第174話 神樹の森
セイジたちと別れた桃母は、街を出るため東に向かって歩いていた。
(久しぶりの帰省だねえ。桃の木の領域はどうなっているのかね。何も無きゃいいけどさ。家は残っているんだろうね。そっちの方が心配だよ)
ガチャガチャ
桃母は腰に桃が持つ妖刀のレプリカをぶら下げて歩いていた。
桃母の視線の先に巨大な森が見えてきた。
(ん。そういえばここには霊体が宿った木があったね。神樹とかいう
桃母は進路を変え、神樹の森に向かった。
桃母の前に深い森が広がっていた。
森の入り口にある巨大な鳥居、そこから伸びる参道の先にも森があり、木々の上にまっすぐ伸びる巨大な神樹が望めた。
「相変わらず薄気味悪いところだね」
桃母のつぶやきに反応した人物がいた。
「それは聞き捨てなりませんね。おひさしぶりです」
桃母に女性が話しかけてきた。
桃母は振り返り、話しかけてきた人物を見た。
しかし、その人物は全身を
「やあ。おぼえててくれてたのか。残念」
「あなたを忘れることなど出来ませんよ。それでいったい何の御用で? 用件しだいではお引取り願いますよ」
「
二人は少しの間見つめ合った。
「なにもしないさ。帰省している途中によってみただけさ。本当さ」
「と言いつつ刀に手が伸びてますが。その刀、普通の刀ではありませんよね。そもそもあなたは刀を持つような人ではなかったはずですが」
「さすがだね。おっしゃるとおり確かにこの刀は普通ではないのさ。身を守るために持ち歩いているのさ。街の外は物騒なのでね」
「そうですか。あなたはなぜか霊力を少し失っているようですので必要なのでしょうね」
「ああ。少し喰われちまったのさ」
「はあ。そうですか。何をやっていたかは聞きませんよ。さて神樹様を参拝するのでしたら領域の近くまで私が案内いたしましょう」
「そうかい。頼んだよ。あんたはまだここの管理人をしているのかい?」
「はい。神樹様の領域の管理責任者を
「そうかい。ご苦労だね」
「苦労などありません。私の人生を掛けてやるべき仕事です」
「そうかい」
桃母は神樹の森の管理人の案内で、神樹の森の領域のぎりぎりまでやって来た。
領域の中に入れないようにするために、領域の
神樹から遠く離れた場所にいても、桃母は神樹の圧倒的存在感を感じていた。
「相変わらずでっかい木さ」
「はい。神樹様は樹齢三千年ですから」
「そうかい。さすがにこれは骨が折れそうだ」
「どういう意味ですか?」
「いやいや。こっちのはなしさ。ところで神樹の霊体のほうは最近どうなのさ?」
「ここ数百年で目立った変化はありませんね。お姿も
「そうなのかい」
「ですが、領域の生成は
「
「さあ。残念ながらそれは私どもも分かっておりません。ですが領域の成長が止まったにもかかわらず凝集した霊力の領域が存在しませんので、昇華したときも領域はそのままなのではないかと考えてられています。領域の大小に関わらず昇華そのものが確認されたことはありませんので何とも言えませんが。凝集ではなく消滅は確認できていますけどね。神樹様が昇華する時は歴史上初めての神霊が
「いや。それでいいさ」
(私は神霊に近づいている霊体を知っているがね。確かに霊力の領域は凝集しないのさ。現世ではね。あちらの世界で凝集することで昇華とするのさ。何度もね。現世の世界の領域がいくら霊力を集めても、霊力の濃度が異常に濃くなったりしないのがその証拠さ。あちら側に霊力を貯めているのさ。現世の領域は家なのさ。しかも一か所だけとは限らないのさ。他の領域を喰えば成長が手っ取り早いからね)
桃母と森の管理人はしばらく神樹を眺めていた。
桃母が口を開いた。
「ふむ。神樹の霊体は人型じゃないよね」
「はい。そうならないように我々は細心の注意を払っております。神樹の森の管理人たちの
「それでその姿なのかい? 霊力を
桃母は森の管理者の姿を見た。
「神樹様がみているのは容姿ではなく霊力、すなわち感情です。それにダサくはありません。そもそもこの服装に特に意味はありませんよ。領域を
「そうかい。それにしても観光客がたくさん来ているのに人型にならないのかい」
「はい。我々の活動の目的がそれですから。おかげさまでたくさんのお客様に来ていただいておりますが、領域内は立ち入り禁止なので神樹様までの距離があるのと、これまでの霊力の
「ふうん。言うではないか。まあ正解さ。私のは貰い物の霊力だからね。それにしても徹底してるね。ご苦労なことなのさ。そんなに人の影響を排除したいのかね。人型のほうが何かと地域の役に立ちそうじゃないか」
「神樹様は人のために生まれてきたわけじゃないのです。もし仮に人型になったとしても、人のためと思ってやったことが人にとっていいことかどうかはわからない。大災害が起こるかもしれない。領域を持った霊体とはそういう存在なのです。過度の接触と干渉は控えるべきと私たちは考えております。住み分けがあって当然です。なんでもかんでも影響を受ければいいってもんじゃないのではないですか? そのせいで現在も各地で問題になっているのではないのですか?」
「過保護すぎるとは思うがね。人も自然の一部なのさ」
すると桃母が領域のギリギリまで近づいた。
「何をするつもりですか?
