第3話

 とても暑い日のことでした。

 私はいつものように蜉蝣屋を訪ねましたが、彼らは先に森に出掛けてしまったと云います。私は一人で森に入り、いつも水切りする川辺や、幹に蜂蜜を塗っておいた木立などを探しました。ほどなくして、二人は工場の裏手で見つかりました。琢朗は地面に寝ころんでおり、惣吉はその傍に立っていました。

「見つけたわ。惣ちゃん、琢ちゃん、何しているの?」

 私は尋ねましたが、答えは返ってきませんでした。惣吉は魂が抜けてしまったかのように立ち尽くしていて、琢朗はぴくりとも動きません。でも、以前そんな風にして嚇かされたことがありましたがら、私は平気な風で近づきました。

「もう嚇かされないわよ。ほら、琢ちゃん、そんなところで寝転がると蚊に刺されてしまうわよ」

 惣吉の腕や脚には、すでに十数匹の蚊が群がっていました。私はそれを払ってやろうとしましたが、惣吉の手から何かが垂れていることに気づき、はたと手を止めました。それは腸詰でした。だらりと力なく、地面にすれすれのところで、重力に従って揺れていました。

 どうにも様子が変だと思いました。惣吉は蚊が嫌いなのです。刺された後の痒みを嫌い、いつもなら肌に付いたのを目聡く見つけ、すぐさま潰してしまうのに、どうしてこんなにも身体に縋らせたままにしているのでしょう。私は訝しく思って、もう半歩前に進みました。すると、惣吉の身体で隠れて見えなかった、琢朗の身体が見えたのです。

 彼のお腹は空っぽでした。破れた皮膚からは黒々とした腹の内壁と背骨しか覗いておらず、内臓の類はきれいさっぱりなくなっていたのです。それ見たことか、と私は思いました。人の身体の中に、あんなぐちゃぐちゃとしたものが入っている訳はない、と認識を改めましたが、琢朗の顔を見てはたと気づきました。如何にも、琢朗は死んでいるようなのです。目は虚ろに開いたまま空を仰いでおり、だらりとした舌が、犬のように口からはみ出ていました。

 私はそれをとても信じられない思いで見ていました。蒸した土の匂いが甘く辺りに漂い、木漏れ日が燦燦と琢朗の亡骸を照らしています。じわじわと鳴く油蝉の声が幾重にも重なり、眩暈を起こしたかのような錯覚を感じました。

 私は隣に居る、じっと動かないままの惣吉を見上げました。彼の顔は、陽の光に照らされて尚蒼白く、唇にも色がありません。彼は幽鬼のような瞳で琢朗の死体を見つめていましたが、突然私の首に手を伸ばしました。


 次に目を覚ました時、私は工場の作業台の上で、たくさんの大人に囲まれていました。家族、観光街の人たち、警察……。傍にいた母は私が目を開けたことを確認すると、私を抱きしめ、おいおい泣き始めてしまいました。蜉蝣屋の店主は焦った様子で、惣吉と琢朗を見なかったかと聞きました。私は黙って首を横に振りました。

 私は気を失う前のことを思い返していました。そしてこう結論付けました。きっと、琢朗には内臓が必要だったのです。だから、惣吉は代わりの内臓を手に入れようとして、私を手にかけた。

 私の身体は傷ひとつついていませんでした。しかし、私にはわかっていました。私は頭上から無数にぶら下がっている腸詰を見ました。その中の一つが、腹の中に納まっていると感じました。何故なら、腹にある違和感が、以前のものからまた違ったものに感じられたからです。まるで玩具を詰め込まれたようにしっくりこないのです。

 きっと惣吉は、私に悪いと思って、代わりの物をお腹に詰めていったのでしょう。でも、それは有難迷惑というものでした。だって、私は腹の中から偽物を失くしたかったのですから。でも、好きな男の子から貰った偽物は、前の偽物よりも数段ましなように思えました。

 私の中にあった偽物の内臓は、果たして琢朗の役に立ったのかしら、と考えましたが、二人は以降行方知れずとなり、真相は闇の中です。

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