37羽目 「や、やめて……恥ずかしいし……」

 ベッドの上で仰向けになって、ホテルの部屋の真っ白な天井を見つめる。


「ふぅ……」


 ため息をつきながら今日一日の出来事を振り返ってみるけど、色々ありすぎて振り返ることも出来そうになかった。


「疲れたなあ」


 わたしはぼそりと呟いた。本当に、いろいろあった。まさか、わたしが殺人犯になって、死刑宣告を受けるなんて。すると扉がノックされた。誰かと思って耳をそばだてる。


「アリス……」


 ルナの声だ。ドアの向こうから聞こえてくる。わたしは起き上がって、部屋の扉を開けた。そこには、パジャマ姿のルナがいた。


「お話しない?」

「いいよ。入って」

「ありがとう」


 ルナを招き入れる。


「ねえ、アリス。僕、思うの」

「なにが?」

「この世界に来て、まだ少ししか経ってないけれど、僕は今の生活、結構気に入ってるの」

「そっか……それなら……って、一応訊くけど、ルナって、本当に宇宙人なの?」


 わたしは尋ねた。ハンドスピナーが凄いだけなのかもしれないけど、それにしてもそんな凄いものを持っている時点でやっぱりルナは普通の女の子とは思えない。本当に宇宙人だったなら、そういうものも持ってることも納得することが出来る。……と思う。


「んー、そう言われるとそうなるかなぁ」

「え!?」

「正確に言うと、アリスたちのいる世界とは別の世界から来たの」


 別の世界……。


「あ、パラレルワールド的な?」

「そうそう」

「その世界でルナは何をやってるの?」

「ハンドスピナーマスター」

「何それ?」

「手の中で回る玩具おもちゃのこと。でもただの玩具じゃなくて、色んなことに使えるよ」

「ハンドスピナーの説明じゃなくて、職業の説明をして欲しいんだけど。ハンドスピナーが何なのかはもう知ってるよ。いや知らないと言えば知らないけども」

「ハンドスピナーを回すのが仕事なの」

「仕事になるの、それ?」

「なるよ」

「そ、そうなんだ……」

「まあ、嘘だけどね」

「えっ」

「本当のことは、秘密だよ」

「えぇ……」


 やっぱりこの子、普通じゃない。それを再認識した。と、思うとルナが唐突にわたしの手を取り、眺め始めた。


「アリスの指、綺麗だよね」

「そう?」

「うん。ずっと触っていたくなる」


 ルナはそう言って、わたしの指を舐め始める。


「ちょ、ちょっと!」


 わたしは慌てて手を離す。


「アリスの指、好き」


 ルナはそう言いながら、またわたしの指を口に含んだ。なんか変な気分になる。


「やめてよぉ……」


 わたしは、ルナの肩を押して、離れさせる。


「やめない」


 だけどルナはそれでもわたしの指を舐める。


「だめだってば……」

「どうして? アリスは僕のこと嫌い?」

「そういうわけじゃ、ないけど……」

「だったら、いいじゃん」


 ルナはそう言うと、今度は舌先で爪先をなぞるように、ゆっくりと丁寧に舐め始めた。


「や、やめて……恥ずかしいし……」

「かわいいなあアリスは」

「ほんとに、駄目だから……」

「大丈夫だよ。誰も見てないから」


 ルナは、さらに強くわたしの手を握った。


「死刑になんて、させない」

「あ、ありがと……なんか綺麗に纏めようとしてるけど……」

「アリス、愛してる」

「うぅ、なんでこんなことに……」

「あ、あのさ、アリス」

「なに?」

「今日は、一緒に寝たいなぁ、とか思っちゃったり、しちゃったりして」

「……ルナがそうしたいって言うなら、いいよ」

「ありがとう」


 そう言うとルナは、わたしのベッドの布団の中に潜り込んだ。


「あったかい」

「そ、そうだね……」


 しばらくすると、ルナはわたしを抱き寄せた。


「え、えっと……」


 突然のことで戸惑っていると、ルナはわたしの頬にキスをした。


「ル、ルナ!?」

「嫌だった?」

「いや、その……別にそんなことはないけど」

「じゃあ、もう一回」

「えぇ、待っ―――」


 それから何度も唇を重ね、その度に心臓の鼓動は早くなっていた。


「アリス。僕、今すごく幸せ」

「そ、そっか……」

「アリスは素直だね……」

「そ、そうかな」

「うん。本当にかわいい」


 ルナはそう言って、またわたしのことを抱きしめた。


「あ、あのさ、サボテンの話なんだけど……」


 半ばパニックになったわたしは、変な話題を切り出してしまったけど、ルナは興味深そうに耳を傾けてくれた。


「バットも持てない、グローブも持てない、一応謎の力で歩けるけど遅すぎる……って、戦力になると思う?」

「うーん。まあ、とりあえず明日試すしかないよね」

「そんなフランクでいいの!?」

「大丈夫。僕が全部カバーするから。それに、ほら、もし負けても、時の神も味方でいるんだし、死ななくて済むかもしれないじゃない?」

「それは……そうだけども」


 口ではそう言われても、実際どうなのかという不安は拭いきれないものがある。


「あ、それとさ、アリス」

「なに? ルナ」

「もうちょっとくっついていい?」

「いいけど……」


 ルナは少し照れながら、わたしの腕に自分の胸を押し当てた。


「ちょ、ちょっとルナ!?」

「ごめん。なんか、ドキドキしちゃって」

「べ、別にいいけど……」

「あ、あのさ、アリス」

「なに?」

「僕、今すごく幸せ」

「そ、そうなんだ。それは良かったね。さっきも聞いたよ」

「アリスは?」

「へ?」

「僕のこと、好き?」

「えっと……」

「嫌いなの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「僕は大好きだよ。アリスのこと」

「あぅ……」

「ねぇ、教えて。アリスは僕のこと、どう思ってるの?」


 これって、正直に言うべきなのかな? それとも取り繕うべき? わたしは考えた。でも、答えなんて出るはずもなくて、ただ黙ることしかできなかった。


「アリスは嘘をつくとき、いつも目線を逸らすよね」


 ルナは手でわたしの顔を動かして、無理やり目を合わさせた。


「そ、それは……」

「僕は知ってるよ。アリスがどんな気持ちを抱いてるか」

「な、なんのことだかわからないなぁ……」

「お願い。正直に言って。アリスは、僕のこと、どう思ってるの?」

「変な人だなって思ってる」


 正直に答えた。だって、本当のことだし……。


「変な人……」


 ルナは悲しげな表情を浮かべていた。やっぱり取り繕うべきだったかな……。


「そっか。僕は変……」

「あ、ち、違うの! その、変なところも多いけど、優しいところもあるし、あと、かわいかったりもして、すっごくいい子だっていうのはわかるんだよ! わかるんだけども……いきなりキスしたりとか、スカートめくったりとか……そういうところがちょっとな……って」

「ふーん。アリスにとっては、嫌だったんだ」

「えっと……そりゃ恥ずかしいし……」

「じゃあ、今度はもっとすごいことしてあげる」

 

 ルナは妖艶な笑みを見せた。


「も、もっとすごいこと……?」


 そう言うとルナは、わたしのパジャマを器用に脱がし始めた。下着姿になったわたしを見て、ルナは頬を赤く染めた。


「ル、ルナ!?」

「アリスって意外といい体つきしてるのね」

「ちょっ! やめてよ!」

「大丈夫。優しくするから」

「い、意味わかんないんだけど! てかそういうとこが変だって言ってんじゃん!」


 わたしはキレ気味にルナに言った。


「ぷんぷん怒って、かわいい」

「なにそれ! 馬鹿にしてるの!?」

「アリスのこと愛してる」

「今言われても何も心に響かないからね!?」

「ほんとは嬉しいくせにー」


 わたしが怒っているのをわかっていて楽しんでいるようだ。てか普通こんなのされたら誰でもムカつくと思うんだけど! なんでこんな平気そうな顔できるわけ? やっぱりルナは変態の変人だよ!