「贈り物を持ってきただけさ」
桃母は腰にある刀を手に持った。
「ちょっと。何で刀を腰からはずしているんですか?」
「こうするのさ」
そう言うと桃母は霊力が宿った妖刀のレプリカを領域内に放り投げた。
「あっ」
すると領域の奥から半透明のヘビのようなものが伸びてきて、妖刀のレプリカを突き刺した。
「あっ!? 神樹様っ!?」
それは神樹から伸びた『霊根』だった。
「神樹様が妖刀の霊力を食べてらっしゃる・・・」
管理人は呆然としていた。
(放っておいても領域内にあれば吸収するのに。直接喰っているなんてどういうことなのさ)
桃母が冷静に目の前で起こったことを分析しようとした。
(もしかして成長を急いでいる? なんのために・・・。この反応、やはり何かが起ころうとしているのかね。桃の木の領域とは別件かもしれないが)
神樹が妖刀の霊力をすべて吸い取ったのか妖刀のレプリカが地面に落ちた。
「何の変化もないね」
桃母のその言葉に管理人が冷静さを取り戻した。
「そりゃそうでしょ。あの程度の霊力でだけじゃ、何の
「残念ながら私はやるべきことがたくさんあるのでね。
「でしたらここではおとなしくしていてください」
桃母は改めて神樹を見た。
神樹は巨大で空を突き刺さんばかりだった。
(まいったね。活動期に入ってる。しかも意思疎通は無理ときたもんだ)
桃母は多数の気配を察知し、周囲に目線を向けた。
「ところでなんで私は囲まれているのさ」
しかし、周囲に人の姿はなかった。
「気づきましたか。さすがですね。あなた相手に私一人では荷が重い。あなたは白砂システムに加入してませんからね。人手が必要です」
「透明化か。あなた方はシステムを利用するんだね」
「そりゃあそうですよ。地域住民に与えられた権利ですし、便利ですから。システムに入ったところで神樹様に影響を及ぼすとは考えられません。むしろ入っていたほうが影響がないといっていいでしょう。たとえば参拝客ですが、本音を言えば実体の出入りを禁止して、立体映像でここに来て欲しいのですがね。さすがにそれは強制できません。でもおかげさまで立体映像での参拝が増えていますよ。映像に感情はありませんから、神樹の森では立体映像での参拝を
「領域の雰囲気を実際に感じてもらいたいがね」
「それには私も同意しますよ」
すると桃母の元に妖刀のレプリカが一人でに飛んできて、桃母がそれを掴んだ。
「っ!? その刀、白砂製でしたか」
「そうなのさ」
「結局何しにきたのですか?」
「なに。緑属性の霊力を感じに来たのさ。今後のためなのさ」
「はあ。そうですか」
「そうそう。あんた死霊属性の霊力を持つ領域を知らなかい? 近くにあるとなおいいのだがね」
「死霊属性? この辺には無いですね。本島の最北端に有名な死霊属性の領域がありますけど」
「だね。そこは私も知っているさ。そこに行く前に同じ属性の領域に行っておきたいのさ」
「そうですか。しかし他に心当たりはありませんね。混合霊力であればいくつか知っていますが、それではダメなんですよね」
「そうだね。自分で探すとするよ。探しているうちに最北端に着くかもしれないさ。ま、そこは行かなくてもいいと思っているのさ。坊やも行かないだろうし。一応聞いてみただけさ」
「はあ。話しが見えませんが」
「こっちの話さ。それじゃあ、私は帰るとするさ」
「そうですか。本当にそれだけなんですか?」
「顔を見せにきただけさ。君らが元気にやっているかどうか気になってね。旅の途中によっただけさ」
