27羽目 「わたしの手……こんなんじゃなかったのに……」

 次の日。


 今日は学校は休みだけど、わたしは家にいる気にはなれずに街を歩いていた。どこに行こうというあてもないけれど、とりあえずあのウサギ穴には入らないでおこうとは思った。ウウのことは心配になるけど、あの調子ならわたしが心配したところで逆にウウに心配されるのがオチだ。わたしは、自分の手を見つめる。


「わたしの手……こんなんじゃなかったのに……」


 昨日までは普通の手だったはずなのに、今はまるで別人のもののように思えた。この手で、わたしは人を一人殺してしまったのだ。叔父を名乗るサボテンやわたしを慕うハエトリグサなんかも殺してしまった気がするけど、とにかくわたしは人を殺してしまった。


「どうして……」


 どうしてわたしはあんなことをしたんだろう? どうしてわたしは人を殺すなんていう恐ろしいことができたんだ? 茶々に決闘を申し込まれた時点ではなんとも思ってはいなかったはずだ。それどころか殺すことが当たり前のような気持ちすらあった。でも、いざ殺した後にわたしの中に残ったものは、罪悪感でも後悔でもない。ただ空虚な感情だけだった。そんな自分に嫌な気分になる。ぼんやりとそう考えながら、わたしは立ち止まって周りを見る。気づけばわたしは知らない場所にやって来ていた。目の前に広がっている景色は、見覚えのない場所だった。わたしが住んでいる町にはない、何やら賑やかな場所だった。わたしはその喧騒に引き寄せられるように歩き始める。


「いらっしゃーい!」

「おいしーよぉ!」

「今だけサービス! はずれなしだよ! さあさあ買った買った!」


 活気のある声がそこかしこから聞こえてくる。どうやらここは食べ物を売っている露店が集まるエリアらしい。そのせいか、辺りは甘い香りで満ちている。わたしの胃袋も早くご飯を食べたいと悲鳴をあげていたが、それよりもまずお金がないことを思い出した。さすがにタダ食いはできないよね。というよりここは一体どこなんだろう。


「ねえ、おじさん」


 わたしは一番近くにあった屋台の、白髪がしらたきみたいにもっさり生えているおじさんに声を掛けた。


「はい、いかがしました?」

「えっと、ちょっと聞きたいんだけど……」

「ああ、なるほど。道に迷われたんですね?」

「うっ……」


 図星を突かれて思わず言葉に詰まる。


「それでしたら、こちらの道を真っ直ぐ行くと大通りに出ますよ」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。ご旅行ですか?」

「まあ、そんな感じです……」


 適当に答えてその場を離れようとしたところで、おじさんに呼び止められる。


「あぁ、それと、この辺に三月ウサギを殺害した犯人が潜伏しているという情報がありまして……。あなたも十分お気をつけください」

「え、あ、は、はい……」


 まさかここにもわたしの話が出回ってるなんて! わたしは小走りでその場を離れた。しかし殺人犯だと思われているなら、このまま外に出ているのはまずいかもしれない。どこかに身を隠したほうがいいだろう。わたしはとりあえず路地裏に入って隠れられるところを探そうとした時、後ろで足音がした。誰か来る! ……と、振り返るとそこには誰もいなかった。なんだ。気のせいだったかと思った瞬間、背中に金槌で打たれたような衝撃が走った。


「うぐぅ!」


 わたしはその場に倒れ込む。なにが起きているのかわからない。ただ、痛みだけが襲ってくる。頭の中で警鐘が鳴り響くが、何もできない。


「うう……」


 なんとか顔を上げると、そこにいたのは、あの帽子屋で弁護士の男の人だった。

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