4羽目 「ハナヨメコケダカ」

 そうしてしばらく歩いていると、目の前に大きな木が見えてきた。その木の枝にはたくさんの白い綿花が咲いていて、そこから垂れ下がった紐のようなものが風に乗ってゆらゆらと揺れている。その隣の木には大きな赤いリボンがついた黒い帽子が果実のように実っていた。一言で言えば、怪談にでも出てきそうなめちゃくちゃな木々だったけど、その帽子のデザインはわたしの琴線に触れた。


「わぁ! かわいい!」

 

 わたしは思わずはしゃぎながらその帽子の果実のひとつを手に取り被った。その声に反応したチェシャ猫が振り向いた。


「あんまりはしゃぐなよ。いつ襲ってくるかわからないぞ」

「だってこの帽子すごくかわいいだもん! こんな帽子見たことないよ!」

「大丈夫ですよ。その子たちは優しいですから」


 ウウが穏やかな声でそう言ってくれた。そっかぁとわたしは思ったけど、すぐにはっとなり、


「生きてるの!?」


 慌てて帽子を取りながらそう聞いた。それにウウは「もちろんです」と笑った。


「もちろんなの!?」

「はい。この世界では、あらゆるものが命を宿して意思を持っていると言っても過言ではありませんから」


 わたしはそれを聞いて、さらにテンションが上がって周りを見始めた。


「じゃあさ、この木は?」

 

 わたしは少し離れた場所に生えている、黒い葉の木を指差してウウに尋ねた。


「その木は会話が出来ますよ」とウウは答えた。

「えっ?」

「こんにちは。わたしはおしゃべりの木よ。あなたの名前は?」


 木に近づくと、木はそう言ってわたしに話しかけてきた。


「わたしはアリス! あなたは?」

「わたしはハナヨメコケダカっていうの。わたしの花の冠を作ってくれてありがとね。おかげで元気いっぱいになったよ! 今度は、あなたのお話を聞きたいな!」

「ハナヨメコケダカ……? いやいやそれよりも! 別にわたし花の冠とか作ってないんだけど!?」


 咄嗟に今までの記憶を掘り起こしてみたけども、当然ながら喋る木に花の冠を作ってあげた記憶なんてものはどこにも存在しない。


「わたしの花の冠を作ってくれてありがとね。おかげで元気いっぱいになったよ! 今度は、あなたのお話を聞きたいな!」

「そんな記憶無いんだって!」

「わたしの花の冠を作ってくれてありがとね。おかげで元気いっぱいになったよ! 今度は、あなたのお話を聞きたいな!」

「話聞いてる!? 聞いてないよね?」


 ハナヨメコケダカは、わたしの話を全く聞いていないようだった。そして、


「えっ? なんか光った! 何これ!? どうなってるの!?」


 突然ハナヨメコケダカの身体が発光し始めた。


「ああ、もう……また面倒なことに……」


 ウウはその光景を見ると、ため息をつきながら懐中時計を手に取り勢いよく開いた。すると時計の針が激しく回転し、文字盤から炎のような光が放たれ、姿が変化していった。やがて全身を覆う衣装は黒い衣装に変わり、黒い手袋をつけ、顔には目の部分だけ空いた真っ白な仮面を着けた姿に変わった。そしてウウは、ハナヨメコケダカに近づいていった。


「落ち着いて下さい」


 ウウはそう言うとハナヨメコケダカに蹴りを入れた。ハナヨメコケダカは「ウェァ」とうめき声を上げた後、我に返ったように眩い光を消した。


「えっ、今わたし何を?」

「気にしないで下さい」

「うん、ごめん。ありがとう。でもどうしていきなり蹴られたのか分からないんだけど……」

「気にするなと言ったでしょう」

「うん、ごめん。ありがとう。でもどうしていきなり蹴られたのか分からないんだけど……」

「だから気にするなと」

「うん、ごめん。ありがとう。でもどうしていきなり蹴られたのか分からないんだけど……」

「気にするなって言っているでしょう!」


 ウウはハナヨメコケダカとそんなやり取りを繰り広げていた。


「はぁ……まずい流れになったな……」


 チェシャ猫がやれやれといった様子で言うと、わたしの方をゆっくりと見た。


「多分このまま待ってても日が暮れて終わりだな。時間がもったいないから君は好きに回ってくるといい」

「えっ、で、でも……。まあ、仕方ないかあ……」


 確かにこのまま強引にハナヨメコケダカから引き離しても、ウウのストレスが爆発してしまうような気がする。というよりもう爆発寸前だ。


「じゃ、行くねわたし……」

「その方がいい。そもそもハナヨメコケダカは、会話が出来ると言っても、話が全く噛み合わないんだよ。こんな風にな」

「そうなんだ……」

「だが、ここはいい世界だし、君も気に入るはずだ」

「そっか……。じゃあね、チェシャ猫」

「ああ。いつかまた会おう。アリス」


 こうしてわたしは、ハナヨメコケダカと言い合っているウウを横目に見ながら、チェシャ猫に見送られて一人でこの不思議な場所を歩き回ることになったのであった。

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