「はあ。そうですか。ありがとうございます。お気をつけて行ってらっしゃいまし。旅の目的が成功することをお祈り申し上げます」
「ありがと。あんたもね」
桃母は森を後にした。
管理人さんたちはその場で桃母を見送った。
「はあ。いっちゃいましたか。やれやれです」
神樹の森の管理人の女性の周りに、透明化を解除し姿を現した同志たちが集まってきた。
「行ったか」
「はい。大事に
「あの者が持っていた刀。あれが例の霊体を切ることができるという霊刀なのか? なぜか神樹様に霊力を
「はい。うわさで聞いたことがあるだけですが、あの
「ちょっと不自然な霊力を感じたが」
「そうですね。何かおかしかったですね。白砂製でしたし。彼女の目的も分かりません」
「そうか。やつは我々が取り囲まなかったら、神樹様に何かしらの行動を起こしたであろうか」
「・・・どうでしょうか。彼女はそもそも戦闘を好むタイプではありませんから」
すると遠くから森の管理人の女性に遠慮がちに声が掛けられた。
「すみませーん」
観光客が神樹の森を訪れたようだ。
「はーい」
森の管理人が観光客の元に走って行った。
桃母は神樹の森から少し離れたところを歩いていた。
(寄り道した甲斐はあったのかね。種は植えたけれども成果が出るかどうかは地藏ちゃん次第なのさ。役に立たなくてもそれはそれさ。本来の目的地に急ぐとしますかね)
桃母は立ち止り少し考えた。
(そうだ。ちょっと遠回りしていろいろな場所の領域に突撃して刺激を与えてみようかね)
桃母は白壁に向かって歩き出した。
桃母が街を出るため出口に向かって歩いていると、桃母の前にパンツスーツを着た二人組みの女性が現れた。
一人は背が高く、もう一人は小柄だった。
「ん。あんたたち」
「こんにちは。おひさしぶりです。ご用件があってわざわざ
「用件はわかりますよね。探しましたよ」
「何のことなのさ。まったく身に覚えがないのさ。人違いじゃないのかね」
「そのセリフは何度目ですか。いい加減白砂ネットワークシステムに加入していただけませんかね」
「現在この地域で加入していない人間は、あなた方家族3人だけなんですよ。今日こそ入っていただきますからね」
「・・・」(さて。逃げるのは前提として、いくつか確認しておかないと。まずこの二人は実在か映像かということなんだが)
「今日こそは契約していただけますね」
「いや、間に合っているのさ」
「そういう問題ではありません。必須事項です」
「人間と鬼との間に生まれた方にも加入していただいているのですよ。あなたを特別扱いしたりしません。いずれは妖怪の方々にも加入していただきたいと思っているんですよ」
「そうかい。平和になりそうだね。では娘や夫を先に契約してやってくれないかね。私は後でかまわないのさ」
「娘さんは行方不明なのではありませんか? 我々は旦那さんの居場所もつかめておりません」
「娘は戻って来ているのさ。二子山の
「そうですか。それはいいことを聞きました。あなたと契約した後で娘さんのところへ
「まずは目の前にいる逃げ足の速いあなたからです」
「・・・」
桃母は白砂ネットワークシステムを管理する組織の職員に契約を
(困ったのさ。位置情報を常に知られるのは動きにくくなるのでいやなのさ。この人たちが実体だったらまた走って逃げられるのだがね)
桃母はわざとらしく
「ごほっごほっ」(地蔵ちゃん。このあたりで逃走に適した地形はないかい?)
