29羽目 「ウサギじゃないよ。僕は白ウサギだよ」

「な、何が起きたの?」

「帽子屋は死んだのさ。そして僕が帽子屋になったんだよ」


 後ろを振り向くと、そこには帽子を被った白ウサギがいた。一瞬ウウかと思ったけど、やっぱりウウとは違うウサギだった。


「うげぇ! また変なウサギが出てきた!」

「ウサギじゃないよ。僕は白ウサギだよ」

「どっちも同じじゃない!」

「全然違うよ! 白ウサギとウサギを一緒にするなんて、ウサギとサギを一緒にするようなものだよ!」

「そこまで変わらないでしょ!」

「ウサギの方がかわいいじゃないか! とにかく、早く座って! 君のために紅茶を用意したんだから!」

「いや、頼んでないし!」

「いいから座ってよ!」


 わたしは強引に白ウサギに冷たい石畳の上に座らせられてしまった。


「さあ、召し上がれ」


 目の前に美味しそうなケーキが置かれた。


「え……。これって食べてもいいの?」


 怪しい食べ物の気もしたけれど、お腹が空いていたのでわたしは思わず尋ねてしまった。


「もちろん! そのために用意しておいたんだから」

「じゃ、じゃあ……いただきます」


 わたしは恐る恐るケーキにフォークを突き刺した。スポンジはふんわりしていて、クリームは甘すぎず、フルーツはみずみずしくてとてもおいしかった。


「お、おいしい……」

「でしょ! 僕の作ったケーキは最高なんだ! どんどん食べてくれよ!」

「じゃあ遠慮なくいただきま~す!」


 わたしは言われるがままケーキを食べ続けた。すると、だんだん眠たくなってきた。


「あれ……? なんか、ねむ、い……」

「そろそろ効き目が出たかな?」

「な、に、が?」

「眠り薬だよ」

「なんで……そんなもの……いれ……たの……?」


 白ウサギは皿の山の上に立ち、わたしを見下ろしながら言った。


「君を死刑にするためだよ」

「なん、ですって?」


 わたしの意識は徐々に薄れていく中、必死に言葉を口に出そうとした。


 だけどうまく話せない。身体も自由に動かせない。ただ目の前にいる白ウサギのことだけを考え続けた。どうしてこんなことになったのか、これからどうなるのか、そもそもここは何処なのか。そんなことを考えている内に、わたしの意識は途切れた。次に目を覚ましたとき、最初に視界に入ったのは知らない部屋の天井だった。

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