2羽目 「ふぅーん……穴の中でデートなんだ……」

「待って!」

「誰ですか!?」

 

 それでも何とか追いかけ続けて、息を切らしながら必死に叫ぶと、ウサギはいきなり立ち止まり振り向いて、わたしを見た。


「わたしはアリス! よろしくね!!」


 自己紹介してからわたしは全力疾走していた勢いのままウサギに飛びかかった。でもウサギはそれを華麗に避けて着地した。


「あだだだだだだだっだ!」

 

 わたしは派手に芝生に飛び込んだ。その拍子で土が口に入る。口の中がざわざわもぞもぞしていて苦くて気持ち悪い。唖然とした目でそんなわたしを見ているウサギを見ながら土をぺっぺっと吐いた。


「……大丈夫ですか」

「だ、大丈夫大丈夫! 気にしないで!」

「そうですか。でも私は見ての通り、急いでるんです」


 わたしを適当に心配したウサギはそういうなり懐中時計を確認した後、再びどこかへと走り出していった。わたしも服に着いた草を払った後、額に滲む汗を拭って遅れじとそれを追いかけた。


「もっと……ゆっくり走ってよ!」

「嫌です」


 もう一度声をかけてみたけど一蹴された。その間にもウサギはどんどん先へ先へと進んでいく。わたしはウサギとの距離を縮めるため思い切ってさっきよりも助走をつけてもう一度飛び込んでみた。


「えいっ!」

「きゃああ!」


 よし、狙いどおり! ウサギはわたしを避けることが出来ずにわたしと激突した。するとウサギが持っていた懐中時計が地面に落ちたのでわたしはそれを拾った。


「うーん……どうなってるんだろ?」


 ひっくり返したり、くるっと回してみたりしてよーく見てみる。ぱっと見、何の変哲もないただの懐中時計みたいだった。蓋を開くとどうなってるんだろ――


「開いてはいけません! 返して下さい!」


 と、蓋を開こうとしたところで、ウサギがわたしから時計を取り返そうとして飛びかかってきて、抵抗する間もなく時計を奪われてしまった。いや元々わたしが奪ったみたいなものなんだけどもね。


「何でそんなに急いでるの?」

「時間がないんです!」

「なんの用事?」

「そ、それは……」

「あーそっか、デートなんだぁ……」


 わたしがそう言うと、ウサギは顔を赤くしてもぞもぞと俯いた。


「そ、そうですよ! 悪いですか!?」

「え、本当にデートなの!?」


 冗談のつもりだったんだけど、本当にそうなら俄然この子に興味が湧いてきた。わたしはさらにまくし立てる。


「相手はどこのどんな子なの? ねえ!」

「巣穴の中にある……って何言わすんですか!」

「ふぅーん……穴の中でデートなんだ……」

「変な言い方しないで下さい!」


 ウサギはますます頬を赤くして慌てふためき手をブンブンさせている。こういうウブっぽい子に限って結構手が早いとかあるけど、まさかそんなことないよね……? でも、この子の慌てようを見る限りありえるかも……。わたしはさらに質問を続ける。


「ところでデートの相手ってどんな子なの? イケメン?」

「言いませんよ。では」


 そう言うとウサギは軽く一礼した後、また走りだしていった。


「わたしも会いに行かないと!」

「なんでそうなるんですか!?」

「イケメンかどうか確かめるの!」

「確かめなくてもいいでしょう!」

 

 なんて言い合いながら、わたしはウサギを追いかけ続け、気づいたら森の中に入っていた。林冠で日差しが遮られている上に、どんよりとした風が吹いていて、薄暗くて少し肌寒い。やっぱりタイツを履いててよかった。木々が風に揺られカサカサ揺れているのが何だか唸り声みたいで不気味だった。まるで誰かに監視されているような感じがする。

 

 そんなことを考えてウサギの背中を追っているうちに、小さいと言っていいのか大きいと言っていいのかわからない大きさの巣穴らしき穴が視界に入ってきた。巣穴の入り口からは、何とも表現することが出来ないような、不思議な気配が漂っていた。

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