Third Wonderland
41羽目 「これは、魔法のじゃがいもだ!」
「ここが……次の場所……なの?」
わたしは辺りを見回しながら呟く。わたしは教室の真ん中あたりの席にちょこんと座っていた。だけど他に人はいなかった。だけど、わたしが座っていた席の机の上には、ウサギのぬいぐるみが置かれていた。例によって、ウウっぽいけどウウじゃない。
「まさか……今度はこれと戦うの!?」
わたしは不安になってそう叫ぶ。すると、ぬいぐるみが目を覚ましたのか、むくりと起き上がった。
「おはよう、アリス」
「やっぱり! ……というかなんでわたしの名前を知ってるの!?」
「アリスのことならなんでも知っていますとも」
「なんで……?」
「もちろんアリスのことが好きだからです」
「き、気持ち悪い!」
「フッフッフッ……照れなくてもいいんですよ。さぁ、一緒に遊びましょう!」
そう言うとぬいぐるみはわたしをぬいぐるみにしては妙に固い拳で殴り飛ばした。
「きゃあああ!」
わたしは床に倒れ込む。
「さあ、我々と共に世界を作り替えましょう!」
そう言いながらぬいぐるみはわたしにもう一度攻撃してきた。わたしは必死で避けようとしたけど、避けきれずに攻撃を受けてしまう。
「ぐふっ!」
わたしは痛みに耐えながら、懐中時計を開いて変身した。
「変身するんですね……。では……本気でいかせていただきます!」
ぬいぐるみはわたしに向かって走り出した。わたしはぬいぐるみをステッキで迎え撃とうとした、そのときだった。
「おい! お前ら何やってんだ!」
男教師らしき人が怒鳴りながら、教室に入ってきた。
「チッ! 面倒ですね!」
ぬいぐるみは舌打ちをすると、男教師に体当たりをした。
「うわあっ!」
男教師は悲鳴を上げながら、倒れた。
「大丈夫ですか!?」
わたしは慌てて駆け寄る。
「いてて……」
どうやら怪我は無いようだ。よかった。
「おや? これはこれは……」
ぬいぐるみは男教師を見ながらニヤニヤ笑っていたけど、男教師はわたしに向かって質問をしてきた。
「誰だお前!? うちの生徒か!?」
「いえ、違いますけど……」
「そうか! だったら今すぐあのぬいぐるみと一緒にこっから出てけ!」
「そ、そんな……でも……」
わたしが戸惑っていると、ぬいぐるみが口を開いた。
「仕方ありませんねぇ……こうなったら短期決戦といきましょうか!」
そう言うと、ぬいぐるみはわたしに襲いかかってきた。
「危ない!」
避けられない――と思ったとき、男教師がわたしをかばった。
「ぐわーーーー!!」
ぬいぐるみの攻撃をまともに受けて、男教師はまたもや悲鳴を上げた。
「どうしてわたしを庇ったんですか!」
「うるさい! 生徒を守るのが教師の役目だろうが……それに俺は……お前の担任だからな……」
「いや、違いますけど……」
わたしは即答した。それを聞いて男教師――いや、先生は苦笑いをした。
「えっと……君は……一年A組の
「有住じゃなくてアリスです。それに言ってますよね? ここの生徒じゃないって」
「そうだったっけ?」
「はい」
「まあいいや。ところでその懐中時計は何なんだ? まさかとは思うが、変身アイテムとかじゃないよな?」
「あ、これは……」
わたしが答えようとすると、ウサギのぬいぐるみが割り込むように喋り始めた。
「おっと。それは秘密ですよ。懐中時計の秘密は簡単に他人に教えるものではありません」
「なんだこいつ……お前の友達か?」
「いいえ。全然知りません」
わたしはきっぱりと答える。
「そうか……。じゃあ、倒してもいい相手ってことか?」
先生がわたしに訊いてきたので、わたしは「倒せるものなら倒しちゃって下さい」と頷いた。
「よし……わかった」
先生は力強く返事をする。そして、わたしの前の席に座っていたウサギのぬいぐるみもそれに応じて立ち上がる。
「フッフッフッ……この私を倒すですって?」
「ああ、そうだよ。お前のせいで、生徒が危険な目に遭ってるからな」
先生はそう言うと、着ていたスーツを脱ぎ捨てて、下着姿になった。
「……え!?」
わたしは思わず驚きの声を上げる。
「さて……と。これで俺も戦えるぞ」
「いや……でも……なんで服脱いだんですか?」
わたしは戸惑いながらも先生に問いかける。
「決まってるじゃないか。戦うためだよ。スーツだと動きにくいからな!」
そう言いながら、先生は拳を構えて、ファイティングポーズをとった。
「わかりました。なら……こちらも本気でいかせていただきましょう! ……と見せ掛けて!」
ウサギのぬいぐるみはそう叫ぶと、わたしの方に向かって走ってくる。まずい! わたしは咄嗟に――ダメだ、間に合わない!
