空蝉に腸詰
絵空こそら
第1話
「どうして自刃を図ったかなんて、其んなこと、どうかお訊きにならないで。私は何も死にたくって、あんな事したんじゃありません。お医者さんにご説明した通りですわ。ただ、そうあるのが自然な通りに、元の自分に戻ろうとしただけです。誰も首を縦に振ってくださらないから、仕方なく自分でやっただけですわ」
だだっ広い病室の寝台の上、女は生気のない口から滔々と言葉を並べ立てた。瘦せこけた女である。歳の頃は十七八、肌は病室の壁やシーツに同化するほど白く、長い睫毛に縁どられた大きな瞳と黒々とした髪ばかりが、強烈なコントラストを作っている。彼女は横たわったまま寝台に手足を固定されており、掛けられた薄い布団の下には、まだ閉じ切っていない腹の傷が、新しい包帯に血を滲ませているはずである。
寝台の横には柵の嵌った大きな窓があり、抜けるような青空が見える。病院を囲む木立からは葉擦れの音と忙し気な蝉の声が聞こえ、殺人的な日差しが、病院の外壁をじりじりと焼いているのが感じられる。私はパイプ椅子に腰かけ、じっとりとした汗をハンカチで拭った。
私は刑事である。とある連続殺人事件を追っていたところ、奇怪な事情で入院した令嬢が居るとの話を聞きつけ、何か関連性があるかも知れぬと踏んで、この病院まで足を運んだ。
「するとお嬢さん、あなたは自殺するつもりもないのに自分を刺したと、そういうわけですね?」
「申し上げました通りです」
女は天井をぼんやりと見つめながら言った。
「どうにもおかしいのじゃないか。自分を傷つければ何かを失うことは必至なのに、どう『元通り』の状態になろうというのだね?」
「損なうことこそ正しいのです。私の身体には、不要なものがたくさん詰まっているのですから、それを取り出さなければ、私は本来の私に為り得ません」
女は抑揚のない声で言った。医者の説明によると、この娘は身体的完全同一障害という奇特な精神病を患っているらしい。当てが外れたかもしれないと思ったものの、一応の取り調べをしてみることにした。
「そう思うのには何か理由があるのかな?」
女はぱちぱちと瞬きをした。
「それをお話しするには、幼い頃のことから始めなければなりません。それでも、あなたはお聞きになりたい?」
「あなた」というところで、彼女はぐるりとこちらに顔を向けた。蝋人形のような、温度のない表情がじつと私を見つめている。
「構いません。話してください」
「ひとつだけ。笑わないと約束してください。約束できないのなら、お話はできません」
「お約束します。決して笑いません」
「結構です。お話しいたします」
女はまた瞬きをすると、語り始めた。
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