後編
平日は、それぞれ仕事に保育園と慌ただしく過ごし、土曜日は平日にできない雑事を片付ける。
週一回。毎週日曜日は、家族でのんびりする日。
いつもより遅くて豪華な朝食を終えると、子供たちはテレビにかじり付く。
その間に片付けを終わらせて、コーヒーを淹れ直してから、俺と奥さんは並んでソファへ腰掛けた。この時間のテレビ番組は、俺たちにとっても楽しみになっているんだ。
日曜のこの時間の子供向け番組は大人でも楽しめて、イベントがあればチケットを取って、家族そろって出掛けることもある。
周囲が同じものに集中している間は、それぞれの思考も落ち着くから、俺の脳にとってはいい休息にもなる。
テレパスが使えるようになったばかりの頃は、周囲の心の声が全て流れ込んできて、かなり苦しんだ。
だけど彼女と出会ってからは、根気強く付き合ってくれる彼女とともに特訓をして、ある程度は聞こえる声を絞れるようになっている。
それをするのも気を張るから疲れるけれど、音の渦に襲われるよりはマシだ。
結婚して、ローンを組んで買った家。
二人で探して、探して。
周囲の家との間隔が広い静かな場所に、一軒家を建てた。
家の中では、彼女の心がいつも歌っているから。その声に耳を澄ませていれば、テレパス能力が原因の苦痛と疲労は、遠退くんだ。
毎週楽しみにしている番組が終わり、子供たちの集中力も、解ける。
「
名前を呼べば、向けられるのは期待の眼差し。
今日は何をして遊ぶのか、どこへ出掛けるのか、二人の心の声が、期待であふれる。
瞬間俺は、「ああ。かわいいなぁ」と思う。かわいいは、「愛しい」だ。
「今日は、家族会議をします!」
告げたのは奥さんの声。
ソファに腰掛けたままで胸を張り、どこか誇らしげな彼女。心の声は、『これ、やってみたかったんだよね』と弾んでる。
やっぱり、いつでも彼女の心の声は、愛らしい。
「かいぎって、なぁに?」
息子が首を傾げ。
『楽しいこと?』
娘は、心の声で俺に問う。
会議は何か。これから何をするのかを子供たちに説明する奥さんの声を聞きながら俺は、緊張から口の中が痺れてきた。
何をどう話そうか。一晩考えたが、結局まとまらなかった。
「さて、まず議題ですが」
家族四人、リビングの床に輪になって座り。進行する奥さんは、なぜだか楽しそう。
「シンちゃんは最近、父ちゃんに聞きたいことがあると思うんだけど、それについてお話し、してみない?」
言われた息子は、驚いた様子で母親を見つめた。
「もしかして、ママもエスパーなの?」
「んー? このぐらいなら、結構できる人いると思うよ」
見てればわかることって、たくさんあるよと彼女は告げて。俺は内心、首を傾げる。
ごまかす方向でいくんだろうかと思ったからだ。
彼女の心に意識を向けてみるけれど、何か裏があるような声は聞こえない。
「これはね、以心伝心って言うの。お互いを知れば、たぶん誰でもできること。でも、シンちゃんが聞きたいことは、これとはちょっと違うんじゃないかな」
彼女は普段、たくさん話すようなタイプではない。
どちらかといえば人の話を聞くのがうまくて、だけど自分の考えは持っているから、全てに同調する訳ではない。
促された息子は、俺に視線を向けた。
その隣で彼女は、穏やかに微笑んでいる。
『ずーっとね、考えてたの。シンちゃんがお腹にいるってわかってから、ずっと。子供たちには、どう伝えるべきかって』
心の声が、俺の無言の疑問に答えた。
彼女の察する能力は、かなり高い。
周りをよく見ているんだと思う。
過ぎるほどに、見えていて。それでたまに疲れてしまう、繊細な人。
俺は元々の性格はガサツで、テレパス能力がなければ、かなり察しが悪い。
この能力がなかったら、彼女は俺と付き合うことに疲れてしまっただろうと思うんだ。
「父ちゃん、あのね」
息子が、考えながら言葉を発する。
思考している内容は聞こえているけれど、俺は、息子がそれを形にするのを黙って待った。
