第5話 要介護5

 Aさんは歩けないふりをするようになった。

 そして、トイレに行くのではなく、オムツを使用するようになった。

 でも、替えてもらうのは恥ずかしいから、自分でトイレに行く。

 それに、痴ほうのふりもした。


 いつしか、介護度は5になっていた。

 要介護5は一番重い区分だ。1日中寝たきりで、意思疎通もできない場合が多い。

 Aさんも1日中寝たきりで過ごす。テレビも見ない。

 なにか薬を入れられているみたいだ。

 とにかく眠たい。


 でも、これも、真田さんと一緒にいるため。


 Aさんは次第に足が弱って、痴ほうが始まった。もう、電話にも出られなくなっていた。


 そんな風になってから、子どもたちは慌てて、母親に会いに来た。

 わずか、1年未満で、Aさんは普通に歩いている状態から、寝たきりになってしまったのだ。ネットで調べたら口コミに「このサ高住は地獄への入り口。入ったら絶対後悔します」と書いてあった。子どもたちは「変なところに入れちゃったね・・・」と口々に言った。


 でも、来てみると施設は普通だった。掃除も行き届いている。

 その時、事務所に真田さんもいた。

「こんにちは」Aさんの子どもたちに笑顔で挨拶した。

 もしかして、母が言っていた恋人ってこの人かな・・・娘は思った。まさか、こんな人が母と付き合ってるなんてあるはずがない。娘から見てもイケメン。もてそうだった。もう1年前から母は痴ほうだったんだ。娘は愕然とした。


「母は、若い介護士の方と付き合ってるなんて言ってて。お恥ずかしい・・・」

「いいえ。いいんです。Aさんは僕のことを恋人だと思っていてくれてて」

「母はあなたにあげたいと言ってプレゼントを贈ったんですけど・・・受け取ってますか?」

「いいえ。僕はもらっていません」

「あ、じゃあきっとなくしちゃったんだろうな・・・」

 娘はがっかりした。


 息子が母親と一緒にデパートに買いに行った洋服。

 高価な貴金属などは、みななくなっていた。


「部屋にあった指輪がなくなってるんですけど・・・」

「Aさんはけっこうゴミ箱に色々大事な物を捨ててしまって・・・気が付いた時には、拾ってましたが、全部は見切れなくて」

 

 子どもたちは暗い顔で帰って行った。

「もう80だから仕方ないよね」

「十分元気な方だったよ」

 

 真田さんは相変わらずAさんのお世話をしてくれる。

 でも、もうキスはしない。世間話もなし。無言で入って来て、オムツを変えて去っていく。


 Aさんは「今の人は誰だろう?」と思う。

 男の人にオムツを変えてもらうなんて・・・本当に恥ずかしかった。


 〇〇県〇〇市〇〇にあるサ高住。そこに入居すると、元気な人でもわずかな期間で寝たきりになってしまう。入居してるお年寄りはみな要介護5の人ばかり。


 実は真田さんはオーナーの息子だった。人手が足りなくなって、仕方なく介護をやってる。上物を新築で建ててしまったから、経営が厳しく、応援を頼んだんだ。

 職業は元、ホスト。接客のプロだから女性の心の隙間に入り込むのがうまい。彼が入ってからサ高住の経営は劇的に改善した。


 こういうサ高住もあるから、親には近所の施設に住んでもらって、できるだけ頻繁に様子を見に行った方がいい・・・と、知り合いは言っていた。

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地獄の介護マンション 連喜 @toushikibu

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