第173話 河童岩

桃母からうながされ、大岩の上に立っている桃が話し出した。


桃は体の前で杖代わりにしている妖刀に触れた。


「母上のおっしゃる通り、この妖刀はしろであるため霊体が宿っています。大昔に私が鬼退治をした、とある島で見つけた依り代です。その島はなぜか海に浮いており、今も世界中の海を彷徨さまよっています」


セイジは魔人の国の海峡で見た動く島を思い出した。


「あ。恐らくその島を見たことあります。島にアンドロイドさんもいるとか」


「はい。島を縄張りにしていた凶悪な鬼の頭領を封印していますので、その封印を解かれないように見張ってもらっています」


「そうだったんですね」


「ちなみにその島は、噂話ですけど、どこかの誰かさんが山を切ったせいで海まで飛んで行って島になったそうですよ」


「えっ!? あの島は山だったんですか。しかも山を切ったんですか。凄いことをする誰かさんですね」


「そうですね。話を続けますと、この妖刀をどこかに置いてしまうと強力な領域が発生してしまい、その地域の生物の妖怪化が急激に進行してしまうので持ち歩くしかできないのです。私が妖刀にうかつに触って持ち帰ってしまったため、手放せなくなってしまいました。この妖刀は対象を切ることで、対象の霊力を吸収する能力を持っています。しかし、刀そのもので対象を切るのではないのです」


「どういう事なんですか?」


「妖刀を抜こうとすると霊力で出来た刀が出現するのです。現実の刀は約60センチメートルの太刀たちですが、霊刀の方は大太刀おおたちなのです。私の身長と同じ160センチメートルほどの長さですね。霊力を持たない者には見えません。それに霊力で出来ているため重さはないのです」


「すごい妖刀ですね」


「はい。その霊力で出来た霊刀で霊力を持った存在を切ることで、霊力を吸収し自身を成長させたり、その吸収した霊力を使用者に分け与えて使用者を強化させることもできます。しかし、その代償なのか霊刀を出現させたあとに急激な眠りに襲われてしまうのです。ですから私はこの妖刀の刃を見たことがありません。そして困ったことに睡眠の時間はまちまちで私本人には制御できないのです」


「そうだったんですね。その妖刀でその大岩の霊力を切ることが出来るんですか?」


「出来ます。ちなみにこの妖刀に寧々ねねと名付けました」


「そうですか。つまりその妖刀寧々を抜けばいつでもその拘束から抜け出せると」


「はい。私がこの妖刀で大岩の霊力を壊して脱出しなかったのは、母上が言った通り自身の体内に溜まったよどんだ霊力を浄化するためです。私は霊力量が多い上に長生きなのでいろいろまってしまうのです」


「そうなんですね」


「どこかの領域でも同じことができますが、淀んだ霊力をその領域に吸収させるわけには行けませんので、なるべく行かないようにしています」


「そうなんですか」


「初めてこの岩に登った時はびっくりしましたけど、のんびり療養りょうようすることにしました。すると突然知らない場所に転移してしまったので、元の場所に戻る可能性にけて岩の上から動かないようにしていたんです。するとある日、転移先で魔獣が岩の上に登って来て襲われたことがあったんですよ」


「え。そんなことが」


「はい。私に襲い掛かってきた魔獣が、一旦大岩に登って出て行ったことで、一人くればもう一人は出られることを知りました」


「そういうカラクリもあるんですね」


「はい。魔獣はしつこく私に襲い掛かってきたので、仕方なく魔獣を妖刀でぶった切ってやりました。魔獣は無傷でしたが魔力や霊力を失いぶっ倒れました。魔力も吸いとるようです」


「そうなんですね。どちらも白竜がばらまいたようですから、近い存在かもしれませんね」


「はい。その後、大岩が何回かの転移を繰り返しているうちに、ようやくこの場所に戻ってきました。その時ココが起点なのかなと私も思いました。でも周囲を見る限りここには大岩が霊力を持つ条件が整っていません。ということは誰かがどこからかこの岩をここに持ってきて、ここを起点に設定したのだろうと考えています」


