第2話 孤独
この地獄のようなマンションのある部屋に、Aさんという女性が住んでいた。
大体年齢80歳くらい。長距離を歩くのが不自由なくらいで、一人暮らしできそうな感じだった。
もともと資産家の家の人で、旦那さんが亡くなり、子どもたちも家を離れて一人になったから、子どもたちが終の棲家を探してきて、そこに入れたんだ。
でも、その施設は開所して何年も経ってるのに、ガラガラだった。見学している時はそれに気が付かなかった。ホームページにはあと1名とか書いてるからだ。子どもたちは県外に住んでるから、早く決めたかったみたいで、すぐにそこに申し込んでしまった。
建物全体が静かで心細かった。Aさんは何かあった時のためにとそこに入ったが、まだ介護が必要なほどではなかった。一応、要支援になっていたけど。実際は自立(介護度なし)に近い感じだったと思う。
Aさんはデイサービスに通い出したが、いるのは痴ほうの人ばかりで、全然楽しくなかった。やることと言えば、簡単な体操をやって、塗り絵なんかを配って、食事して、入浴して、テレビを見せているだけなのだ。隣の人に話しかけても、何も返事がない。元気な人もいるけど、うるさくて関わりたくない感じだった。
一人で自宅にいたかったが、庭が千坪くらいある豪邸だから、そこに住み続けるのは難しかった。その家は家族が売ってしまったから、もう取り壊されてなくなっている。
Aさんの旦那さんは経営者。地元で三本の指に入る資産家だったとか。
そんな人の奥さんでも、80になったら狭い1Kマンションに押し込まれて、寝たきりになるのを待つだけというのは寂しい。家族には家族の事情があるんだろうけど・・・。
Aさんは、デイサービスをやめて部屋に一人でいるようになった。
すると、三食食事を運んで来る時以外は誰にも会わなくなった。洗濯や掃除はまだできる。歩けるけど、近所を散策するほど元気ではない。
部屋にいてテレビを見るだけ。目が悪くて本も読みづらい。その他は、ラジオのスイッチを入れる。音楽を聴きたいけど、CDデッキの使い方がわからない。息子や娘に電話したいが、どちらも忙しそうだ。月1回くらい電話がかかって来るけど、Aさんが愚痴を言って終わってしまう。どの子供も遊びに来るのは、半年に1回くらい。
Aさんは一日中写真を眺める。一瞬で昔の記憶がよみがえる。アルバムには、一瞬切り取られた、Aさんの過去が美術館のように静かに展示されている。Aさんの若い頃の写真。着物を着て写真館で撮ったもの。この着物は・・・着付けをした時のことを思い出した。白黒写真だけど、白と紺色の着物だった。裾には花柄があしらってあって・・・すごく高価だった。親が奮発して購入してくれたものだった。
姉や妹と並んで撮った写真。美人姉妹と近所で評判だった。
女学校時代・・・。友達に恵まれ、Aさんは勉強もできた。憧れの先生もいた。
友達はみな自分より先に亡くなってしまった。
姉は先に癌で亡くなり、妹は痴ほう症でもう何年も会っていない。どうしているかもわからない。
あの頃はこんな老後なんて想像していなかった。1人ぼっちの老後。
資産家の夫と見合い結婚。紳士的で素敵な人に見えた。実際は違ったが。
生まれたばかりの子どもたち。3人の子どもを産んだ。みなどこに出してっも恥ずかしくないような立派な人に成長した。男の子は2人とも旧帝大。娘は医師と結婚。
子育ては大変だったけど、充実していた。なのに、子供たちは一人も自分を引き取らなかった。近所に越してきて・・・と言ってくれるのを待っていたが、誰も手を上げなかったのだ。みな事情があるとわかっているが、やはり捨てられたような気持がしてくる。
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