第4話 街の公園にて

「ふう・・・」


 と僕はため息をつきながら、取引先の帰りに立ち寄った公園のベンチに腰かけた。


 今日は4月28日、木曜日。今の時刻は12時15分。


 明日からはゴールデンウィークになるので、午前中から色々な発注が立て込んで、少し疲れてしまった。


 午後はこの近くでもう1件取引先に行く予定だけど、お昼ご飯を食べようにも、どこの飲食店も満席で、お店で食べてたら次の顧客先との約束の時間に遅れそうなので、コンビニでアメリカンドッグを買って公園で食べる事にした。


 ベンチに座った僕は、公園の中を見渡してみた。


 今日は天気がいいから、小さな子供が砂場やブランコで遊んでいるのを、近くのベンチで母親らしき人達がおしゃべりしながら見ている様だ。


 僕はブランコの近くのベンチとは反対側にあるベンチに座って、少し離れた所からその様子を見ていた。


 こちらのベンチの方が、木陰になっていて風が気持いいし、丁度良かったな。


 僕はさっき買ったアメリカンドッグを紙の袋から出して、一緒に貰ったケチャップとマスタードが入った小さなプラスチック容器を取り出した。


 誰が考えたのか知らないけれど、ケチャップとマスタードが同時に出て来るこの容器、ものすごく便利だと思う。


 僕はアメリカンドッグにケチャップを掛けようと小さな容器を持って、パキっと二つ折りにする様にすると、ケチャップとマスタードがアメリカンドッグの上にニュルっと出て来る。


 マスタードの粒がちょっと引っ掛かったみたいなので、容器をギュっと力を入れて握ると、勢いよく飛び出したマスタードがアメリカンドッグに跳ね返って僕のネクタイに跳んだ。


「あ~あ・・・」


 僕はアメリカンドッグを口に咥えながら、カバンからティッシュを取り出そうとした。


 そうしたら、咥えていたアメリカンドッグからケチャップが垂れて、僕のズボンの左腿の付け根の辺りにポタっと落ちた。


「あ~あ・・・」


 と僕は言いながら、カバンから取り出したティッシュで、ネクタイのマスタードを拭い取った。


 ついでにズボンに落ちたケチャップも拭いたら、ケチャップが伸びて余計にズボンの汚れが大きくなった。


「・・・・・・」


 僕はアメリカンドッグをそのままモグモグと食べて、残った棒を公園のゴミ箱に捨てようと立ち上がった。


 ゴミ箱にアメリカンドッグの棒を捨てて、近くにあった水道で、ズボンの汚れを洗おうと思った。


 ポケットティッシュをもう一枚出して、水道の水でティッシュを濡らして、ズボンの左腿の付け根辺りの汚れをゴシゴシと拭いた。


 拭いていくうちにティッシュがボロボロになってきて、ズボンにもティッシュの白い粉がこびりついてしまった。


 ちょっと濡れ染みにもなったけど、ケチャップの汚れは取れたと思う。


 僕がズボンを拭いて立ち上がると、すぐ隣に小さな女の子が僕の方をじっと見て立っていた。


「こんにちは」

 と僕は女の子に挨拶をして、ニコっと笑顔を見せた。


 女の子が

「こんにち・・・」

 と挨拶を返してくれようとしてたところに、女の子のお母さんらしき人が駆け寄ってきて

「コラ! 勝手に知らない人に話しかけちゃダメでしょ」

 と言って女の子を抱きかかえてブランコの近くのベンチまで駆けていった。


 ああ、確かに知らないオジサンに声をかけちゃいけないよね。


 そう思った僕は、そのままベンチに戻ってカバンを担ぎ、次の取引先の元へと行く事にした。


 取引先へは公園から5分くらい歩けば到着する。


 小さなビルが立ち並ぶ通りを歩いて、取引先が入居するビルに入って行った。


 エレベーターで3階に上がり、取引先の会社の呼び鈴を鳴らす。


 すると取引先の担当者が出迎えてくれて、打合せテーブルへと案内してくれる。


 担当者は50歳前後の痩せたなで肩の男の人で、いつも優しそうな表情をしていて僕は気に入っている。


 一通り商品の説明をして、打合せが終わった時に、担当者の人のスマートフォンがピロンと音をたてた。


 担当者はチラっとスマートフォンを見て、


「あ~あ・・・、近所の公園で変質者が出たみたいですねぇ。ウチも娘が居るから、こういうのを見ると心配になりますよ」

 と言った。


「そうですか。怖いですね」

 と僕は言って「どんな変質者が出たんですか?」

 と訊いてみた。


「ここの近所の公園で、小さな女の子ににこやかに挨拶をする中年男が出たみたいなんだけど、その男のズボンに精液が付着してたみたいですよ」

 と担当者は言って「あ~、やだやだ。変質者って怖いですよね~」

 と本当に嫌そうな顔をしていた。


「そうですね」

 と僕は言って「じゃ、今日はどうも有難うございました」

 とペコリと頭を下げて取引先のビルから外に出た。


「世の中、あぶない人が居るもんだなぁ・・・」


 と僕は言いながら、会社への帰路についたのだった。


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