18羽目 「痛いよ……」
「はあ……はあ……」
わたしは肩で呼吸をしながら、その建物を眺めた。白くて大きな建物で、まるで病院のようだった。
「はあ……はあ……」
わたしは少し休もうと思い、その建物に入った。中は少し古びていたけど、やっぱり病院のようだった。
「はあ……はあ……誰かいないのかな……」
わたしはそう呟きつつ、受付らしき場所に向かって歩いた。すると奥の方から声が聞こえてきた。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
わたしはその声に驚き、受付のカウンターを飛び越えて、急いで声のする方へ向かった。だけどそこには人の姿はなく、なぜかたくさんの観葉植物がまるで兵隊のようにずらりと並んでいた。
「なんだろう……?」
わたしは不思議に思って、その観葉植物に近寄ってみた。
「これは……もしかして、サボテンかな……?」
「そうですよ。僕はサボテンです」
「へえ……そうなんだ」
色々な事がありすぎて、最早サボテンが喋ることくらいでは何にも感じなくなっている自分に気づいて、何だか自分で自分が怖くなってきた。
「ところで君は誰だい?」
「わたし? わたしはアリス」
「アリス? ……そういえばどこかで聞いたことがあるような気がしますね」
「ええと……そ、そうかな?」
「ええ。確か……あれですよ」
「うん」
「ほら、三月ウサギを殺したっていう……」
その言葉を聞いた瞬間、わたしは棘が刺さることも気にせず、サボテンを鉢から引っこ抜き、床に叩きつけた。
「ひっ!」
サボテンが悲鳴を上げる。
「あれは仕方なかったの!」
わたしは自分でもびっくりするくらい、大きな声で怒鳴っていた。
「わたし死刑になんて絶対ならないから!」
「ひいっ! わ、わかりましたよ! ……ごめんなさい」
「わかればいいの! わかれば」
「じゃ、じゃあ僕を殺さないで下さい」
床に情けなく落ちているサボテンのそんな懇願に対して、わたしは首を横に振った。そしてわたしはサボテンを指差した。
「あなたは殺す」
「ええっ!? どうしてですか?」
「知られた以上、生かしておく訳にはいかない」
「そんなことありませんって……! 僕、口が堅いってよく言われますし! ほら! 棘だらけですし!」
「そんなことあるの!」
わたしはそう言って、そのサボテンを右足で力いっぱい踏み潰した。ぐちゃっとした気持ち悪い感触が足を伝う。
「うわあああっ!」
「うるさいなあ……」
「だ、だって、痛いんですよ!?」
「当たり前だよ。踏んでるんだもん」
「酷い……酷すぎる……。アリスさんは鬼ですか!?」
「わたしはアリス」
「ううっ……。そうでした……」
「それにしても……」
「はい……」
「あなたは一体何者なの?」
「ええと……」
「まさか本当はサボテンじゃなかったりして……」
「いえ……そうではなくて……僕は……」
「まあ、どっちでもいいんだけど」
わたしはさらにサボテンを踏みつけながら、質問を続ける。
「ううっ……」
「で、結局、あなたは何者?」
「はい……。僕の名前はサボテン・オブ・サボタージュといいまして……」
「ふーん……。それで……?」
「ええ……。あの……アリスさんのお父さん……」
「……えっ? 今……なんて?」
「だから……あなたの父親は、僕の双子の兄……つまり僕達、スーパー・サボタージュ・ブラザーズなんです」
「ほえ?」
一体何を言っているの? わたしはサボテンから足を離し、泥だらけの靴跡がはっきり残っているサボテンを見つめた。するとサボテンは青虫みたいにひとりでにもぞもぞと動き始めて、鉢へと戻っていった。
「本当です。証拠にほら……これ……」
そう言うとそのサボテンは鉢の中から一枚の写真を取り出して、わたしに見せてきた。その写真は、お父さんとお母さんと目の前にいるサボテンが笑顔で並んで映っていた写真だった。
「これは……?」
「見ての通り、集合写真です。ちなみにこれは……その……二人の結婚式の時に撮ったものです」
「そうなんだ……」
「はい」
「でも、どうしてわたしの父親が……その……サボテンと血縁者なわけ?」
普通に考えて、あなたの叔父はこの何の変哲もない訳じゃないけども、このサボテンですと言われてはいそうですかと納得できる人なんて存在するの? わたしはそんなことを考えながら、目の前にいる緑色のトゲだらけの謎だらけの生き物を見つめた。
「それはですね……。あなたの父親もサボテンだからですよ」
「……へっ?」
「だから、その……あなたの父親の名は、ザボーじゃなくて、オベロン・オブ・サボタージュと言うんですよ」
どういうことだろう。まるで意味がわからない。全くわからない。わたしは少し混乱しながら考える。……つまり、こういうこと?
「わたしはアリス・オブ・サボタージュってこと?」
「そういうことになりますね」
「そうなんだ……」
わたしはとりあえず、自分の頬をつねってみた。実は全部夢でしたー! みたいなことって、ないよね?
「痛いよ……」
しかしどうやら目の前で起こっていることは現実らしい。
「それにしても、どうしてこんなことになったのか……僕には理解できません。僕は姪に殺されようとしている。まったくもって、意味不明ですよ」
「わたしだって、よくわかんないよ。あなたが何言ってるのか全然わかんない」
なんだかもうめんどくさくなってきたので、わたしは叔父と名乗るサボテンを鷲掴みにすると、窓から放り投げた。
「サボターーーーーーーーーージュ!」
断末魔がだんだん遠くなってきた後、わたしは近くにあったベッドに潜り込んだ。目覚めたら全てが元通りになっていることを祈りつつ、わたしは眠りについた。
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