25羽目 「シャーン。シャーー」
視界の隅に見える、巨大な足。そして地面へと落下したわたしが見上げたのは巨大な顔だった。真っ黒な仮面のようなものを被っており素顔は見えなかった。しかしその異形の怪物の異様さはすぐにわかった。なぜならその顔は二つあって、それぞれ逆の方向を向いていたから。
怪物が叫ぶ。
「ガアァーーーーーー!」
耳をつんざく叫びがこだまする。その恐ろしい雄たけびと同時にどこか遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああっ! 化け物ぉっ!」
だけどその悲鳴は、すぐに別の叫びによってかき消されていく。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんは!?」
わたしはお姉ちゃんがいた方向に目を向けたけど、そこにお姉ちゃんはいなかった。もしかして、もう逃げたのかな……? そうだったらいいけど……。
「うわぁっ!」
近くで叫び声が聞こえたので振り向く。声の主はルナだった。彼女はわたしと同じようにその怪物に蹴り飛ばされていた。
「痛っ!」
彼女は地面に叩きつけられていた。
「だ、大丈夫?」
わたしは慌てて彼女に駆け寄ろうとするが、彼女は手の平をこっちに向けるジェスチャーでわたしを制止した。
「来ないで!」
強い口調でルナが言う。その剣幕にわたしは一瞬ひるんでしまった。しかし彼女の目は真剣そのもの。わたしを睨みつけている。そしてその手にはハンドスピナーが握られていた。
「えっと……何してるの?」
「いいから。あなたはそこにいて」
彼女はそう言ってわたしに背を向けると、ゆっくりと立ち上がった。そして手に持ったハンドスピナーを回転させ始める。
「シャーーーーーーーーーー」
しかしハンドスピナーが回転しただけで何も起こらなかった。
「あれ? おかしいな……」
ルナは首を傾げながら、もう一度回す。
「シャラーーーーン」
回転して音が鳴り響くけど、それだけだった。
「おかしいな……。壊れてるのかな……? もしかして……」
「ねぇ、もうやめようよ。こんなの回したってしょうがないよ!」
わたしはルナの手にあるハンドスピナーを指差す。それはもうただのガラクタにしか見えなかった。しかしルナは諦めきれないようで、再び回し始める。
「シャーン。シャーー」
しかしやはり何も起こらない。わたしは呆れた様子で言った。
「だからやめてって!」
だけどルナは諦めず、怪物を目の前にしてハンドスピナーを回し続けた。するとなんと、ルナが手にしていたハンドスピナーから光があふれ出したのだ。その輝きはだんだんと増していき、やがて辺り一帯を明るく照らした。そしてルナの手元からは、無数の小さな光の玉が飛び出した。それらは空に向かって飛び上がっていき、そして光は怪物目掛けて降り注いだ。そして怪物が眩しさに怯む様子を見せる。だけどそれだけではなかった。ルナの持つハンドスピナーが空中に浮かび上がり、そして彼女の胸の前に飛んできた。
――ブンッ!
風を切る音とともに、ルナは両手を前に出す。そしてそれを受け止めると、勢いよく怪物へと突き出した。
「必殺! ルナティックっ!」
その言葉と同時に、ハンドスピナーは強烈な光線を放ち怪物を貫いた。そして怪物が爆発した。それと同時に爆風が巻き起こり、お姉ちゃんが置きっぱなしにしていた本のページが破れて花吹雪のように舞い上がった。
「グオオオオオオオオン!」
怪物はその一撃を喰らい、うめき声を上げ、よろめいた。そしてその姿が徐々に小さくなっていくと、そこには一匹のネズミが現れていた。そのネズミは必死に逃げようと言わんばかりに走りだす。
「待ちなさいっ!」
ルナはそう言うと、そのネズミを追いかけながらハンドスピナーを再び回転させた。そしてネズミに向けてそれを投げる。ハンドスピナーは再び凄まじいスピードで回転すると、ネズミにそれが突き刺さり、胴体が切断された。
「やったぁ!」
ルナは嬉しそうに飛び跳ねる。だけど、わたしはあることに気づいた。
「ちょっと待って! まだ生きてる!」
