第3話
控え室は熱気にあふれていました。
開会式も終了し、多くの出場者でひしめき合っています。
余裕の笑顔で談笑する者──
緊張の
その光景も千差万別です。
当然ながら、私も緊張でカチコチになっています。
「マスター、顔がコワイです」
そう言って、シロップが目を丸くします。
「こんな凄い雰囲気の中じゃ、いやでも緊張するさ」
「マスターなら大丈夫デス!いつも通りやればいいのデス」
「お、たまにはいいコト言うね」
「いざとなれば、マスターのおじい様の秘伝書があります!」
「ああ、おじいちゃんのレシピノートね」
「確か、『ミンくんのかくれバイト』でしたね」
「なんかそれ、
シロップの言っているのは、私の祖父・
生前に世界中をさすらい、ありとあらゆる食べ物の作り方を記してあります。
これまでも窮地に
「確かに心強くはあるが……でも今回ばかりは、はたして役立つかどうか……」
なにせ今回は、由緒ある
とても一筋縄でいくとは思えません。
私は大きく一つ、ため息をつきました。
「お気の毒に……では、ワタシがマスターをリラックスさせるデス!」
「え?リラックスって……」
そのひと言に、一抹の不安が脳裏をよぎりました。
「はい。我が種族に伝わる秘伝の技法デス!」
そう言うと、シロップはそそくさと服を脱ぎ始めました。
ぶるんと巨大なメロンが顔を覗かせます。
途端に、私の頭から蒸気が噴出しました。
「い、いや、なんで服脱ぐの!?」
私は手で目をふさぎながら叫びました。
「エプロン姿に着替えるデス」
「な、なんでエプロンなんだ?」
「多肢族の古い言い伝えに、『裸エプロンは男のロマン』というのがあります。この姿になると、すべての男性が
「一体どこのどいつだ!?そんなこと伝えたのは!」
声を荒げる私を見て、シロップはエプロンを放り出しました。
「分かりました。では何もつけずにやってみます!」
「いやもう、ハダカ……秘伝は十分だから。分かったから……お願い、なんか着て!」
私は真っ赤な顔で、必死に押しとどめました。
なんで多肢族は、こうもハダカに無頓着なのか……
私は口を
おかげで、緊張もどっかへ飛んでしまいました。
──ただ今より競技を開始いたします──
その時、館内アナウンスが流れました。
いよいよ、競技開始のようです。
──以下の方はご入場願います──
続いて、出場者の名前が呼ばれました。
低い唸り声を上げ、立派な
その向かいに座る額に触角の生えた女性も、立ち上がりました。
さらに控え室の奥に、もう一名の姿も見えました。
よく見ると、各自助手らしき人を従えています。
皆何も言わずに、戸口から通路に消えて行きました。
競技は三名ずつのトーナメント方式で行われます。
魔法や呪術の使用は禁止されていますが、助手を一名付ける事は許可されています。
出場者が揃ってから、課題となる食材が発表されます。
これは、事前に調理方法を考案することを防ぐためです。
競技者はあくまで、競技時間の中でレシピを組み立てねばなりません。
食材はチームごとに異なります。
調理時間はたったの一時間。
二日間で、出場者の三分のニがふるい落とされます。
まずは、この第一試合に勝つことが先決なのです。
第一陣が退出してから一時間ほど経ち、第二陣の名前が呼ばれました。
競技の順番は大会運営局が決め、出場者には知らされていません。
対戦相手が誰なのか……
アナウンスで呼ばれるまで分かりません。
よって皆、ハラハラドキドキのしっ放しです。
その後も、次々と呼び出しが続きました。
気付けば、控え室にいるのは私を含め三名のみとなりました。
どうやら私は最終組のようです。
──以下の方はご入場願います──
ついに名前が呼ばれました。
「よし。行くか!」
私は誰にともなく声をかけると、勢いよく立ち上がりました。
こうなったら、腹を決めるしかありません。
シロップの言ったように、普段通りにやるだけです。
やる気満々の助手に
************
会場の盛り上がりは、最高潮に達していました。
横断幕や応援旗がはためき、拍手と歓声でドームが揺れています。
最終出場者の面々は、中央に設けられた三つの調理台の前に整列しました。
──それでは選手をご紹介いたします──
アナウンスの声に、ひときわ歓声が大きくなります。
──まず始めは単眼族からファ・ミーレス!──
「うおぉぉぉっ!!」
単眼の大男が、腕を差し上げ雄叫びをあげます。
──続いて有尾族からコン・ビーニー!──
「ほーほっ、ほっ、ほっ!!」
蛇のような尻尾を持つ女性が、高らかに笑います。
──最後は人族から
「イェーいっ!!」
……勿論、今のは私ではありません。
驚いて振り向くと、シロップが頭と胸にリンゴを乗せて手を振っています。
体全体でバランスをとっているため、まるで変な踊りを踊っているようでした。
「な……何やってんだ!?君は」
「ワタシが一番目立ってマス。これで優勝は戴きデス!」
「いやいや、そういう競技じゃないから!これは」
私はあたふたしながら、慌ててリンゴを取り上げました。
「でかしたぞぃ!我が娘よーっ!」
大声に振り向くと、シロップの父上のシュガー王がVサインを送っています。
「次からは、もっと大きいもの……そうだ!スイカにしなさい!」
「分かりました、お父様!二個乗せに挑戦しまーす!」
「踊りも派手にやるんじゃぞぃ!」
「イェッさー!ダディーっ!」
「いやだから、そういう競技じゃないからぁっ!」
私は間髪入れず、会話に割り込みました。
全く……娘も娘なら、親も親です。
キャッキャとはしゃぐ多肢族親子は無視し、私は調理台に向きなおりました。
「おや?なんだろ」
ふと、調理台の足元に目が止まりました。
場内のフロアは石造りとなっていますが、一箇所だけ黒いシートが張られています。
しかも少し盛り上がっていました。
隣の選手の調理台にも目を向けましたが、やはり同じようにシートが掛かっています。
──それでは食材を発表いたします──
私が思案していると、場内アナウンスが流れました。
そのシートにスポットライトがあたり、会場のバックスクリーンに何かが映し出されました。
──これが今回の食材です──
巨大なスクリーンに現れた映像を見て、場内にどよめきが起こりました。
ファ・ミーレス選手は単眼を大きく見開き……
コン・ビーニー選手は尻尾を小刻みに震わせ……
そして私は
ポカンと口を開けたまま、固まってしまいました。
画面に映る、薄ピンク色の果実──
「マスター……あれは?」
シロップが、目にハテナマークを浮かべ尋ねます。
「あれは……」
私は
「マンドラゴラの実だ」
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