第9話 二人だけの夏休み(前編)
「
と涼やかな声がして、僕が顔を上げると、そこに
今日は8月11日の木曜日。
会社の夏休みの初日です。
「あ、お、おはよう」
と僕は花頼さんの笑顔に負けない様にニッコリ顔で言った。
ここは上野駅の公園口の前だ。
昨日の夜に花頼さんからスマホにメールが届いて、「明日の朝10時に上野駅の公園口で待ち合わせしませんか?」って書いてたので、「明日の朝10時に上野駅の公園口で待ち合わせします」ってメールを僕は返信した。
今日の花頼さんは、いつもより
薄い黄色のワンピースで、腰紐がリボンみたいになっててお腹の前で結ばれている。
スカートは膝より少し下まであって、縁に小さなフリルが付いててお姫様みたいだ。
頭にはつばの広い白い帽子をかぶってて、つばの部分が半分網目の様になっていて、花頼さんの肩より少し長い栗色の髪が透けて見えてるのも、とても優しそうな感じがして素敵だと思う。
足元は真新しいベージュのミュールを履いていて、だけど
「お待たせしましたか?」
と花頼さんは僕を見上げる様に言って少し心配そうな顔をしている。
「あ、ぼ、僕もさっき着いたところ」
と僕は言った。
本当の事だ。
3分前に着いたところだ。
「今日も暑いですね」
と花頼さんは言いながら、「信号が青になったら、上野公園の木陰の方に行きませんか?」
と横断歩道の向かいにある上野公園を指さしたので、
「あ、うん。そうします」
と僕は花頼さんの言う通りにしようと思った。
信号はすぐに変わって、横断歩道の方が青信号になった。
周りの人も駅の出口から上野公園に向かって歩き出す。
僕も横断歩道の前で右を見て左を見て、もう一度右を見てから横断歩道を渡った。
花頼さんは、ちゃんと僕が歩き出すのを待っててくれて、僕が歩き出すと、同じくらいの歩調で歩いてくれた。
僕は茶色の綿パンに緑色の半袖Tシャツを着ていて、Tシャツには胸元に黄色い文字で「GREEN」ってプリントされてるやつだ。
足元は会社で履いてるのと同じ柔らかい革で出来た茶色いウォーキングシューズを履いている。
なんだか、花頼さんはお姫様みたいなのに、僕は小学校の学芸会で演じた樹木みたいだ。
僕は上野公園を花頼さんと並んで歩きながら
「き、今日の花頼さんは、お姫様みたいだね」
と言った。
花頼さんは僕の顔を見ながら天使みたいに微笑んでいて
「ありがとうございます。うれしいです」
と言った。
「ぼ、僕はあまり服を持ってないので、公園の木みたいでごめんなさい」
と僕が言うと、花頼さんは僕の恰好を眺めてから
「帆地槍さんらしくて、ほっとします」
と言ってくれた。
「あ、ありがとう。僕もうれしいです」
と僕も言った。
「き、今日も暑いから、何か飲み物を持ってた方がいいかな」
と僕が言うと、花頼さんが僕を見て
「何か冷たい飲み物が飲めるお店に入りますか?」
と言った。
「あ、う、うん。そうだね」
と言って辺りを見回したら、公園の案内図を見つけた。
「あ、あそこに案内図があるから、あれを見よう」
と僕は言って、案内図の前まで歩いた。
「えーと、現在地がここだから、えーと・・・」
と僕は案内図の中で、「軽食・喫茶」って書いてる「上野の森パークサイドカフェ」までの道のりを見ていた。
「ここ、このカフェが近いみたいだね」
と僕は言って、花頼さんの方を見ると
「じゃ、そこにしましょうか」
と言ってくれた。
「私、あまり地図を見るのが得意じゃなくて、帆地槍さん、どっちに行けばいいのか分かりますか?」
と花頼さんが僕を頼ってくれてる。
「あ、う、うん。えーと、たぶんこの通路を右だね」
と左を指さしながら言った。
「え? どっちですか?」
と花頼さんが不思議そうな顔をして訊いたので、僕は自分がどちらを指さしているのか分からなくなってしまって、
「えーと、あの、こ、こここ、こっちじゃないかな」
と、左を指さしながら少しずつ歩いて行った。
すると少し先にスターバックスカフェが見えてきて
「あ、あそこ。カフェがあったよ」
と僕はスターバックスを見ながら「パークサイドカフェじゃ無くなってしまったみたいだね」
と言うと、花頼さんは
「パークサイドカフェはあっちにあるみたいですね」
と目の前にあった標識を指さして言った。