「おれね、思うんだ。父ちゃんは、聞こえてるんだよね? おれの頭の中、見えてるんだよね?」
「うーちゃ、知ってるよ! ニイニの言ってること、知ってる!」
娘が顔を輝かせ、うれしそうに、小さな両手を俺の左膝へと乗せる。
「ママとニイニはできないの。でも、父ちゃんはできるの!」
ね、そうでしょ?と心の声で告げた娘を、抱き寄せた。
膝に座らせれば、娘は満足そうにしがみ付いてくる。
「えーっと、な」
子供にわかるようにというのは、どう言えばいいのだろう……。
『大人相手と同じだよ。わかってもらう、努力をするの』
本当に彼女は、俺の能力を、俺よりもうまく扱える人だと思う。
奥さんの心の声に助けられ、俺は、俺の秘密について話した。
うまく話せたのかは、よくわからない。
頭の中が見えるのではなく、考えていることが聞こえること。
それは、他の人にはできないこと。世間のいう「普通」からは、外れてしまっていること。
ママ以外でこの秘密を教えたのは、二人が初めてなんだってこと。
途中で挟まれる質問に答えながら、一生懸命、説明した。
「これは父ちゃんの、大事な秘密だ。ママと、
「しぃちゃんにも、言うのだめ?」
しぃちゃんは娘の、保育園の友達だ。
「しぃちゃんにも、秘密」
「そっかぁ、ひみつかぁ」
「おれはできるよ! ひみつ!」
身を乗り出しながら宣言した息子の頭を、わしゃわしゃと撫でる。
どうやら、疑問が解けてすっきりしたみたいだ。
俺も、とりあえずは問題をクリアできて、ほっと胸を撫で下ろす。
だけどーーそこへ爆弾が投下されるだなんて、心の読める俺でも、予想はできなかった。
「それじゃあ、次はママの番ね!」
彼女が唐突に、手を挙げて。
注目を集めてから、にっこり笑う。
「なんと! 家族がもう一人、増えまーす!」
「……えぇ!?」
驚いた。
驚き過ぎて、娘を抱いたまま膝立ちになってしまった。
「ふーちゃん、それ、いつ? いつわかったの?」
「一昨日だよ。病院はまだだけど、検査薬は陽性だったの」
「なんで、どうやって隠してたの?」
意味がわかっていないらしい娘は、俺の腕の中できょとんとしていて。
息子は二回目だから即座に理解して、弟か妹かを聞き出そうと大騒ぎ。
彼女だけがのんびりと、「どっきり大成功」と笑っていた。
「レイさんはねー、私が頭の中で歌ってるとそれに集中しちゃうから、その奥でぼんやり思考していることは、聞こえてないみたいだよ」
「そんな器用なことをしてたの?」
「それに、シンちゃんのことに気を取られてたから。お、これはどっきりイケるなって」
「……たぶん俺にどっきりを仕掛けられるのは、世界でふうちゃん一人だけだと思うよ」
脱力した俺は、息子を抱きしめながら「弟か妹、どっちだろうね」と会話を交わす彼女を抱き寄せる。
息子は弟が欲しくて、娘は赤ちゃんが楽しみだと笑っていた。
新たに増える家族について、それぞれが想いを馳せる空間は騒々しくて。
でもそれは、決して不快じゃない。
「レイさんといると、心が腹ペコになる暇がないね」
「ふうちゃんを満たせたのなら、それは、最高に幸せだよ」
満面の笑みとともに彼女の心が『私も、最高に幸せ』だと応えてくれて。俺は少しだけ、泣いてしまった。
そんな俺を「泣き虫なんだから」と言いながら、彼女が抱き締める。
子供たちも加わって、家族四人ぎゅーぎゅーにくっついて暑いぐらいだったけど、全員の、表情も心の声も、温かな幸福で満ち満ちていたーー。
おしまい
父ちゃんとママの馴れ初めは、近況ノートのサポーター限定記事
【サポーター限定】予感はするが何も始まらないショート③ 心の声に、恋してる
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エスパー父ちゃん、はじめての家族会議 よろず @yorozu_462
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