第4話

マンドラゴラは、厄介な植物です。


根っ子が人の顔をしており、光にあたると口から大きな鳴き声を出します。

そしてこの声には、強力な催眠作用があるのです。


マンドラゴラは、この根っ子が食用となります。

調理するには、嫌でも引き抜かねばなりません。

しかし明るいと、催眠が発動してしまいます。

かといって、暗闇では調理ができません。

まさに、八方塞がりとはこの事です。


「こいつは困ったぞ……」


私は頭に手をやり、苦悶の声を漏らしました。

マンドラゴラを食材に使った事など、勿論ありません。

知識としては知っていますが、実物を見るのもこれが初めてです。

一体、どう扱えば良いのやら……


途方に暮れる私の足元が、突然揺れ出しました。

透明ガラスがせり上がったかと思うと、あっという間に囲まれてしまいました。

まわりを見ると、他の選手も同様に閉じ込められています。


ほどなく、場内アナウンスが流れました。


──お知らせします。この試合の食材、マンドラゴラは強力な催眠波を発するため、各選手は防護ガラスで隔離いたします──


このガラスは、催眠波を防ぐためのもののようです。

しかし、選手自身はその中にいますので、危険であることには変わりありません。

これを、いかに回避して調理するか……

まさに、選び抜かれた職人の腕が試される訳です。


──それでは、調理スタート!──


開始の号令がかかりました。

タイムリミットは一時間です。



「うおぉぉぉっ!!」



思案に暮れる間もなく、いきなり雄叫びが上がりました。

振り向くと、ファ・ミーレス選手が例の黒いシートを取り払って地面を睨んでいます。

そこにはノコギリの形をした植物が、顔を出していました。


「マスター、あれは?」

「……マンドラゴラの葉茎部分だよ」


シロップの問いに、私は即答しました。

以前、図鑑で見たので間違いありません。

各自の調理台の下に、マンドラゴラが用意されていた訳です。


「うおぉぉぉっ!!」


間髪入れず、またミーレス選手が叫びました。

地面に突き出た葉っぱを掴むと、そのまま一気に引き抜こうとします。


「一体、どうする気だ!?」


私は自分の調理の事も忘れて、見入ってしまいました。

ミーレス選手の怪力で、土が少しずつ盛り上がっていきます。


スポンっ!


景気の良い音と共に、とうとうマンドラゴラが姿を現しました。

スクリーン画像と同じ、薄ピンク色の実です。

根っ子の顔に手足のようなヒゲ根が生え、まるで人間のように見えます。


ミーレス選手はすかさず、その大きな掌を口の部分にあてました。

人間で例えるなら、【口をふさいだ】状態です。

どうやら、力技で声を出させない作戦のようです。


狙いが当たったのか、今のところ声は出ていません。

ファ・ミーレス選手はニヤリと笑うと、そのままマンドラゴラをかついで調理台に運びました。


「なんか、子どもをさらった誘拐犯みたいデス」


それを見たシロップが、目に涙を浮かべました。


「かわいそな、ドラちゃん」

「なんだ?ドラちゃんて」

だから」

「いや、ドラ多過ぎだし。……だよ」


私はすかさずツッコみます。

確かに、ミーレス選手がだけに、そう見えなくもありません。


「でも……


そう言って、私は首を横に振りました。



ギャギャアァァァァァ……!!!



その言葉が合図であったかのように、いきなりマンドラゴラから奇声が飛び出ました。

口は塞がっているのに、音が聴こえてきます。


「ま、マスター!これは……!?」


シロップが驚き顔で、慌てて耳をふさぎます。


「口のように見えるけど、あれは表面のが変形したものだ。マンドラゴラの鳴き声は、正確には【声】じゃなくて【】なんだ。体全体を細かく振動させて放出してるのさ。ミーレス選手は、そこまでは知らなかったみたいだ」


私は昔学んだ知識を、シロップに話して聞かせました。

その言葉通り、ファ・ミーレス選手はすでに倒れて大いびきをかいています。


「ちなみに、僕らは大丈夫だよ。恐らくこのガラスは、マンドラゴラの催眠効果を防ぐためのものだ。音は聴こえても、眠ったりはしないよ」


そう言って目を向けると、シロップは地面で大の字になっています。


「……て、なんで寝ちゃってるの!?」


私はスースー寝息をたてる彼女を見て、目を丸くしました。

どうやら、精神波を操る多肢族には、この音でも多少影響は出るみたいです。

私はため息をつくと、幸せ顔のシロップを揺り起こしました。


「……ほら、シロップ!目を覚まして」

「むにゃ……ああ、そんなこと……いけません、マスター……ぐへへへ」

「こらっ、夢の中で変な事させんじゃない!」


何度目かの呼びかけで、やっと目を覚ましました。

寝ぼけまなこに、意味深な笑みが張り付いています。


「おはようございます、マスター……激しかったデスね、ウフ♡」

「いや、まだ五分もたってないし!」

「責任とってくださいね、ウフ♡」

「夢で一体何させたの!?あと、ウフ♡はやめて!」



「ほーほっ、ほっ、ほっ!!」



私と助手が騒いでる隣で、甲高い笑い声が響きます。

振り向くと、有尾族のコン・ビーニー選手が嬉しそうに尻尾を揺すっています。

そして調理台に向き直ると、備え付けのモニターを操作し始めました。


言い忘れましたが、この調理台は優れもので、ここから調理に必要な追加食材や器具などが調達できます。

モニターに打ち込むと、たちまち資材倉庫から運ばれてくるのです。


恐らく、ビーニー選手は何か思い付いたのでしょう。

自信ありげな表情で、笑みを浮かべています。


しばらくして、調理台下の扉が開き、何かが出てきました。

自動的に調理台の上まで運ばれたそれは、大きな四角い容器でした。

ビーニー選手がその箱に手を伸ばすと、フタらしきものが開きました。

たちまち、中から白いもやが立ち昇りました。


「……そうか!その手があったか……」


それを見て、私は思わず声を上げました。


「マスター、あれって……?」


シロップが不思議そうな目を向けます。

私は振り向くと、やや興奮気味に答えました。


「恐らく、アレはだ……ビーニー選手は、マンドラゴラをつもりなんだ」

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