28羽目 「アリシア・サボタージュ」
「ようやく見つけましたよ。殺人犯のアリスさん」
「あ、あなたは……」
「私のことを覚えていますか? 覚えているでしょうね。だって私は帽子屋であり、弁護士なんですから」
「くっ!」
わたしは何とか立ち上がり、急いで逃げようとしたけど、すぐに捕まってしまった。
「警察には言わないで!」
「言いませんよ。むしろ、警察に突き出すなんてとんでもない」
「じゃ、じゃあどうしてわたしを捕まえるの!?」
帽子屋はわたしに顔を近づけてこう言った。
「私と一緒にお茶会に参加してもらいましょう。そこであなたの無実を証明するのです」
「そんなこと言って、またわたしを死刑にしようって言うんでしょ!」
「いいえ、違います。アリスさん、私は弁護士だということをお忘れなく」
そう言って帽子屋はわたしを担ぐと、どこかの庭園まで運んで行った。そして着くなり、わたしを椅子に座らせた。庭園にはわたしと帽子屋以外誰もいなかった。とてもこれからお茶会だという雰囲気ではなかった。
「では、始めましょうか。裁判を……」
そして帽子屋はそう言うと、わたしの向かいに座りわたしを指差した。え、裁判? 今、ここでやるの? 法廷でもないのに? わたしが混乱している中、帽子屋は言葉を続けた。
「被告人、アリシア・サボタージュは、殺人罪により有罪とする」
「わ……わたしそんな名前じゃないし! わたしはアリスだもん!」
「被告人は黙りなさい。今は弁護人である私が発言しています。被告人の発言は許可されていません」
「うう……」
わたしはあまりの理不尽さと、どうにも出来ない悔しさのあまり涙が出そうになる。でも泣かない。絶対泣くものか。そう思っていたら、帽子屋に鼻で笑われた。
「理不尽ですか? 腹立たしいですか? 泣きたいですか?」
「……」
「ふむ。だんまりを決め込みましたか。まあ、いいでしょう。それより、紅茶とケーキを用意してください」
帽子屋が指を鳴らすと、どこからともなく紅茶とケーキが飛んできて、わたしの顔面に命中した。うげっ! なにこれ! 痛い! 熱い! しかもなんか生臭い! わたしは思わず咳き込んでしまう。わたしは必死に帽子屋を睨みつけたけど、効果はないようだった。それどころか、逆に見下されているような気までする。
「何が嘘で何が本当か。それは、全てあなたの心の中にある真実です」
「は?」
帽子屋は何を言っているんだろう。意味がわからない。そんなわたしの様子を見て、帽子屋はまた口を開いた。
「つまりですね、あなたは三月ウサギを殺害したのではないということですよ」
「……どういうこと?」
「あなたは人を殺していないということです」
「時計ウサギが死んでも復活するのと同様に、三月ウサギもまた、不死という訳ですよ」
「じゃあ、なんで三月ウサギは死んだことになっていたの!?」
「ああ、あれは、あなたを殺すための罠だったんですよ」
「わたし殺されるところだったの!?」
「はい。あと少し逃げるのが遅かったら、今頃はもうここにいないでしょうね」
「それなら何でわたしを死刑にしようとしたの!?」
「それはもちろん、罪を犯した者は罰せられるべきだと思ったからですよ」
「だからって、殺そうとしないでよ!」
「被害者が生き返ったとはいえ、殺人は立派な犯罪です。死刑になるのも仕方ありません」
「そんなの間違ってるよ!」
「間違っているかどうかを決めるのは、法律ではありません。私です」
「それを言うなら逆でしょ!」
わたしがそう叫ぶと、帽子屋さんは不敵に微笑みながら立ち上がってわたしの隣に移動してきて、肩に手を置いた。そして耳元で囁いた。
「全ては私が決めるのですよ。この世界のルールさえもね」
わたしは怖くて震えてしまった。
「ふふ、かわいい子猫ちゃんだ」
「誰が子猫よ! わたしはアリス!」
「アリスさん。いい加減にその口調やめたらどうですか? もっとかわいらしい喋り方ができるんじゃないですか?」
「わたしはこれが普通なの!」
「そうですか。まあ、いいでしょう。とにかく、私の手によればあなたの罪も帳消しにできます。私の言うことをよく聞いてくださいね」
「う、うん」
「まずは、アリシア・サボタージュという名前から変えていきましょう。アリシアは長いので、アリスにします」
「元々アリスだって言ってんじゃん!」
「アリスさん。いい加減にしないと殺しますよ?」
帽子屋は笑顔で言う。目が笑ってなくて怖い。
「やっぱり殺そうとしてんじゃん!」
「そんなこと言ってませんよ。ただ、あなたを殺すも生かすも私次第ということですよ」
「同じことでしょうが! っていうか、なんでわたしの名前を勝手に変えるの!?」
「あなたの本名だとわかりにくいんです。それに、私はアリシア・サボタージュという名前は好きじゃあないので」
「いやだからそれはあんたが勝手にそう呼んでるだけだからね!?」
「アリシア・サボタージュ」
「違う!」
「アリシア・サボタージュ」
「違うって!」
「アリシア・サボタージュ」
「だからぁ!」
「アリシア・サボタージュ」
帽子屋はひたすらずっとそう繰り返し続けた。そしてわたしは怒りのあまりこう言ってしまった。
「黙らないと殺すよ!!」と。
すると帽子屋はニヤリと笑い「あなたに殺される前に、あなたを殺してあげますよ」と言った。そして腕を強引に引っ張られてどこかへ連れていかれた。
連れられてやってきた場所は、真っ赤な薔薇の花びらが舞い、綺麗な噴水のある場所だった。だけど、そこには誰もいなかった。しかし帽子屋がパチンと指を鳴らすと、どこからともなくティーポットが飛んできて、勢いよく帽子屋に直撃した。
「サボターーーーーーーーーーーーーージュ!」
帽子屋はそんな断末魔と共に、遥か彼方へ吹っ飛んでいった。
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