19羽目 「ちょっ……ちょっと待って!」
「アリスさん、起きてください」
「ううん……」
わたしは目を擦りながら、重い身体を起こした。わたしは周囲を見回して、自分が眠りについたベッドで目覚めたことに気がついた。正面を見るとハエトリグサがわたしの枕の隣に立っている。そしていきなり口を大きく開けたかと思うと、わたしの顔面にかぶりつこうとした。
「うわっ!?」
わたしはすぐにベッドから抜け出し、床に転げ落ちた。そして急いで立ち上がって、部屋の入り口に向かって走り出した。
「あっ! 待ってくださいよ! アリスさぁん!」
そんな声が後ろから聞こえてくる。わたしは耳を塞いで必死になって走った。そして部屋の扉に手を掛けて開けた瞬間、背中に強い衝撃を感じた。
「きゃあああ!」
わたしはそのまま前に倒れ込み、額を強く打った。
「ううっ……」
わたしは額を押さえながらも、なんとか立ち上がった。そして振り返ると、ハエトリグサが蔓を伸び縮みさせながらもぞもぞ動いていた。そしてハエトリグサはどこからか言葉を発した。
「うう……。アリスさん、酷いじゃないですか……。せっかく助けようとしたのに……」
「うるさい! こっち来ないで! あんたもわたしの親族なの!?」
「いいえ……。違いますよ。僕はあなたと血の繋がりはありません」
「じゃあなんで追いかけてくるの!?」
「だって……。アリスさんは僕の大切な人ですし……。それに……あなたが死んだら……その……困ります」
「大切な人? わたしが? どうして?」
「ええと……その……一目惚れ……しちゃいまして」
「えっ?」
「……いえ、なんでもありません! 忘れて下さい!」
「はあ……」
「とにかく、今は逃げましょう! 早くしないとあの怪物が……」
「ええっ?」
わたしは扉の向こう側から廊下を見た。すると奥の方から、大きな花びらを持った植物が鉢ごとこちらに向かってきていた。
「なに……あれ……」
「危険です。アリスさん、とりあえずこの部屋で……」
そう言うとハエトリグサはわたしの手を引いて、ドアノブに手を掛けろとわたしを誘導した。しかしそのとき、わたし達の前に植物の怪物が立ち塞がっていた。
「うふふ……逃さないわよ。お嬢ちゃん」
怪物は妖艶な口調で喋る。わたしは恐ろしくなって背を向けると部屋の窓際に逃げた。そして窓から飛び降りようと、手すりに手をかける。だけど、
「な、なんで!? 全然開かない! さっきはちゃんと開いたのに!」
わたしは窓のクレセントを動かそうとしたけど、固いというより、初めから動かないようになっているかのように全く動かすことができなかった。そうしてもたもたしていると、怪物がすぐ後ろまで迫ってきていた。怪物はわたしの様子を見ながら、言葉を紡いでいった。
「待ちなさい。といっても待つしかないでしょうけど。私の名前はアネモネ。この病院の支配者にして、人間の魂を吸い取る者よ」
「……はい?」
「私の力によって、この病院にはたくさんの人間が迷い込んでくるの。でもね。大抵の人間の魂なんて、今更もう別に欲しいものでも無いの。欲しい魂っていうのがね、私にはあるのよ」
「そ、そうなんですか……」
「そして私は、あなたの魂こそ、わたしが求めている魂なのだと考えているのだけれど、その前に訊くわ。あなたはここに来て何をするつもりだったのかしら?」
「何って……ここに逃げ込んできただけなんだけど……」
「あら……そうなの……逃げてきたのね。それでその後はどうするの?」
「えっと……家に帰りたいなって……」
「そう。でも残念ね。あなたの願いは叶わないわ」
「どうして?」
「それはね……」
わたしは嫌な予感がした。
「ここから出ることは出来ないからよ」
やっぱり。わたしは震える身体に鞭を打って、怪物と向き合い、口を開いた。
「わたしをどうしようって言うの?」
「簡単な話よ。あなたはここで私に魂を吸われるの。そうすれば、私はどんな世界で生き続ける事が出来る……。永遠にね」
アネモネは不気味なほど穏やかな声で、わたしにそう言ってくる。……魂を吸われるって…………殺されるの……?
「ねえ……。それ本気で言ってるの!?」
「本気よ……。さあ……おとなしく死になさい!」
「ちょっ……ちょっと待って!」
わたしが必死に抵抗しようと体勢を変えたそのとき、背後にいたハエトリグサが大きな声を上げた。
「アリスさん! 危ない!」
「きゃああああ!」
次の瞬間、わたしの横顔に強い衝撃が走る。わたしは吹き飛ばされて壁に激突した。
「うう……」
「大丈夫ですか!?」
「うん……」
わたしはなんとか起き上がると、目の前にいたハエトリグサを見た。
「よかった……」
「心配してくれて……ありがと……」
「いいんですよ。僕にとってアリスさんは命より大事な人なんですから」
「そんな大袈裟なこと言わなくても……」
「いいえ! アリスさんは僕の全てなんです!」
「そっか……なんでそうなるのかわからないけど……嬉しいよ」
「はい! だから……」
ハエトリグサはそう言うと、蔓でわたしの腕を強く掴んだ。
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