標識には右向きの矢印の横に「上野の森 Park side cafe」と書いてあった。
「あ、ほ、本当だ。ごめんなさい。間違っちゃったみたいだ」
と僕は言って引き返そうとしたら、花頼さんが僕の腕を両手で掴んで
「いいんです。せっかくここまで来たんですし、あそこのスタバにしませんか?」
と言ってくれた。
「あ、うん。花頼さんが良ければ・・・」
と僕は言って、すぐ近くに見えるスターバックスカフェの方に向かう事にした。
その間も花頼さんは僕の腕を両手でそっと掴んでいたので
「あ、あの、迷子になりそう?」
と訊いてみた。
すると花頼さんは「え?」という顔で僕を見た後、
「あ、ごめんなさい」
と言って手を放してしまった。
「あ、いや・・・ うん」
と僕は少し残念そうな顔をしてしまったかも知れない。
ああ・・・、花頼さんの柔らかい手が離れてしまったな。
と僕はそう思ったけど、花頼さんが迷子にならないみたいなので、少し安心した。
スターバックスカフェは注文する人が並んでたけど、お店の中はまだ席は空いていた。
みんなは持ち帰りで注文しているみたいだ。
列に並んでいると、徐々に前に進みだして、僕らの番になった。
メニューを見てみたけど、ちょっと難しくてよく解らない。
そしたら花頼さんが
「ダークモカチップフラペチーノのグランデと、コーヒーフラペチーノのグランデをお願いします」
と注文してくれた。
「帆地槍さんに飲んでみてもらいたいのを勝手に注文しちゃいました」
と言ってニッコリする花頼さんを見て、僕は心臓がドキドキして、ちょっと不整脈かも知れないと思った。
「う、うん。ちょっとメニューが難しかったから、助かりました」
と僕は言って、お金を払おうと思ってスイカを出したら、花頼さんが
「今日は私がお願いして来ていただいたので、私に支払いをさせて下さい」
と言って、店員さんが「1,155円になります」と言うのと同時に、財布からお金を出して支払ってしまった。
「あ、あの、ありがとう」
と僕はお礼を言った。
しばらく待っていると、カウンターから
「ダークモカチップフラペチーノのグランデとコーヒーフラペチーノのグランデのお客様、お待たせしました」
と声が聞こえて、花頼さんが両方を受け取って、僕にコーヒーフラペチーノっていう方を手渡してくれた。
「あ、あの、ご馳走様です」
と僕はきちんとお礼を言ってから、花頼さんが手渡してくれた先がスプーンみたいになってる太いストローをカップに刺した。
「帆地槍さんが好きな味だと思います。きっとおいしいですよ?」
と言って僕に微笑んでくれた。
「う、うん」
と言って、僕たちは店内の空いている席に並んで座って、公園の景色を見ながら「なんとかフラペチーノ」を飲もうとした。
僕はストローを咥えて、吸い込んでみたけど、ストローが詰まってるのか、ぜんぜん出てこない。
思い切り吸ってみたけど、フラペチーノがなかなか出て来なくて、僕はストローを離して、少し深呼吸をした。
「もう少し、溶けるのを待ってから飲むと、飲みやすくなりますよ?」
と花頼さんが教えてくれた。
「あ、そうなのか。ご、ごめんね。こういうの初めてで・・・」
と僕が言うと、花頼さんは首を横に振った。
「いいんです。なんかこういうのも全部、ほっとするんです」
と花頼さんは言って、僕の顔をじっと見た。
ど、どうしたのかな。
花頼さんが僕の顔をずっと見てるけど、僕もそうした方がいいのかな。
僕はきっとそうなんだと思って、花頼さんの顔をじっと見返した。
白くて綺麗な肌にふっくらした頬。眉にかかる前髪は7対3くらいに分かれてる。
大きな黒い瞳と長い
どれをとっても綺麗な花頼さんがじっと僕を見てるので、僕は心臓がドキドキしてまた不整脈かもと思いながら、花頼さんの目をじっと見ていた。
まるで瞳の奥に何かが見えるかの様にじっと見ていると、気のせいかも知れないけど、何だか怖がってる子供の様な花頼さんが見えた気がして心配になった。
「あ、あの・・・」
と僕は口を開いた。
「な、何か怖い事があったのかな?」
と僕が訊くと、花頼さんは驚いた様に大きな目をもっと大きくして僕を見ていた。
そして、少し目を伏せたかと思うと、花頼さんの目から、少しだけ涙が
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