「させるか!」
男教師はわたしの目の前まで迫って来ていたぬいぐるみに飛び蹴りを食らわせた。
「ぐふっ!」
「うわー!」
ぬいぐるみが蹴りをまともに受けて倒れるが、先生もバランスを崩して豪快に机と椅子ごとフローリングの床に倒れた。
「大丈夫ですか?」
わたしは慌てて先生に駆け寄る。
「ああ、問題無いさ」
そう言いながら、先生はゆっくりと立ち上がる。
「ところで聞きますが……あなたは……誰です?」
ぬいぐるみが男教師を見ながら首を傾げる。
「ああ、俺は……」
先生は下着を直した後、黒板にチョークで大きく書きながら言った。
「有栖川高校二年C組……生徒番号四十五番……担任教師、佐藤太郎だ!」
勇ましく黒板をバンッと叩いて、先生は自分のことを佐藤太郎と名乗った。かっこつけたみたいだけど、下着姿のせいで何もかも台無しだった。
「ふっ。担任教師が教室で下着姿とは、減給ものですねぇ」
ぬいぐるみは先生をあざ笑いながら言った。
「くそ……! お前に言われたくないわ! 喋るぬいぐるみめ! 幼稚園にさっさと帰れ!」
先生の言葉にぬいぐるみの顔に青筋が入った。どうやらかなり怒らせてしまったようだ。
「いいでしょう……。まずはあなたを倒しましょうかね……!」
そう呟くと、ぬいぐるみは佐藤先生の方に向かっていった。
「来るか! 来い!」
先生は構えると、ぬいぐるみを迎え撃とうとする。
「喰らいなさい!」
ぬいぐるみはそう叫びながら突進してくる。
「うおお!」
先生はぬいぐるみに向かって、パンチを繰り出した。しかし、簡単に避けられてしまう。
「まだまだ!」
続いて、キックをするがそれもかわされてしまう。
「そんな攻撃では、私は倒せませんよ!」
「そうか! だったら!」
先生はそう言うと、深く息を吸った。そして――
「ウオオオォォ!!」
雄たけびを上げながら、ウサギのぬいぐるみに殴りかかった。
「ぐはあっ!!」
殴られたぬいぐるみは吹っ飛んでいく。
「どうだ! 俺の本気の一撃は!」
先生は勝ち誇るように叫んだ。
「フッフッフッ……。なかなかやりますね……」
「お前こそ……」
二人はお互いに睨み合う。そして――
「さあ……そろそろ決着をつけましょうか……」
「ああ、望むところだ……」
先生はそう言うと、またしてもファイティングポーズをとる。
「行きますよ!」
ウサギはそう言って先生に向かって言った。しかし先生は一歩も動こうとしなかった。
「先生!」
わたしは思わず叫んでしまう。だけど先生は、わたしを見て首を横に振った。
「心配すんな!」
「ふん!」
なにか秘策とがあるのかなと思ったけど、ウサギのぬいぐるみは先生に体当たりを直撃させた。
「ぐわー!」
先生は悲鳴を上げて倒れた。
「ああやっぱり! 今助けますから!」
わたしは懐中時計に再び手を掛けようとしたところで先生に腕を掴まれて止められてしまった。
「待て……。教師が生徒の前でかっこ悪くいられるかってんだ」
先生はそう言うとむくっと立ち上がって、ぬいぐるみを真正面に見据えた。
「フッフッフッ……。その強がりがいつまで続くでしょうか?」
ウサギのぬいぐるみが不敵に笑う。
「うるさいぞ。喋るぬいぐるみ」
先生はそう言って、ぬいぐるみに向かって飛びかかる。
「喰らえ! サンダー!」
先生は手の平から雷のような電撃を出して、ウサギに思い切り浴びせた。
「ぐはぁあぁあぁあぁあ!」
ウサギは感電したように痙攣しながら倒れた。
「よし!」
先生はガッツポーズをとった。
「あ、あなたは一体……」
ぬいぐるみが痙攣しながら驚いたような声を上げる。わたしも今なにが起こったのか理解できなかった。
「教師が魔法の一つや二つ使えなくてどうする!」
先生は自信満々に答えた。
「いやいやいや! 普通の先生は魔法なんて使えないから!」
「さて……まだまだ行くぞ!」
わたしのツッコミを無視して先生はそう言うと、ランニングシャツを脱ぎ捨ててパンツ一枚の姿になり、鍛えられた腹筋を露わにした。