わたしの言葉を聞いて、彼女は動きを止める。そして地面の上で半分こになってももがき続けているネズミは、その口を大きく開け、鋭い牙を剥き出しにした。そしてそのまま弾丸のように宙を舞い、上半身だけで彼女に襲いかかろうとした。しかし咄嵯に反応してそれを防いでハンドスピナーを素早く構えると、そのまま横に振って投げつけた。それは見事に命中してさらにネズミは切断された。だけどネズミは止まらなかった。
「チュアアアアアアアアアアアアア!」
ネズミはさらにルナに襲い掛かろうとした。彼女は後ろに下がって避ける。わたしは彼女を助けに行こうとしたけどその前にルナがまたハンドスピナーを投げた。それもまたネズミに直撃する。今度こそとどめをさせたようで、ネズミは動きを止めた。
ルナはネズミに近づくと、その体を掴んで素早くハンドスピナーに紐で括りつけ天高く放り投げた。
「じゃあねっ!」
彼女はそう言って空に手を振ると、やがてネズミの姿はいつまでも上昇を続けるハンドスピナーとともに小さくなり、最後は見えなくなった。
「ふぅ……」
彼女は息をつくと、こちらを振り向いて笑った。
「大丈夫だった?」
「大丈夫だったけど……」
わたしは呆然としたままそう返事した。彼女はニコニコしながら話を続ける。
「よかった。もし怪我とかしてたら大変だもん」
「それより……ハンドスピナーって……すごいんだね」
わたしはもうそれしか言えなかった。彼女はいったい何者なの? どうしてハンドスピナーからあんなものが飛び出すの? 聞きたいことは山ほどあったけど、口に出せたのはそれだけだった。
「まあね! あれは特別製なんだ」
「そうなの?」
「うん! あたしが作ったの」
「そ、そうなんだ……ていうかルナって、一体何者なの……?」
わたしはゆっくりと呼吸をしながらルナに訊いた。心臓がドキドキしている。
「あたしは……そうだね……宇宙からはるばるやって来た宇宙人、とでも言っておこうかな」
「えっ? 言っておこうって……?」
「でも、あながち嘘じゃないよ。ほら、ここを見て」
ルナはそう言うと、突然服を脱ぎだした。露わになった肌は、確かに人間とは思えないほどに綺麗で――っていやいや!
「ちょっと!? 何いきなり脱いでんの!?」
「見て、あたしのおへそ。実はこれもハンドスピナーになってるの」
「あ、ほんとだ……でもだからって急に脱がなくてもいいでしょ!」
わたしは思わず叫んだ。するとルナは服を着た後、首を傾げた。
「なんで怒っているの?」
「怒るでしょ普通! いきなり服を脱ぎだしておへそまでハンドスピナーになってるとか言われたらさあ!」
「そうかなあ……。ところであなたの名前はなんていうの?」
ルナはそう言うと、再び服を着た。
「アリスですけど。ていうかもう知ってるはずでしょ!?」
「あはは……あたし、人の名前を覚えるの苦手で……ごめんね。あ、あたしはルナ。よろしくね」
「それもさっき聞いたよ!?」
「ねえ、せっかく会えたんだしさ、一緒に遊ぼうよ!」
「もう遊べるだけ遊んだでしょ!? もう良くない!?」
「えー……まだ全然足りないって!」
「十分過ぎるくらい遊びましたぁ!」
「そんなこと言わずにさぁ! お願い!」
ルナは両手を合わせて懇願してくる。
「い・い・か・げ・ん・にぃ……」
わたしはその態度にイラつきながらも、必死に堪えようとしたが無理だった。わたしはルナの頬をビンタしていた。彼女は驚いたように目を見開きながら自分の右頬を触る。そしてわたしを見つめてきた。
「あ……ごめんなさい。つい……手が勝手に動いて」
「……いいよ、別に」
彼女はそう言って微笑むと、立ち上がった。その微笑みはどこか、悲しみを隠す仮面のようにも思えた。やっぱりちょっと、ビンタはやりすぎだったかな……。
「じゃあね。またいつか会うことがあったら、そのときにでも、また一緒にハンドスピナーを回そうね」
「わかったわかった!」
わたしはやけくそになりながらそう返事した。
「それじゃあね、バイバイ」
彼女はそう言い残すと、どこかへと走り去っていった。その背中を見ながら、わたしは呟く。
「まだ朝のはずなのに……なんかもう夜でもいい感じがするんだけど……」
わたしはため息をつくと、家に向かって歩き始めた。多分お姉ちゃんももう帰ってきているよね。そうであって欲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます