3羽目 「略してウウウウ! 更に略してウウ!」
「ここが言ってた巣穴?」
「はい。念のため言っておきますが、絶対に入らないで下さい」
ウサギはそう言った後、巣穴の中へとするする入っていったけど、わたしは「やるな」とか「入るな」とか何とかと命令されるのが嫌いなので、わたしも中に入ってみることにした。入れるかどうか微妙な大きさだったけど、試しに片足を穴に踏み入れてみたらまるで掃除機に吸われるように全身すっぽりと穴に飲まれた。
「ああああああ!?」
穴はトンネルのように真っ暗で、滑り台のようになだらかな下り坂が続いていたけれど、ある時を境にいきなり開け放たれて強すぎる照明のような眩しい光が目を射した。目が慣れてくるにつれて、どんな場所なのかも確かめることが出来たけど、そこは色とりどりの花が咲き誇っている花畑になっていた。そしてウサギは、その花々の上にちょこんと座っていた。
「ペペペッパッパピッポペパパパパー」
「え!? いまこの花……!? ううん、何でもない」
突然足元にある花が喋ったような気がしたけど、花が喋るなんてありえないよなと思い直して言葉を噤んだ。わたしが足元に気が向いている間に、ウサギは怒りの表情を隠さずに真っすぐこっちに詰め寄ってきた。
「絶対に入るなと言ったでしょう」
「だって気になったんだもん! にしても、こんなに素敵なところがあるなんて知らなかったよ!」
「もう知りましたよね? なら帰って下さい」
ウサギはため息をつきながらわたしにそう吐き捨てると、花畑の奥の方へ歩いていったので、わたしもそれについて行った。
「ええー、どうして? せっかくいいところに来たんだからもっと楽しみたいな」
「楽しまないで下さい」
「そんなぁ……。あ、そういえば! 名前聞いてなかった! あなた、なんて言う名前なの?」
「ウサギです」
「それは見ればわかるよ。あなたの名前は? シロとかピョンとか、色々あるでしょ?」
「名前なんてもの、私にはありません」
「ええ!? じゃあ、どうやって呼べばいいの?」
わたしは顎に手を当ててしばらく考えたのち、ある考えを思いついた。
「そうだ! それならわたしが名前つけてあげる!」
「結構です」
ウサギは興味なさげにぷいっとそっぽを向いた。でもわたしは構わず続ける。
「うーん……じゃあ……オムライス!」
「なんでオムライスになるんですか」
「ええっ? だめ? 美味しいのに……」
「そういう問題ではありません」
「うぅ……。ごめんなさい。わたしネーミングセンスがないみたい……。でも、名前がないと困るでしょ?」
「困りません。人間の感性とは違うんです」
ウサギは不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。わたしはそんなウサギに、ちょっとだけムカッとした。
「じゃあ勝手に呼びたいように呼ぶからね!」
「なら好きにして下さい」
「うん! それならわたし、あなたのこと『ウブなウサギのウサウサ子』って呼ばせて貰うからね!」
「なんですかその名前!?」
「え? だって可愛いでしょ? 略してウウウウ! 更に略してウウ! いいじゃんウウ!」
「よくありません!」
ウサギ――もといウウがそう叫ぶと、遠くから別の人の声が聞こえてきた。声の低さからして男の人っぽい声だったけど、人の声かと言われると何となく違和感があった。
「随分と賑やかなだな。一体何の話してんだ?」
歩いてこちらへとやってきた声の主は、ピンク色の縞模様をした猫だった。この猫……もしかして!
「あなたがウウが言ってたデートの相手ね!」
「ウウ? ああ、お前のことか」
猫は一瞬首を傾げたが、すぐに合点がいったようにウウとわたしを交互に見て薄く笑った。
「俺はチェシャ猫。よろしくな」
「こちらこそ! わたしの名前はアリス!」
「元気でいいな」
「よく言われる! ところでウウが急いでたんだけど、何かあったの?」
「ああ、いつもの事だから気にしないでいい。それとあいつは時計ウサギって呼ばれているぞ」
「へぇ……そうなんだぁ」
わたしはチラっとウウを見た。ウウは表情を百面相のように変えながらわたしとチェシャ猫を見ている。そして、ハッと我に返ったように言った。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は時計ウサギです。時間を守ることが大切だと知っていながらデートの時間に遅刻してしまう時計ウサギです」
「今更ドヤ顔で言わなくていいから」
「そうですか……」
「あと、恋人の前ではかっこつけたいタイプなんだね」
「うるさいですよ」
わたしは呆れながら言った。時計ウサギと言っていたけど、わたしはウウと呼びたいので引き続きそう呼ぶことにする。
「では、私達はこれからデートに行ってきますのであなたは早く元の世界に帰って下さい」
ウウはそう言うと、チェシャ猫の手を取り、花畑の奥へと向かっていった。
「あ! 待って!」
わたしは慌てて二人を呼び止めた。二人は足を止めて振り返った。
「どうした?」
チェシャ猫は振り向き、わたしに訊いた。
「わたしも一緒に行ってもいいかな?」
「どうしてだ?」
「えーとね、その……。わたしの知らない世界を知りたいから!」
「なんですかそれは」
ウウは呆れた声でわたしに言った。
「でもいいんじゃないか? こういう奴、俺は好きだな」
ウウはチェシャ猫にそう言われて少し考えた素振りを見せた後「好きにして下さい」と言ってくれた。
「ありがとう! じゃあ、わたしも行くね!」
「わかったよ。ただ、俺たちの邪魔だけはするなよ」
「うん!」
ウウはわたしがチェシャ猫にした返事にやれやれといった様子でため息をつくと、チェシャ猫と花畑の中に作られている道を一緒に歩き出したので、わたしも後ろを追いかけた。
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