「迷惑な話ですね」


「そうですね。長くなりましたので一先ひとまず私の話は以上です」


「貴重なお話を有難うございました」


「いえ。母上はこの後どうするのですか?」


「実家に帰るつもりさ。あの領域に何かあったようでね」


「桃の木の領域ですか」


「ああ。あんたも感じたのかい」


「はい。私も同行しましょうか?」


「私だけでいいさ。差し迫った状況ではないだろうさ」


「そうですか」


「あんたはしばらくこの街で遊ぶといいさ」


「はい。母上」


すると、そこに着物を着て刀を帯刀たいとうした男がやってきた。


「やあ、皆さん、おそろいでござるな。妖刀の香りに誘われて来てみれば、懐かしい顔に出会えたでござるよ。セイジ殿。お久しぶりでござる」


「お侍さん。お久しぶりです。戻って来てたんですね」


「うむ。最近帰ってきたでござるよ」


現れたのはセイジがダンジョンで初めて出会い、その後、魔亀から助けてもらった赤髪のお侍さんだった。


「お嬢様方はお初でござるな。拙者、金時きんじと申すものでござる。以後お見知りおきを。セイジ殿とは親友でござる」


「私は桃母。妖刀の持ち主は桃だよ」


「桃です。よろしくお願いします」


セイジは懐かしい出会いに嬉しさがこみ上げ、お侍さんに話しかけた。


「あの時はお世話になりました」


「当然のことをしたまででござるよ」


「お侍さんは金時さんって言うんですね」


「おや。名乗っていなかったでござるか」


「はい。そういえば探していた魔剣を見つけたそうですね」


金時さんは腰の刀に手を触れた。


「そうでござる。冒険者パーティー『女神』殿の力を借りて、ようやく霊剣を盗んだ鬼を見つけだし、盗まれた霊剣を取り戻したでござるよ」


「おめでとうございます。霊剣でしたか」


「ありがとうでござる。ここでセイジ殿に会えたのは嬉しい偶然でござる。今すぐではないのでござるが、冒険者のセイジ殿に依頼したいことがあるでござるよ。報酬ははずむでござるよ」


「依頼? 僕、そう言えば冒険者でした。何ですか?」


「一緒にとある場所まで同行して欲しいでござるよ」


「どこに行くんですか?」


霊馬れいばの森でござるよ。ここから北に程無ほどなく行った所にある森でござる」


「近いんですね。どんな森なんですか? 何だか怪しげですけど」


「そこにあるホタルの里まで同行をお願いしたいのでござるよ」


「へえ。ホタルですか。観光ですか?」


「違うでござるよ」


そう言うと赤髪のお侍さんは腰に差していた剣を抜いた。


その剣の刃はボロボロだった。


「酷い状態ですね。まさかその剣が盗まれていた剣ですか」


「そうでござる。この霊剣を復活させるためにホタルの里に向かうのでござるよ」


「復活ですか。鍛冶師がいるんですか?」


「いないでござるよ。この剣は霊剣ゆえ。霊力が必要なのでござるよ」


「はあ」


「百聞は一見にしかずでござるよ。拙者せっしゃ旅支度たびじたくをしたいので時間が欲しいでござる。準備が整ったらセイジ殿を訪ねていいでござるか」


「いいですよ。特別区の南にある高台に地蔵公園という場所がありまして、そこにいるお地蔵さんに聞けば僕の居場所がすぐにわかりますので」


「そうでござるか。その時はそこに行くでござるよ。ところでその岩、懐かしいでござるな。河童岩かっぱいわでござるよ」


金時さんが桃さんが立っている大岩を見て言った。


「え。河童岩? 金時さん、何か知っているんですか?」


「うむ。少々、所縁ゆかりがあった程度でござるが。ところでなぜ岩に乗っているのでござるか? 拙者も高いところに登るのは好きでござるが、その岩が霊力を持ってたので乗らなかったでござるよ」


金時さんが大岩の上に乗っている桃さんに聞いた。


「えっと、あまりに格好いい岩を見て我慢できずに乗っちゃいまして、この岩に閉じ込められてしまいました」


「やはりそうでござったか。怪しいと思ってたでござるよ。でも気持ちはわかるでござるよ。岩に生える一本の木。良いでござるなあ」


「ですよね。それでこの岩は何なのですか?」


桃さんがしゃがんで金時さんに尋ねた。


「それは拙者がまだ盗まれた霊剣を探して、この地を放浪していた時のことでござる。この空き地の近くには川が流れているのでござるが、その川の土手を拙者が歩いていると突然河童どもに襲われたのでござる」


