26羽目 「ただいまー」

「ただいまー」


 玄関のドアを開けると、そこにはお母さんがいつもと変わらない姿でいた。


「おかえり、アリス。お姉ちゃんはもう帰って来てるわよ。……随分服が汚れてるわね」

「あはは……ちょっとね。ていうかお母さん、今日仕事休みだったっけ?」

「今日は午後からだけど。それより今、ちょっと連絡が入ってね」

「連絡?」

「うん。あなたが、三月ウサギを殺したって連絡が」

「え?」


 わたしは耳を疑った。今なんて言った? 三月ウサギを殺したって? わたしが?


「ええええええ!?」


 わたしは大声で叫んだ。なんでなんでなんで!? なんでお母さんにまでそういう連絡が来てるの!? ていうか今ので今まで何が起こってどうなったのか全部思い出したし! 服が汚れてた理由も疲れてる理由も何もかも全部! 


「誰からの連絡なの……?」


 わたしは恐る恐るお母さんに訊いた。


「それがわからないの。匿名だって言うから」

「そっか……」


 わたしはほっと胸を撫で下ろす。とりあえずトカゲの警察とかではないらしい。


「それと、この前学校で飼っていた犬が突然死んじゃったでしょう? その事件の犯人もアリスなんじゃないかって話になってるわよ」

「えっ……どうして?」

「なんでも、アリスの様子がおかしいんだって。いつもと違って変なことばかり言うようになったり、突然変なことをやったりするようになってるって」


 お母さんの言葉にわたしはハンドスピナーみたいに首を激しく振った。


「いやいやいやいや違うから! 変なこと言ったりやったりするようになってるのは、わたしじゃなくて、みんなの方だから! わたしはそれにひたすらツッコんでるだけだから!」


 三月ウサギを勢いのまま殺させちゃったのは否定できないけど!


「みんなって?」

「みんなはみんなだよ! わたし以外の人全員!」

「そうなの?」

「そうだよ!」


 わたしは力強く断言した。


「そういえば、今日の授業中、アリスが突然暴れ出して、窓ガラス割っちゃったじゃない?」

「そんなことやってないから!」


 わたしは思わず声を荒げる。


「まあまあ、落ち着いて」

「落ち着けるわけないじゃん! そんなことしたら普通捕まるし、てかそもそもやってないし!」

「でも、先生はアリスのことをすごく心配してたわよ?」

「そもそも心配されるようなことしてないからね!?」

「もしかしたら、アリスも疲れてるのかなと思って」

「疲れててもやらないって! そういうの言われるのが一番疲れるんだよ!」


 わたしは感情を剥き出しにして叫びながらテーブルをバンッと叩いた。するとお母さんはパンケーキになった。


「うわあああ!?」


 わたしは絶叫する。お母さんがパンケーキになってしまったのだから。


「アリス、大丈夫!?」

「あ、うん……」


 お母さんの声だ。よく見ると、お母さんは元通りになっていた。


「びっくりしたぁ……」

「ごめんね、驚かせちゃって。お母さん、びっくりするとパンケーキになっちゃうのよ」

「そ、そうだったんだ……ってそうなの!? 意味わかんないんだけど!?」

「ところでさっきの話に戻るんだけど、本当に何も覚えていないの?」

「覚えてないもなにも、そもそもやってないから!」

「そう……困ったわねぇ……」


 お母さんは頭を抱える。


「アリスは、自分がおかしくなってる自覚はあるのよね?」

「おかしいのはそっちだよ!」


 わたしが怒鳴ると、お母さんはまたパンケーキになった。


「ああっ! ごめんなさい!」

「いいのよ、気にしないで」


 お母さんはそう言って微笑むと、また人間の姿に戻った。


「で、アリスはどんなふうに自分が変わっていくのかわかっているの?」

「わたしはパンケーキなんかにならないから!」

「そういう意味じゃないわ。あなたの心がどんどん変化していくっていうことよ」

「あ、そっちか……」


 わたしは自分の胸を押さえる。確かに、わたしの心は、何か別のものになっていくような感覚がある。このままだと、きっとわたしじゃなくなってしまう。お母さんはそんなわたしの様子を見て呟くように言った。


「とにかく、昔のアリスも、今のアリスも、未来のアリスも、アリスはアリスよ。私はどんなアリスも愛してる。それだけは忘れないでね」

「……うん。なんかいい話に無理やり持ってかれた気がするけど気にしないでおくね……」


 わたしは小さく返事をした。

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