第2話
生まれつきの不具とでも云いましょうか、私は如何も自分の身体が自分のものでない気持ちがするのです。
幼い頃に捌かれた鶏を見たことがありました。腹の断面図から胃や、心臓や、うじゃうじゃとした、ぎゅっと丸められた毛糸のようなピンク色の腸が見え、その斬られた端から一筋、だらりと垂れていました。私がそれを怖いと云うと、母は「同じものが、あなたのお腹にも詰まっているのよ」と云いました。私は全然実感が湧きませんでした。そんなわけはないと思いました。自分のお腹の上に手を当て、どくんどくんと脈が打つのを感じましたが、果たしてそれは本当に私のものかしらんと考えました。何か自分の存在と異なるものが、肋の真ん中に息づいているような気がしました。その薄気味悪さは、ずっと、消えることなく、私のお腹の中に居座り続けました。
そして、物心ついた頃から私の中にあるこの疑念は、十年前、決定的なものとなりました。
私の家族は毎年夏になると、ひと月ほど、山間の別荘へ避暑に出掛けていました。その避暑地というのが、N県M市にあります自然豊かな別荘地で、周りには宿もあり、ささやか乍ら観光街もありました。名物は『蜉蝣屋精肉店』の腸詰でした。噛めば皮がぱりっと弾け、中から肉汁が溢れる、大変食べ応えのあるソーセージです。
その店の長男と次男は、私と歳が近かったこともあり、よく一緒に遊んでいたのです。兄の惣吉は真面目で面倒見がよく、弟の琢朗は明朗快活な男の子でした。私は幼心に惣吉を好いていましたから、夏が来るのが毎年楽しみで仕方ありませんでした。
私たちは近くの川で水切りをしたり、蝉や飛蝗を捕まえたり、おにごっこをしたりし、外で走り回るのに疲れると、精肉工場にこっそり忍び込んで涼をとりました。『蜉蝣屋精肉店』が所有していたその工場は、観光街から少し離れた森の中にあり、工場というよりは肉を保存しておく倉庫のような場所で、当時にしては珍しい機械や小型の冷蔵庫、冷凍庫などがあり、空調も効いていて快適だったのです。私たちはぶら下がった腸詰の下、トランプを広げたり、川の字になって昼寝をしたりしました。
ある時、惣吉はこんなことを言いました。
「僕は将来、移植ができるソーセージを作ろうと思うんだ」
「いしょくって?」
私は幼く、医療に疎かったものですから、そうした単語を聞くのは初めてでした。惣吉は真面目な顔で頷くと、天井からぶら下がった腸詰の列を見上げました。
「外国では、内臓の病気の人が、他の人から内臓をもらって、治療をすることがあるんだそうだよ。健康な内臓を貰えれば、その人は健康になれるんだ。でも、内臓は生きた他人から貰うわけだから、当然取られた人は困るよね。だから、誰からも取らない、人工的な内臓を作れれば、もっと便利だと思うんだ」
思い返せば子供らしい絵空事のような気がしますが、当時の私にとっては難しい話でした。でも、惣吉はきっと何かすごい発明をするつもりなのだろうと、尊敬の気持ちを抱いたことを覚えています。
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