「嬉しくない!」

「じゃあ、こういうことをしたら?」


 ルナは急にわたしを押し倒してきた。ベッドの上で仰向けになり、上からルナがわたしを見下ろしている状態になっている。わたしは抵抗できずに動けずじまいだ。なんかこれ、かなりまずくない?


「ねえ。僕のこと、好きになってくれるかな?」

「そんなこと……わかんないよ……」

「そっか。でも僕はアリスのこと好きだよ」

「それはもうとっくにわかってるから!」


 ルナは満面の笑顔を見せる。とても可愛らしい笑顔で、彼女のペースにはまってしまう。だから、なんとか自分のペースで話を持っていこうとする。このままじゃ何かまずいような気がしたから。


「わたしのことを好きなのはわかったけど……わたしはルナのことよく知らないし……」

「これから知ってくれればいいよ」

「ルナはいいかもしれないけど、わたしはよくない!」

「どうして?」

「どうしてって……」


 ルナは真剣な眼差しをこちらに向けてきた。どうしよう。何て答えるべきだろう。ここで適当にあしらうのはまずい。ちゃんと答えないと。


「えっと……。わたしはまだルナのことが全然わかってないし」

「これから知っていけばいいじゃない」

「そ、そうだけど……。まだ会ったばかりだし」

「時間は関係ない」

「あ、あるよ! てかルナはなんでわたしと付き合いたいの?」


 わたしの質問にルナは顔を赤くして、視線をそらす。照れくさそうにもじもじしながらこう言った。


「一目惚れってやつ……だと思う」


 そういうとルナは、ハンドスピナーを取り出して回し始めた。


「な、なにする気?」

「ああ、これはね、こうして回すと落ち着くの」

「そ、そうなんだ……そういう効果もあるんだ……」

「とにかく、アリスが困ったときはいつでも助けに行くから。だから僕を選んでほしい」

「困ったとき!? それは今だよ!?」

「じゃあ、キスしてくれる?」

「しない!」

「えー」

「えーじゃない!」


 ルナは不満げな表情を浮かべている。


「アリスは僕のどこが嫌いなの?」

「嫌いとかじゃなくて、理解できないってだけ!」

「僕だってアリスのこと、理解したいんだよ」

「別にしなくてもいいよ!」

「むぅ~」


 ルナは頬を膨らませる。こういうところは年相応に見えるけど、実際はただの変人だ。わたしに好意を持っているらしいけど、正直迷惑だと感じてしまってきている。


「ルナとはずっと一緒にいるつもりはないから!」

「じゃあ、いつまで? いつまでならずっと一緒にいてくれる?」

「それは……」

「アリスが死ぬまで?」

「いや、さすがにそこまではあり得ないから!」

「僕はそれでも構わないけど?」

「構わないの!? ていうかそういうのはわたしが言うやつじゃないの!?」


 ……このまま勢いに押されて付き合ってしまったら、わたしの人生、間違いなく破滅してしまう。なんとかしないと。


「ねえアリス。僕のことは好き?」

「何回その質問してくるの!?」


 最早真っ先に思いつくのは、これだった。


「答えてくれないんだね……。残念」


 そう言うとルナは心底残念そうな顔をしてベッドから抜け出したかと思うと、そのままドアノブに手を掛けて立ち止まった。


「あ、ちょっと待って! どこに行こうとしてるの!?」

「ランニング。明日はあなたの運命が決まる日だからね。あたしも、どうにかして頑張らないとね……」


 ルナは寂しそうにそう言うと、わたしの部屋から出て行った。あれ? なんだろう今の感じ。なんかこう、胸の奥がモヤッとしたような、不思議な感覚だ。なんなんだろう……。


「……とりあえず寝ようっと」


 でも、これ以上考えるのも疲れたので、わたしは目を閉じた。

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