「……え!?」
わたしは驚きの声を上げる。
「さて……これで更に本気で戦えるぞ!」
先生はそう言って拳を構えると、どんどん拳を巨大化させていき、やがて巨大なじゃがいもに変化させた。
「な……なんだそれは……」
ウサギのぬいぐるみが呆然とした様子で言う。
「これは、魔法のじゃがいもだ!」
先生はウサギに向かって叫んだ。
「ま、まさか……魔法使いだとでもいうんですか!」
「ああ、そうだ! 俺は魔法使いだ! だがそれ以前にこの学校の教師だ!」
先生はそう言うと、じゃがいもの拳でウサギを力いっぱい殴りつけた。
「ぐわっ!」
殴られたウサギは、そのまま床に叩きつけられる。
「どうだ! まだやるつもりか!」
先生はウサギに向かって叫ぶ。
「くっ……。仕方ありません……。ここはひとまず退散しましょう……。ですが……次は絶対にあなたを倒して見せます!」
ウサギはそう言い残して、教室を出ていった。
「えええええええ!?」
わたしは思わず動揺してしまい大声で叫んでしまった。じゃがいもで撃退しちゃったよこの人!?
「有住! よく頑張ったな!」
先生はそう言うと、わたしのことを抱きしめた。
「いや、頑張ったの先生ですから! それにわたしはアリスだから!」
わたしはツッコミを入れる。
「そうか? 俺のことはいいんだよ……。それよりお前が無事だったことが嬉しいんだ……」
先生はそう言って、さらに強くわたしのことを抱きしめる。
「ちょ、ちょっと先生……。苦しいですよ……」
わたしはそう言うが、先生は離そうとしない。そして耳元でこう囁いてきた。
「大事なことはノリと勢いだ。それがあれば大抵なんとかなる。逆にそれがなきゃどうにもならない。恋愛と同じだ」
「いきなりなにかと思えばなにそれ!? 意味わかんない!」
「いいか。俺を信じろ。俺の言うとおりにすれば大丈夫だ」
「は、はい……。し、信じますよ……。先生」
「それでこそ俺の生徒だ!」
先生はそう言って、更に強く抱きしめてくる。
「だから! わたしは別にここの学校の生徒でもなんでもないんだって!」
「そうか? だったら、これからずっとここに通えばいいじゃないか!」
「そんな簡単に言わないでくださいよ!」
「いいか。なぜお前がここに来たのか、教えてやる」
「は、はい……」
わたしは小さく呟いた。唐突になんなんだ。
「それはな……俺の授業を受けるためだ! 俺のクラスの生徒としてな!」
先生は自信満々にそう言った。わたしは、その言葉を聞いて思わず笑ってしまった。だって……あまりにも馬鹿げているし、突拍子がなさすぎる。
「なにを言っているんですか? わたしはこんなところに来るつもりがあって来たんじゃないんです。この懐中時計がわたしをここに連れて来たんですよ」
わたしは懐中時計を取り出して先生に見せて言う。
「いや、違うな……。それは、ただのきっかけに過ぎない」
「どういうことですか?」
「お前はこの世界を変えたいと思っているんじゃないのか?」
「そ、そうですね……。確かに変えたいとは思っている……というか、わたしが変えないとダメなのかなぁというか……なんていうか……」
「フッフッフッ……。なかなか面白い奴だなお前は」
わたしが答えに迷っていると、先生はそう言って笑う。
「だから、そういう冗談とかはいいんで……。ちゃんと説明してください!」
わたしは少し怒った口調で先生に言う。
「いいか。お前に教えてやる。お前はこれから、カステラに会うことになると思う」
「カステラ? あのお菓子のカステラ?」
「ああ、そうだ。そのカステラが今、大変なことになっているんだ」
「なにがあったんですか……?」
「誰にも食べられないまま、消費期限切れになって今にも腐りそうなんだ。このままだと、世界中の生物は全て死に絶えてしまう」
「え!? 脈絡なさすぎじゃない!?」