(それでしたら右前方に建物がありますので、ひとまずそこへ向かってください)
二人は心配そうに桃母の様子をうかがった。
「大丈夫ですか? 急に咳き込みだしましたけど」
「ごほごほ。ちょっと体調がおもわしくなくてさ」
「風邪ですか?」
「いや。平気さ。そういえば管理者は元気かい?」
「え? 私たちみたいな末端の社員が白砂システムの頂点にいらっしゃる方に会えるわけないじゃないですか」
「そうですよ。あなたたち家族を追っかける仕事なんて本来必要ない仕事なんですからね」
「そうかい」
二人の気が緩んだ。
「いまだ! さらばっ! また会おう、お二人さん!」
桃母は二人の
「っ!?」」
「やられました。何が今だったのかはわかりませんが、やはり逃げましたか。追いかけましょう」
「はい」
二人は走り出したが、桃母はあっという間に二人から距離を取っていた。
「足が速いっ」」
「監視映像での追跡は出来てる?」
「はい」
小柄な女性が遅れだした
「私、先に行きますね」
「頼みました」
背の高いシステム管理職員の女性が速度を上げて桃母を追った。
桃は後ろを振り返り二人との距離を確認した。
(よし。距離が開いた。アレを使うのさ)
桃母はお地蔵さんに指示された建物に向かって走った。
その建物は白砂が使われていない昔の建物で現在は使われておらず、しかも白砂の大地の中にほぼ埋まっていた。
「まてーっ」
桃母はチラリと後ろを振り返って二人の足元を見た。
二人が走っている足元で、草が揺れ
(立体映像ではなかったか)
桃母はお地蔵さん製の
「地蔵ちゃん。あの建物の陰に隠れて仕掛けるよ。引っかかってくれればいいんだがね」
桃母は建物の影に隠れた。
「隠れても無駄ですよ。これからもずっと監視映像があなたを追いかけ続けます」
背の高い女性の方が先に建物に近づいてきた。
「えいっ。地蔵ちゃん後は頼んだのさ」
ひゅっ
桃母は玉簪を雑木林のほうに投げた。
ガサガサと音を立て玉簪が地面に落ちた。
(よし。準備完了。私はさらに逃げるのさ)
背の高い女性が先に建物についた。
遅れて小柄な女性がやってきた。
「はぁはぁ。いない? 見失ったか。まだ近くに居るはずです」
「探しましょう」
雑木林の中で物音がした。
ガタッ
「痛たたっ」
「声がしたっ。あそこか? いくよっ」
「はい」
背の高いが音の発信源についた。
声
そこには
「たすけてー! 変態に追いかけられてますー。きゃー」
「何だこれは?
「やられましたね」
背の高い女性は落ちていた玉簪を手に取った。
「玉簪型スピーカーか? 解析にかけてみるか」
そのとき玉簪が女性の手のひらで砂に変化した。
サラサラ
「あ!? 砂状になってしまった」
「足取りがわかりました。監視映像によると、どうやらさっきの建物の屋内に逃げ込んだようです」
「そうですか」
「あの建物ですが地下通路が存在します」
「地下に逃げられたとなると厄介ですね。深追いはやめておきましょう。再び地上にでてきたところを捕まえましょう」
「わかりました」
システム管理職員たちは街の出口がある白壁の方に向かって歩いて行った。
桃母は地下への階段を下りていた。
桃母の持っている刀から二人組みの会話が聞こえていた。
「それにしても私の位置がばれたのは神樹の森によったせいかね。まあいいさ。地蔵ちゃんご苦労様、助かったよ」
「お役に立ててよかったです」
「しかし何で地下に行かれると困るんだい?」
「白砂を操作すれば道を作れますからね。
「そういや過去にそんなことがあったね。もう日が暮れそうだしどこか泊まれるとこないかい?」
「お任せください。そのまま降りていき最下層に行ってください。そこに部屋がありますのでゆっくり泊まってください。周囲の警戒は私がしますので」
「はいよ。任せたのさ」
桃母はお地蔵さんに勧められた部屋に入り休むことにした。
翌朝。
ゆっくり休めた桃母は日の出とともに目を覚ました。
「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。ではここから特別区の外までの道を作っておくれ。私が通り過ぎたら埋めて行って」
「わかりました」
部屋を出た桃母は、お地蔵さんによって作られた道を歩き街の外に向かった。
しばらくして特別区の外に桃母の姿があった。
「ふう。いないようだね。何とか特別区から出ることができたのさ。まあ、こっから先は別の意味で大変なのさ」
桃母は茂みから道に姿を現した。
桃母の後ろに特別区の巨大な壁が見える。
「白砂の道は使えないから山道を行くしかないのさ。見つかってしまうからね」
「道案内をしましょうか?」
刀からお地蔵さんの声が聞こえて来た。
「しなくていいのさ。気ままに行くさ」
「わかりました」
桃母の視線の先には大自然が広がっていた。
「観光がてらパワースポットめぐりをしようかね。さすがに誰にも見つからずに行くことは無理だが、できるだけ目立たないようにしようかね。そもそもシステムに加入してないから怪しさ満点なのさ」
桃母はまっすぐ伸びる白砂で出来た道を外れ、森の中に足を踏み入れた。
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