第4話 貢ぐAさん

 Aさんにとっては、真田さんの朝番も遅番もどちらも楽しみだった。真田さんがやって来ると、ちょっとだけ短いおしゃべりをする。それで1日楽しくすごせるのだ。脳が活性化する。ときめきと羞恥心が芽生える。


 次に娘が来た時に、一緒に洋服と化粧品を買いに行こう。

 Aさんは娘さんに電話して、次にいつ来れるか尋ねる。

『ちょっと無理』と言われる。2人の息子に電話すると、そのうちの1人はじゃあ来月と言ってくれた。Aさんはデパートで服を買いたいんだけど・・・とねだる。普段は現金を持たせてもらえないからだ。息子はどうせ何着ても同じだろう、と思いながらも親だから了承した。


 娘には週2回ほど電話して、「介護士で素敵な人がいるのよ・・・俳優みたいにかっこいいの」と、長電話するようになった。娘は早く切ってくれないかな、と思いながらも「そう。いいじゃない」と笑って聞いていた。


 また、真田さんの遅番の週になった。

 真田さんが懐中電灯を持ってやって来た。

 そして、至近距離まで近づいた時、Aさんは目を開けた。

 真田さんが目をつぶって、自分にキスしようとしているところだった。

 Aさんは目をつぶってキスを受け入れた。真田さんがすぐに口を離そうとするので、Aさんは真田さんの顔をつかんで情熱的に唇を重ねた。


「Aさん・・・すみません・・・前から好きで自分を抑えられなくて・・・」

 真田さんは打ち明けた。

「いいえ。いいの。私も真田さんのことが好きだから・・・。さあ、いらっしゃい」

 Aさんはベッドの中に真田さんを引き入れた。

 

 Aさんは翌朝、自分が随分大胆になっていたことを思い出して赤面した。

 真田さんは今朝、どんな顔をして起こしに来るだろう。


「おはよう。Aさん」

 真田さんはAさんにキスをした。恋人同士のように・・・。

 Aさんはときめいた。

 男性から愛されるのはたぶん初めてだった。

 夫はいたが「君とは、政略結婚だから」と言われていた。子どもを儲けるためだけの関係だった。


「デイサービスも利用してください。そしたら、もっと一緒にいられるから」

 Aさんは、じゃあ、来月からと申し込んだ。

 入浴介助もついていたが、知った仲なので気にしないようにした。


 真田さんは遅番の時は、週1回くらい泊まっていった。

「今日は、〇〇さんの具合が悪くて・・・事務所にいないといけないから・・・」

 Aさんは具合が悪くなった人のことを恨んだ。

 でも、毎日どこかで具合の悪くなる人がいて、真田さんを独占できなかった。

 具合が悪いと言いながら、みんな次の日はデイサービスに普通に出て来る。

 憎らしかった。きっとかまってもらいたくて、具合の悪いふりをしているんだ・・・。

 

 もっと目立つために、Aさんは考えた。介護の仕事をしている人は給料が安くて、ほしい物も買えないだろうと思ったから、手っ取り早く貢ぐことにした。

「真田さんって、誕生日いつなの?」

 来月だった。買いにいけないから、娘にプレゼントを贈ってもらえるように頼んだ。娘はびっくりしたが、「実はね。恋人ができたの」と母が言うので、仕方なくヴィトンのコインケースを買って宅急便で送った。

 今どき、20代がヴィトンをもらっても喜ばない気がするが、真田さんはすごく嬉しそうだった。たぶん、メルカリで売るんじゃないだろうか・・・。


 それからも、3人の兄弟に順番におねだりして、真田へ貢ぎ続けた。

「お金、送ってくれない?デイサービスで使う工作の材料を買うのに…あと友達と近所にお茶しに行ったりとかにおお金がいるから」そう言って、兄弟それぞれから各3万円づつもらうようになった。そのお金は真田さんへのチップとして消えていった。


「私の方にもっと来てもらえない・・・?」

「いいですよ」

 お金を渡すと、真田さんは優しくなった。

 

 デイサービスに行くと、女性たちはみな真田さん目当てだったから、取り合いになっていた。

「真田さん、こっち!」

「私の方に全然来てない!」

「うるさい!こっちが先。順番、順番」

 Aさんはしつこいと嫌われるから、大人しくしていた。

 おかげで真田さんからは、「Aさんが一番好きですよ」と言われるようになった。


 真田さんはAさんのベッドの中でささやいた。

「もっと一緒にいたいなぁ・・・ もっと色々な介護サービスを頼めるように、介護度を上げた方がいいと思うんです。介護の認定の時に、歩けないふりをしましょうか・・・そしたら、掃除とかトイレ介助とかいろいろしてあげられるから、もっと長く一緒にいられるし・・・」

「そうね。その方が施設としてもいいんでしょ?」

「いやぁ。そんなの気にしちゃ駄目ですよ」

 真田さんはAさんの手を握る。「本当に優しいんですね」

「いいえ・・・私はできるだけ協力したいと思ってるの」

 売り上げに協力してあげたい・・・それが彼の給料アップにつながるんだったら。

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