「そこで、お前の出番だ」
「ええ!? ど、どうしてわたしなんですか!?」
「お前にしかできないことがあるんだ!」
「わたしにしかできないこと……」
「お前ならできるはずだ! いいか! 自分を信じろ! お前ならきっと、世界を救える!」
「はぁ……。もう、わかりましたよ……。わたしがやるしかないんですね……」
「そうだ! お前しかいない!」
「はぁ……」
わたしは溜息をつく。でも、本当にわたしがなんとかしないといけないんだろうか? もっと適任者がいるんじゃないか……例えば……そう。
「なんでわたしなんですか? 先生じゃダメなんですか? だって先生、こんなに強いんですし……」
「俺は教師なんだぞ? 生徒を導く立場にある。それが俺の仕事だ」
「いやいや! あんな意味不明なぬいぐるみ相手に意味不明に勝てる人なんてそうそういないですよ!」
「まあな……。確かにあれぐらいの奴すら倒せなければ、世界を救うことなど出来はしない。だがな、必ずしも強さだけが世界を救うとは限らないんだ。いいか? 大切なことはノリと勢いだ!」
「だからなんなんですかそれ! さっきも言っていましたけど、よくわからないです!」
「いいか。俺を信じろ。俺の言うとおりにすれば大丈夫だ。信じる心さえありゃなんとかなる。無いならダメだ」
「は、はい……。わかりましたよ……。先生……」
わたしは何だかんだ言いながらも先生の言葉に従った。
「それでこそ俺の生徒だ! じゃあ、その懐中時計を開くんだ!」
「こ、こうですか……?」
わたしは言われた通り懐中時計を開いた。するとそこから、一冊の本が飛び出してきた。
「な、なにこれ!」
わたしは驚きながら本を手に取る。そして表紙を見た。そこにはこう書かれていた。
『不思議の国のアリス』
「はぁ……? なんですかこれは……」
思わず声に出してしまった。何で自分の名前がタイトルになっている本が出てくるの? しかもわたしの知らない本だし。わたしの名前が付けられた本なら嫌でも覚えるはずだと思うんだけど、全然覚えが無かった。
「この本を開いてみろ!」
先生は自信満々に言う。一体、何を考えているのか全く分からない。でも、今は先生を信じるしか無い。わたしはその本を開こうとするが、なぜか開くことができない。
「あの……開きませんよ……?」
「そうか……やはりお前は既に……」
「え? なんのことですか?」
「いや、なんでもない」
「えーっと……つまり、わたしはどうしたらいいんですかね?」
わたしは開かない本を机に置きながら、恐る恐る聞く。
「心配するな。それは今から俺が指示を出す」
「は、はい!」
「まずはカステラをイメージするんだ。出来るだけ甘い甘いカステラをイメージするんだ」
「カステラ……ですか……? 甘くて美味しいお菓子……? う~ん……」
わたしは頭の中で想像してみる。
「よし、できたな……。じゃあ次に、懐中時計を見るんだ」
「はい……。って、懐中時計を見ても何も起きないですよ……?」
と思った瞬間、視界が大きく揺らぎ始めた。
「えっ!?」
わたしは驚いてしまう。なにか、おかしい……。
「な、なんですかこれ!?」
「慌てなくていい……。そのまま落ち着くんだ」
「は、はい……。って! 全然落ち着いてられないんですけど!」
「もうすぐだ……もうすぐ……カステラが来るから俺は行くぞ!」
そう言って先生は教室から出て行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って!」
わたしは慌てて追いかけようとする。しかし、揺れが激しくなり上手く歩くこともできない。
「うわぁぁぁぁ!!!」
そして次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
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