第4話
顎から脂汗が落ちるのを感じた。
女が語ったのは、まさしく私が追っている事件に関する事物であった。
過去十年に渡り、無差別の殺人事件が行われてきた。被害者は二十人以上、その特徴はばらばらで、若い女であったり、老人であったり、少年であったりした。それらの遺体は腹を切ったあと再度縫い付けられており、中には丁寧に巻かれたソーセージの束が埋め込まれ、内臓は綺麗さっぱり盗まれていた。
そして一月程前、森の中で二人の少年の遺体が発見された。一方はまだ幼く、推定では八から十歳、死後数年経過しているようであった。肌はほぼ剥げ、肉と骨が露出し、土に還る一歩手前の状態であった。その腹は不自然に食い破られたような、木の洞のような穴があった。
異常だったのは、もう一方の遺体である。
それは少年というよりは青年に近い容貌の死体で、前者の死体に比べればまだ状態はましであったが、季節は夏である。すでに腐りかけ、蛆が湧いていた。その死体は、どうしたことか、自分の腹から腸を引き摺りだし、それを先の遺体の腹の中に埋め、事切れていた。
二つの死体は腸を介して繋がったまま、森の中に横たわっていたのである。
女の話が本当ならば、その二体は惣吉と琢朗の特徴と一致する。すると、惣吉は死んだ弟を連れ、十年以上放浪していたことになる。確かに、彼らの近くには鉄の箱が落ちていた。それは小型の冷凍庫であり、ちょうど幼いほうの遺体が入るくらいの大きさであった。途中から故障し、中の遺体が傷み始めたものであろう。
これほどまでに猟奇的な事件の真相が、まさか医学を志す少年が抱いた幻想によって引き起こされたものとは、到底信じられなかった。惣吉は齢十歳そこそこで移植医療に関心を持つほど頭の良い少年のはずで、内臓をただ腹に詰め込んだり、内臓を取った後何の仕掛けもないソーセージを埋めたりしたところで、どうにもならないことはわかっていたはずである。それでも、真面目な彼は弟が目の前で死んでしまった事実を受け入れられなかったのではないか。それ故、代わりの内臓を移植すれば弟は生き返るという淡い幻想に縋り、愚かな犯行を重ねたのではないか。全ては憶測にすぎない。
女は私が話した末路を聞くと、大きな瞳を潤ませて、ぽつりと呟いた。
「やはり、私の偽物の内臓は、琢ちゃんに合わなかったのね」
それから女は目を閉じ、しばし黙祷した。すると病室には蝉のじゃわじゃわという鳴き声が、一層強く響くように感じられた。
次に口火を切ったのは私の方であった。
「然し、お嬢さん、その件とは別に、あなたはどうして自分を刺したりなんかしたのです?」
女は口角を上げ、微かに頬を赤らめた。
「私、お付き合いしている方がおりますの。その方に以前、自分の身体が自分のものではないような気がすることを打ち明けましたら、「そのままの君でいい」と云うんですの。私、嬉しくて。でも、私の中には惣吉から貰った腸詰がありますでしょう。それは、なんだか不貞のような気持ちがいたしました。だから、一刻も早く取り出して、元の自分に戻りたいんですの」
そう云って、女は楽し気に拘束具の金具をガチャガチャと鳴らした。
「莫迦な」
私はそう漏らさずにはいられなかった。女は笑みを消し、再度温度のない顔で私を見た。
「お笑いにならないと約束しましたわ。お話はここで終わりです。お引き取りください」
「待ってください、最後に一つだけ。あなたは他の被害者と違って、外傷はなかったはずです。なぜ、自分の腹に惣吉が腸詰を入れていったと思ったのですか」
私には違和感があった。これまでの被害者には軒並み傷跡があったが、女の身体にあるのは、自分でつけた傷だけである。なぜ自分の腹にソーセージが詰められていると錯覚したものか、どうにも腑に落ちないのである。
女は云った。
「自分の身体のことですもの、わかりますわ。それに、ちゃんと入っていましたわ。ナイフの切っ先がお腹に沈んだ時感じましたの。蜉蝣屋名物の腸詰に齧り付いた時の、ぱりっと皮の弾ける感触をね」
空蝉に腸詰 絵空こそら @hiidurutokorono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます