すと、懐中時計を銃に変えた。三月ウサギはウウに向かってその銃を撃ち放つ。銃弾は真っ直ぐに飛んでいき、ウウの身体から血が噴き出した。


「え……?」


 わたしは今起こった光景が信じられなかった。ウウが……え……?


「いやあ、ごめんねアリスちゃん。もういいかなって思って、時計ウサギ殺しちゃったよ」


 三月ウサギはニヤリと笑い、銃を懐中時計へと戻す。


「嘘……嘘! 嘘! 嘘! うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「残念だったね。でも安心してよ。君もすぐに同じところに送ってあげるからさぁ!」


 三月ウサギはわたしを殴り飛ばした。わたしは地面を転げ回る。


「痛いっ! やめて!」


 わたしの言葉を無視し、三月ウサギはわたしを蹴り続ける。


「やめないよ。たっぷりといたぶってあ・げ・る」


 三月ウサギは懐中時計を取り出し、それを見つめる。するとわたしの全身はみるみると干からびていった。身体中に痛みが走り、皮膚にはシワが増えていく。まるで老人のようになっていくようだ。


「あ……! あっ!……!」


 わたしの口の中は砂漠化していく。水分を奪われているのだ。やがて喉はカラッカラになった。呼吸をしようと口を開けても息ができない状況になる。


「んー、まだかな?」


 三月ウサギは懐中時計を見ながら、さらに力を込めてくる。このまま倒れて死ぬかもしれない。そんな不安に襲われる。怖い、苦しい。誰か助けてほしい。涙が出てくる。視界が霞む。こんなところで死にたくない。もっと生きたい。やりたいこともいっぱいあるんだ。わたしはそんな思いを込めながら、懐中時計を開けた。

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