7羽目 「ウウじゃありません。時計ウサギです」

 わたしがそう呟くと、突然「まだ終わってません」という声がどこからか聞こえたかと思ったら公爵夫人が「ぐぎぃ!」という苦痛の声を上げながら空高く吹っ飛んでいった。そのまま空中に舞い上がり、ぐるんと半回転した状態で地面に落下した。あまりの速さと勢いに地面が大きく凹み、土煙が上がった。私は一体何が起こったのかよく分からず唖然としていると「何をやっているんですか」と声が聞こえた。見ると、


「ウウ!」

「ウウじゃありません。時計ウサギです」


 なんと、ウウが立っていたのだった!


「ウウー!」

「時計うさぎだって言っているでしょう!」

「やっぱりウウじゃん!」


 わたしはウウに頬ずりした。肌に触れる毛の感触が心地よかった。


「くすぐったです!  やめて下さい!」

「あ、照れてる!」

「うるさいですっ!」


 ウウとじゃれていると、公爵夫人がむくりと立ち上がったようで、砂ぼこりの向こう側に人影が見えた。そして彼女は叫んだ。


「ウーだかなんだか知らないけど、よくも私をこんな目に合わせてくれたわね! 絶対に許さないわ!」


 彼女はティーカップを持った右手をまっすぐ突き出してきた。どうやら攻撃してくるつもりらしい。それならこっちも応戦するまでだ。


「ウウ、お願い!」


 わたしはウウに両手を合わせて頼んだ。


「わかりました。やるからには徹底的にやりましょう!」


 ウウは懐中時計を掲げて叫んだ。そして眩しい光に包まれたかと思うと、姿が変化していった。やがて光が消えると同時に、一人の美人な女の人がそこに立っていた。


「ふぅ……」


 女の人は一息つくとこう言った。


「あなたとは、この姿で戦います」

「あ……あなた誰!? ウウなの!?」


 わたしは混乱しながらも、目の前にいる女の人に尋ねた。女の人は綺麗な銀色の髪をしていて、どこかウウの面影があった。


「私は時計ウサギ。時を司る神です」

「え?」

 

 ウウなのはわかったけど、時を司る神……!? ウウって、神様だったの!? なんてわたしが戸惑っていると、ウウはわたしに背を向けながら言葉を続けた。


「神と言ったんです。信じられないなら力を見せてあげましょう」


 ウウは手を横に振った。すると公爵夫人が「何よこれ! どうなってるのよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」と叫びながら空の彼方へ吹き飛んでいった。


「凄い……。本当に神様なんだね」

「はい」


 わたしは改めてウウを見つめる。


「でも、なんで急に助けに来てくれたの?」

「別にあなたの為ではありません。私には、倒さなければならない相手がいるんです」


 ウウは茶々を指さしながら言葉を続ける。


「最後の手持ちを出して下さい」

「貴方は……知っているのですね……。わかりました。いいでしょう!」


 茶々はそう言った後、二足歩行になったかと思えば、両手を高々と掲げて高らかに空に叫んだ。


「三月ウサギ!」


 辺りが突然暗くなった。咄嗟に空を見上げると、無数の星々が煌いていた。そしてひときわ目立つ、大きく丸い月。わたしはその光景に思わず圧倒された。それはあまりにも壮大で美しく幻想的な景色だったから。

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