38羽目 「これを見てくれ!」

 次の日。


 わたしたちは試合会場である城の敷地内の野球場へとやって来た。球場には既にたくさんの人が訪れて来ていて、試合を観戦するためにやってきた人達で溢れかえっていた。そんな中、グラウンドでは既に相手選手たちが集まって円陣を組んでいた。


「よし! みんな集まったわね! 今日は絶対勝つんだから! 気合い入れていくわよ!」

「アリスを死刑に! 死刑に!」


 女王が声高らかに宣言すると、選手や観客たちからの歓声が上がった。それから女王は、わたしたちのチームを一瞥して唖然としたように目を丸くすると、自分のチームと向かい合わせで整列させた。すると、審判役を務めるトランプ兵がやって来て、わたしたちにルールを説明し始めた。


「本日の試合は、九イニング制で行われます。各チームの攻撃が終わったら、攻守交代です。なお、どちらかが十点差をつけた時点で、コールドゲームとし、その回で試合終了とさせて頂きます」


 説明が終わると、審判はバッターボックスの後ろへと下がった。


「プレイボール!」


 審判の声が響き渡る。いよいよ試合開始だ。わたしはピッチャーマウンドに立った。わたしはメアリのサインに首を振った後、構える。相手チームのバッターはハートのトランプ兵だった。わたしはボールを放り投げる。


「ストライーク!」


 審判のストライクコールが聞こえてくる。それからそのままストライクを二個取り、先頭打者を三振にした。わたしは帽子を取って汗を拭く。緊張するけど、楽しいな。


「ナイスピッチ!」

「いい球きてるよぉ」

「ありがと! この調子でいくよ!」


 仲間たちが声を掛けてくれたので、わたしもそれに応える。次は二番のトカゲだ。さっきのピッチングのおかげで、だいぶ力が抜けたぞ。大丈夫。落ち着いていこう。わたしは大きく深呼吸した後、今度はとりあえず練習しておいたスライダーを投げる。しかし変化が足りずにあっさりとバットに当てられてしまう。打球は三遊間を破りヒットとなった。続く三番のグリフォンに手堅くバントを決められ、ワンアウトランナー二塁という状況になってしまった。


 ゲッツーを取れれば、この場面を乗り切れる……。でも相手は四番打者の海ガメもどきだ……。ここは確実に打ち取れるところに投げたい……! そう思って投げたストレートは高めに大きく外れてボール。次こそは、と思い渾身の力を込めて投げたスライダーでセカンドゴロに打ち取った。よし、あと一アウト取れれば大丈夫! そして五番のアリクイをショートゴロにしとめたところで、一回の表が終了した。


「お疲れ様」

「ありがと」


 わたしはベンチに戻ると、ルナからタオルを受け取った。昨夜はちょっと気まずくなっちゃったけど、今それを持ち出しても仕方ない。それはわたしだけでなく、ルナもそう思っているようだった。


「じゃ、サクッとホームラン打ってくるね」


 そういってバッターボックスに向かったルナは、宣言通り第一球目で先頭打者ホームランを打った。あまりにもあっさりと先制を許していまったということで、ベンチに座っていた女王と王様が豆鉄砲を食らったような愕然とした顔になっていた。その後サボテンは三球三振になったけど以降の打線は繋がって、ワンアウト一、二塁で五番であるわたしの打順を迎えた。わたしはヘルメットを被ってバッターボックスに入り、バットを構える。


 わたしは、相手のピッチャーのヤマネの表情を見た。するとニヤリと笑っていた。その瞬間、嫌な予感がした。ピッチャーの指先からボールが放たれたかと思ったら、わたしの頭に直撃した。


「デッドボール!」


 審判が叫ぶ声が聞こえる中、わたしは痛みで倒れた。わたしはすぐに立ち上がることができず、ふらついていた。


「大丈夫か、アリス!」

「うん……」


 わたしを心配してくれてベンチから飛び出てきたチェシャ猫にそう返事をしたけど、実際は頭が痛くて動けなかった。


「ごめんなさいね、手加減できなくて。ほーんとに申し訳ありませんわぁ」


 相手ピッチャーが謝る気も無さそうな声で謝ると、相手ピッチャーは「ぐへぱぺえ!」と変な声を出しながら地面に叩きつけられた。何が起こったのかわからず、うずくまっているわたしの前で誰かが怒っていることに気づいた。それは、一塁ランナーだったアネモネだった。


「今のは故意死球でしょう? 許せないわ」


 どうやら、今のボールに怒りを感じたらしいアネモネによって相手ピッチャーは攻撃されているようだった。


「あらやだ! バレちゃいましたか」

「やっぱりそうなのね」


 アネモネはそう言うと、蔓を伸ばして相手ピッチャーの体を拘束する。相手ピッチャーは苦しそうにしながら抵抗するが、蔓から抜け出すことができない。


「くっ! 離してくだされ! このままでは死んじゃいやす!」

「安心して。殺しはしないわ」


 アネモネはそう言いながらも相手を締め付けていく。


「く、苦しい……。助けてくださいましぃ~」

「魂を吸うだけよ」


 アネモネは相手ピッチャーの命乞いを聞き入れる様子はなく、容赦なく締め上げるのであった。やがて相手が動かなくなった頃、ようやく蔓から解放された……というより魂を吸われちゃったのかな……? それと同時に、女王陛下の悲鳴が球場全体に響き渡った。


