14羽目 「多少の迷惑くらい許します!」

 意識を取り戻すとそこは狭い牢屋のような場所だった。咄嗟に身動きを取ろうとしたら、わたしの手足には鎖がかけられていて、目の前にある仰々しい鉄格子まで歩くことも出来なかった。


「ここは……!? どうなってるの!?」

「やっと目覚めたようだな。お嬢さん」


 突然檻の外から声をかけられたので、驚いて振り向くとそこには気絶する前に見た、懐中時計を持っているウウみたいなウサギがいた。でもやっぱり、醸し出される雰囲気はウウとは全く違っていた。


「あ、あなたは誰……!? ウウはどこなの!?」

「時計ウサギはさっき死刑になったと言っただろう。それよりどうだったかな? 僕の変身を見た感想は」


 わたしはその質問を聞いて思わず首を傾げた。この子……何を言ってるの?


「見る前に気絶したのか。それじゃあもう一度見せてやろう」

 

 ウサギはわたしの反応を見てニヤリと笑うと、懐中時計を手に取った。すると次の瞬間、ウサギの姿が変わった。それはウサギとは程遠い異形の化物の姿だった。その姿は、顔の半分以上が牙で覆われ手足からは熊のような太い爪が生えていて、背中からどんな鳥のものよりも大きい翼が生えていて、まさに怪物と呼べるようなものだった。


「なに……これ……!?」

 

 その怪物の姿を目の当たりにしたわたしはあまりの衝撃に呆然とした。身体が震えて、呼吸が荒くなるのを感じる。


「おっと! これは失礼したね。怖がらせちゃったみたいだ。大丈夫、すぐ楽にしてあげるからね……」

「い、嫌……!」

「おいおい、そんなこと言わないでくれよ。僕のことが好きだろ? かわいいだろ?」

「わたしが好きなのは、ウウだよ! あなたなんか好きじゃない!」


 わたしが必死に叫ぶと、文字通り怪物の顔色が変わり、こう言った。


「黙れ!!」


 怪物はわたしに向かって飛び掛かってきた。その瞬間、大きな銃声が聞こえてきた。そして怪物に銃弾のようなものが当たったらしく、厳つい肩から血を吹き出し始めた。


 ウウだ!  わたしはすぐにウウの方を振り向いて口を開いた。


「ウウ! ありがとう!」

「私は時の神です。自分の死くらいなんてことはありません!」


 そう言うとウウは懐中時計を手に取り、開いた。すると今度は白いスーツに身を包み、白いマントを纏った姿に変わった。


「行きます!」

 

 ウウは二丁拳銃で怪物を撃った。弾丸が当たった箇所からどんどん血が噴き出ている。ウウはそれを見て、更に銃撃を加えていく。わたしはその様子をじっと見つめていた。ウウのそんな姿は、まるで正義のヒーローだった。


「クソッ! 覚えてろよ……!」


 そう言い残して怪物はウサギの姿に戻ると逃げていった。わたしはそれを確認すると、急いで彼に駆け寄って行った。


「ウウ!」


 わたしはウウを抱きしめた。


「無事でよかった!」

「全く……戻ってくるなと言ったはずでしょう……なんなんですかあなたは……」


 ウウの言葉にわたしは微笑みながら、こう答えた。


「わたしはアリスだよ!」


 それからしばらく経って、わたし達はお互いに色々な事を話した。お互いの世界のこととか、色々。するとウウが急にこんなことを言ってきた。


「あの……一つ頼みがあるんだけど聞いてくれませんか?」


 わたしは彼女の方に視線を向けた。


「なに?」


 ウウは少し照れたような様子を見せたあと、真剣な表情になり、こう言った。


「あの……私と一緒に旅に出てほしいんです」


 わたしはその言葉の意味をすぐに理解できなかった。でもすぐにその言葉を心の中で復唱した。


「えっと……つまり一緒にどこかへ行こうってことだよね?」

「そう……なりますね」


 ウウは歯切れの悪い返事をした。


「うーん……ごめん、無理かな」

「ど、どうして!」

「だってわたしたち、逃亡犯だよ?」

「そうですよ! だから一緒に――」

 

 ウウはなんだか焦っているようにも見えた。そんな彼女の仕草をわたしはとても愛おしく感じたけど、わたしは首を横に振った。


「でもダメ。多分わたし、またウウに迷惑かけちゃうもん」

「多少の迷惑くらい許します!」


 ウウの言葉に、わたしはもう一度首を横に振る。そしてゆっくりと深呼吸してから、口を開く。


「それじゃあねウウ、色々ありがと!」


 わたしは笑顔でそう言って、部屋の扉を再び開けた。


「ちょ……あの! そもそもこの世界は――」

「じゃあね!」


 わたしを呼び止めようとするウウの声を無視してわたしは部屋を抜けた。ごめんね、ウウ。


 本当のこと言うと、わたしだってあなたとの時間をもっと過ごしたい。でも、もう行かないとね。だってわたしたちは、逃亡犯なんだから。ウウに何回も迷惑を掛けちゃった以上、別々に行動することがお互いにとっていいんだから。

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