第3話 ハンサムな介護士

 Aさんが鬱々とした毎日を送っていると、ある日、若い男性がお昼を運んできた。


 その施設は2交代制で、日勤の人は朝からだ。

 すらっと背が高くて、茶髪でかわいい感じの男性だ。20代だろう。Aさんはときめいた。


「今日から働くようになった、真田(仮)です」

 と、その人は笑顔で言った。ハンサムで神戸一郎みたいだった。

 そんなイケメンが介護なんかをやるはずはないのだが・・・。

 Aさんは思わず笑顔になって「ありがとう」と、答えた。


 しばらくして、真田さんがお盆を下げに来た。


「おいしかった~。ご馳走様」


 Aさんはご機嫌で言うと、真田さんも「よかったですね。何がおいしかったですか?」と尋ねる。

「煮物かしら」

「ああ。そうですか」

「真田さんも食べた?」

「僕は食べられないんで。見るだけなんです」

 二人は少しだけ言葉を交わした。

 真田さんはきっと私のことを、他の入所者より頭がはっきりしていて、若々しいと思っているはず。と、Aさんは信じて疑わなかった。他の人はボケてるけど、私は違う。真田さんも喋ってて楽しそうだ。


 それからAさんの生活が変わった。気が付くと真田さんのことを考えている。彼は週何回来てるんだろうか。デイサービスにもいるだろうか・・・来月から、またデイサービスを申し込もうかな。もし、介護度が上がって、掃除を頼んだら部屋にも来てくれるかしら・・・。


 Aさんは真田さんが部屋に来るたびに話しかけた。

 二人はすっかり打ち解けて親しくなった。と、Aさんは思っていた。


 次の週、真田さんは夜勤だった。夕飯を持って来てくれて、その後お盆を下げに来た。Aさんは話しかける。


「あら、今週は夜勤なの?」

「はい」

「あら、大変ね。仮眠取ったりできるの?」

「はい。2時間くらいは寝てます」

「あ、そう。どこで寝てるの?」

「デイサービスにベッドがあるのでそこで」

「あら、あそこで寝てるの。大変ね」

「もう、慣れましたから。Aさんは夜寝れてますか?」

「うん。ぐっすり」

「じゃあ、よかったです。夜見回りに来ますから。起こしちゃわないといいんですけど」

「大丈夫。私は地震でもない限りは起きないから」

 Aさんは真田さんの負担にならないように、行儀よくしていようと思った。


 夜になって真田さんが来るかと思ってドキドキしていると、懐中電灯を持って彼がやって来た。Aさんは緊張した。すると、真田さんはいきなりAさんの唇にキスをした。Aさんは嬉しくてにんまりしてしまったが、目は開けなかった。


 真田さんが私にキス!

 まさか。

 真田さんの香水の匂いがまだ顔の辺りに漂っていた。

 Aさんは高校生の時以来、初めてときめいた。

 知らなかった恋の喜び。

 踊り出したいほどだった。


 真田さんは朝食と薬を持ってきた。

 昨日あんなことをしたのに、涼しい顔をしていた。

 きっと私が寝ていると思ったんだ。

 かわいい人。

 Aさんは敢えて何も触れないようにしていた。


 世の中には、老人性愛の人もいるけど、Aさんはそんな風に好かれてるんじゃなくて、女性として愛されていると思っていた。


「よく寝れましたか?」

「ええ。ぐっすり。見回りに来てくれた時も全然気が付かなかった」

「よかったです」

 Aさんは感じよく笑って出て行った。


 次はいつキスしてくれるかしら・・・Aさんは待ったけど、その後は何も起きなかった。きっと、私のことは遊びなんだ・・・Aさんはみじめになった。毎日、真田さんのことを考えていて、もっと会えるようにデイサービスも利用しようかと思った。


 デイサービスでは入浴もある。そしたら、真田さんが体を洗ってくれるのかしら。Aさんは躊躇した。3人の子どもの出産と授乳で体型は崩れてしまい、さらに老いたことによって体がしおれていた。入浴はいらないって言えばいいかしら・・・Aさんは迷ったので、真田さんに相談した。


「僕は仕事ですから・・・気にしないでください」

「でも、男の人に体を洗ってもらうなんて恥ずかしくて」

 Aさんはまだ自分でお風呂に入れるし、羞恥心もあるのでやっぱりデイサービスは利用しないことにした。(実際はデイサービスの時に必ず入浴を頼まなくてもいいらしいが、Aさんは勘違いしていた)


 


 

 

 

 

 



 

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