「人殺しいいいいいいいい!!」


 女王陛下は恐怖に満ちた表情を浮かべて叫びながら、その場から離れようとする。しかし逃げようとした先には、ガブがいた。


「こうなれば仕方がありません! 私が女王を殺害いたします!」

「ひっ! ひいっ!」


 ガブの一言により、さらに怯えてしまった女王陛下は腰が抜けたらしく、その場に座り込んでしまった。そんな様子を見てウウが叫ぶ。


「やっぱりこうなりますか!」


 ウウは懐中時計を取り出し開いて仮面を着けた姿へと変身すると、懐中時計をさらに開け閉めした。すると宇宙空間のようなものがわたしを包んだかと思ったら、たちまち頭の痛みが消えた。ウウはそれを確認すると勢いよく走り出した。ウウの後に続いて、ハエトリグサ、チェシャ猫、ルナ、メアリたちも相手チームに向かって走っていった。わたしも慌ててみんなを追い掛ける。周りを見る中で、王様の姿がないことに気がついた。


「まさか……! あいつ逃げたのか!」


 チェシャ猫の言葉を聞いた途端、胸騒ぎがした。なんでだろう。嫌な予感がする。


「あっち見て!」


 ベンチで置物になっていたサボテンの声を聞いて前を見ると、グラウンドの隅でガブが女王を殺そうとしているところで、下着姿になって命乞いをしている王様がそこにはいた。


「これを見てくれ!」


 王様は自分の股を指差しながらガブにそう言っている。恐らく、ていうか絶対パニックになっている。


「いいから見てくれ! 俺のモノを見るんだよ!」


 王様は必死の形相で言う。それを見たガブは首を傾げていた。


「なぜです?」

「いいからじっくりと観察するんだ!」

「嫌です」


 ガブはそう言うと、失神している女王の首に齧りつき、女王の命を無慈悲に絶った。


「うわあああああああああああああああああ!」


 王様はそれを見て発狂した。


 その後、わたしの視界には真っ赤な血の海が広がることになった。それは、まるでトマトジュースのよう……いや、トマトジュースなんて生温いものじゃない。まさに血の海としか形容することが出来ない光景だった。


「なんてことに……」


 わたしは呟くようにそう言った。目の前の出来事が理解できなかった。何が起こったの? どうしてこうなったの? 分からないことが多すぎて、頭がおかしくなりそうになった。なぜなら、わたしたちのチームメイトによって、女王や王様を含む相手側の選手だったり、観客が次々と殺されていっているから。


「終わりましたよ。アリス様」


 わたしの背後から声が聞こえてきた。振り返ると、ガブが立っていた。ガブの口元からは、どす黒い血が大量に流れ出していた。


「ガブ……。これは一体どういうことなの?」

「どうもこうもありません。こうする他なかったのですよ」

「えっ!?」

「女王たちは、初めからアリス様を生かすつもりなど、なかったのです」

「そんな……ことって……」

「アリス様。あなたは殺される運命にあったのです」

「そんなはずない! だってわたしはここにいるじゃない!!」

「はい。ですから私たちが、その運命を変えたのです」

「嘘だ! お前たちが! 勝手に殺したんだ! この殺人鬼どもめ!!」


 生かされていた王様が下着姿のままわたしとガブの目の前までやってきて、怒りに満ち溢れた表情を浮かべながらガブに向かって怒鳴った。ガブは眉一つ動かさずに淡々と答える。


「そうですよ。私が殺しました。それが何か?」

「貴様あ! 開き直る気か! この人殺し! 人でなし!」

「確かに私は人ではありませんね。しかし、あなたに言われる筋合いはありません」

「うるさい! 俺は人間なんだ! 人間だからこんなこと許されないんだよ!」


 王様は下着越しに、自分の股を指差した。


「俺は男なんだよ!」

「はい」


 ガブは平然と返事をした。


「俺のここには、ちゃんと二つついてるんだよ! なのに、なんでこんなことにならなきゃいけないんだ! おかしいだろう! 理不尽だよ! 不条理じゃないか!」


 王様は下半身をアピールしながら涙ながらに訴えている。


「下品な話はおやめ下さい」


 しかしガブは王様の下半身には目もくれず、首元に力いっぱい噛みついたのだった。


「ぐぎゃあああああああああ!!!」


 王様は絶叫して、息絶えた。


「あーあ。可哀想に」


 誰の血かももうわからない程のたくさんの返り血で服も顔も髪も真っ赤に染め上げているルナが、そう言いながら平然と地面に伏した王様を見つめている。


「ねえ、アリス」

「やめて……」


 わたしは恐怖で後ずさる。なんで、なんでこんなこと。


「やめない」


 ルナはそう言うと、わたしにゆっくりと近づいてくる。


「どうして……。どうしてなの?」

「君が悪いんだよ」

「ち、違う!」


 わたしが叫ぶと、ルナは呆れたような顔をして言う。


「そもそも。こんなことになったのは全部アリスのせいなんだよ?」

「わたしのせいじゃない! 悪いのはあいつなの!」

「あいつって誰のこと?」

「決まってるでしょ! あいつだよ!」


 わたしはそう言って、女王の死体を睨みつけた。女王は目を大きく見開いたまま絶命していた。


「アリス様。現実逃避しても無駄ですよ」


 ガブが冷静に言った。


「だって……」

「だっても何もありません。もう終わったことです」

「でも……」

「アリス様。お辛い気持ちはよく分かります。ですがこれが、現実です。これが、最適解だったんです」

「ううううううわああああああああああああああ!」


 わたしは何も考えられないまま、ひたすら走った。後ろを振り返ることなく必死に走り続けた。しばらくすると、森を抜けて草原に出た。わたしはそこでようやく立ち止まり、膝を抱えて座り込んだ。

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