8羽目 「僕の方がもっと強い」
「綺麗……」
しばらく突然の夜空に呆然としていたわたしだったけど、我に返ると目を正面に向けた。するとウウが「きゃああああああ!」と声を上げながら地面を転がっていた。彼女は口から血を流している。そしてウウの体は徐々に縮んでいき、元のウサギの姿に戻ってしまった。一体何が起こったのだろうとわたしが思っていると、突然ウウの体が宙に浮き、そして激しく回転しながらドリルのように頭から地面に突き立てられて、ウウは倒れた。
「うぐっ……」
「ウウ!」
わたしが急いで駆け寄ると、ウウの体はピクリとも動かなかった。死んではいないようだったけれども、かなり重傷を負ってしまっているようだった。わたしが心配していると、空から声が聞こえてきた。見上げてみると、ウウと似た姿のウサギが宙に浮かんでこちらを見下ろしていた。
「久しぶりだね。時計ウサギ」
「随分手荒な祝福ですね……三月ウサギ」
ウウはそんな皮肉を言いながら立ち上がった。見るとウウの傷はもうどこにも無くなっていた。これが時の神の力なのだろうか。そして、三月ウサギに向かって言った。
「……それでは、始めましょうか」
「あれ? 僕はもうとっくに始めてたつもりだけど?」
「うるさいです!」
ウウは怒りを込めたような声で三月ウサギに言うと、もう一度懐中時計を手に取り、勢いよく開いた。するとウウの服が一瞬にして弾け飛んだかと思うと、次の瞬間には黒いコートのような衣装を纏った姿に変化していた。
「あなたとは、この姿で戦うのが一番いいでしょう」
ウウは真剣な面持ちで、三月ウサギに言った。
「果たして、それでいいのかな?」
三月ウサギもウウに応じて懐中時計を手に取り開くと、姿が変化した。その様子と姿はウウと瓜二つだった。
「じゃ、始めようか」
三月ウサギはそう言ったかと思うと一瞬でウウの目の前まで迫っていた。しかしウウはそれを難なく避ける。
「やるじゃないか」
「あなたも」
ウウも攻撃に転じ、三月ウサギに連続でパンチを浴びせる。その拳は凄まじい速度で放たれているようで、目にも止まらぬ速さだった。だけど三月ウサギは紙一重でそれを全て避け続けている。しかし突如として三月ウサギは勢いよく吹っ飛んだ。
「ぐあああ!」
「時の神の力を甘く見ないで下さい」
「流石だよ。君は本当に強い」
「それは光栄の至りですね」
「うん。でもね……」
するとウウの身体が突如として丸くなり、空高く舞い上がった。わたしは思わず叫んだ。
「ウウ!」
ウウは地面に落ちるとボールのように何度もバウンドした。
「僕の方がもっと強い」
三月ウサギはきっぱりとそう言った。だけどウウは立ち上がって「私は負けません」と言ったかと思うと、三月ウサギの胸から赤い血が滴り落ちていた。
「うぐっ……どうして……!?」
三月ウサギの表情が歪む。三月ウサギの白い毛並みに赤が混じっていく。
「空間を操れるより、時間を操れる方が強いんです」
ウウは勝ち誇ったかのように言い放つと、横たわった三月ウサギに近寄っていく。わたしはその様子をじっと見つめていた。むしろ、それしか出来なかった。
「これで最後です」
ウウは懐中時計を取り出したかと思うと、それを天に向けて掲げた。すると空から大粒の雨が降り注ぎ辺り一面は水浸しになり、わたしの服もびちょびちょに濡らしていく。やがて雨雲が去ると、そこには満身創痍の三月ウサギの姿があった。ウウはそれを確認すると「私の勝ちですね」と言い放った。
「僕は……ね……」
ウウのそんな言葉を聞いて、三月ウサギが息も絶え絶えな様子で言った。
「なんでお前なんかに……チェシャ猫が惚れるなんてって……ずっと……思っていたんだ……」
ウウは真顔で「それが理由でしたか」と言った。
「そういう……ところ……だよ……お前は……不愛想で……無口で……空気も読まない……自分勝手な奴だ……でも僕は……お前と違って……いい奴を演じたつもりだった……でも……チェシャ猫には……相手にされなかった……なんでお前みたいな奴が……相手にされて……僕は……って……思ってたよ……」
「はい。私はそういう奴ですね」
……違う。違うよ。ウウと出会ってからまだそれほど経っていないけど、果たして人なのかウサギなのかは置いといて、ウウがそんな人じゃない事は知っている。だってわたしを二度も助けてくれたんだから。ウウはわたしの、命の恩人だ。なのに……この三月ウサギは……。
「やっぱり……そう……なんだね……じゃあ……死んでくれないかな……? ……君がいなければ……こんな……苦しい思いをする事はなかったはずだからさ……」
三月ウサギの声に死の匂いを感じて、わたしは思わず目を背けたくなった。ウウは「死ぬのはあなたです」と三月ウサギに吐き捨てる。
「そう……だね……あまり……チェシャ猫を……悲しませないようにして……やってくれ……僕からの……お願いだ……」
三月ウサギの言葉を聞くとウウは時計を掲げた。
「さようなら」
ウウがそう言った瞬間、そこに三月ウサギがいた痕跡は何も残っておらず、まるで三月ウサギの存在自体がなかったように思えるほど、何もかもが綺麗に消え去っていた。
「……終わったの?」
ウウに尋ねると「はい」とすっきりしたような声で答えが返ってきた。
「私の……負け……ですね」
手持ちが全滅したらしい茶々ががっくりとした声でわたし達にそう言うと、とぼとぼとどこかへと歩き去っていった。それを見届け終えると突然「警察だ!」という声が響いた。振り向くと、トカゲの集団が現れていてあっという間にわたし達は取り囲まれてしまっていた。
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