「へえ。河童さんが」


「拙者はその河童どもを無手で返り討ちにしたのでござる」


「金時さんはお強いのですね」


「それがでござるな。そこそこ強いと思っていたのでござるが、女神のルナ殿を見て自信を無くしたでござる。話しがれたでござるな。そうしたら河童どもが命を助けてくれたら河童の里のお宝を差し出すというので、その提案に乗ったのでござるよ。しばらく待っていると河童どもが持ってきたのがその岩でござった」


「まあ。この岩が河童さんのお宝だったのですか」


「ござる。しかし、見るからに怪しい霊力を持っていたし旅の途中だったので持ち歩けないでござるから、この空き地に置いててくれと言って拙者は旅を続けたのでござるよ」


「そうだったのですか」


「お嬢さん、脱出できないのであれば協力するでござるよ? この刀は今はボロボロでござるが修復した後に力になれると思うでござる」


「いえいえ。お構いなく。自力で脱出できますので」


「そうでござったか。お嬢さんの腰にある刀でござるな。それほどの霊力を持っていれば容易たやすかろう。ではなぜ今も岩の上に?」


「時期を待っていまして」


「なるほど。理由があったでござったか。それは失礼した。余計なおせっかいであったな」


「いえいえ」


「では、拙者はこれにて。セイジ殿。またでござる」


「はい。また」


「お嬢様方もさらばでござるよ」


「さようなら」

達者たっしゃでな」


赤髪の侍、金時さんは空き地を出て行った。


「面白いお侍さんでしたね」


桃さんは金時さんをまだ目で追っていた。


「それじゃ私は里帰りするとするよ」


「はい。いってらっしゃいませ。私もここを抜けたら実家に向かいたいと思います」


「ああ。のんびりするといいさ。でわな。坊や」


「はい。お元気で」


「ああ」


桃母は街を出るため東に向かった。


「僕も帰りますね。また来てもいいですか?」


「ええ。もちろんです」


「その時には女性の知り合いも連れてきますね」


「はい。楽しみにしてます。桃花とうかさんもさようなら」


「さようなら」


セイジと桃花も家に帰ることにした。




同時刻。


ところ変わって、巨岩神社を訪れている二人組がいた。


一人は小太りのスーツを着たサラリーマン風の中年の男で、もう一人は同じくスーツを着た若い女性だった。


「ここか」


「はい」


「巨岩神社か。結構、にぎわっているんだな。とりあえず参拝でも済ませるか」


巨岩の前に二人が来て手を合わせた。


男が巨岩の中腹にある穴に収められているの石像を見上げた。


「あれがそうなのか?」


「はい。ですが問題がいろいろと」


「そのようだな。アレの交渉は本社に任せよう。もうひとつのほうへ行こうか」


「はい。左側です」


二人は林のほうに向かって歩いていった。


「地中に人型の状態で埋まっています」


男は地面で白く輝いている丸いでっぱりを見つけた。


その丸い石のようなものは、セイジがつまづいたものだ。


「これか。これはこれで問題がありそうだが」


「問題はありません。すぐにでも回収できます。いかがいたしましょう」


「ふむ。人が多いな。あまり目立ちたくはない。人が居なくなるまで待つか」


段々と日が暮れ始め、人の姿がなくなっていった。


「やっと参拝客の姿が見えなくなったな。作業をはじめようか」


「わかりました」


女性が人がいなくなったところを見計みはからい、地面からはみ出たツルツルの丸い出っ張りに近寄った。


「対象の完全初期化を開始します」


女性がアンドロイドの頭部を触ると、一瞬にして白い玉に変化した。


女性は白い玉を手に掴み、男に渡した。


「アンドロイドの完全初期化、完了しました」


「ご苦労さん。地面に穴が開いたままだが大丈夫なのか?」


「白砂を操作して埋めておきます」


「ああ。頼んだ」


女性が地面に開いた穴を一瞬でふさいだ。


「ご苦労。では次に向かおう。どこだっけ?」


「地蔵公園です」


「そうか。はあ。何で俺が生産中止になったアンドロイドを回収して回らなきゃいけないのかねえ。俺以外にも暇な奴は居るだろうに。どうでもいい仕事を押し付けられちゃったのかねえ」


二人は巨岩神社を後にし、地藏公園に向かった。



しばらくして男と女は地蔵公園に到着し、お地蔵さんの元を訪ねた。


「こんにちは」」


「こんにちは。はじめまして、ようこそいらっしゃいました」


「素敵な公園ですね」


男が夕暮れが迫った地蔵公園を眺めながらそう言った。


「ありがとうございます。おかげさまで地域の皆様に愛され、遠方の方々にも観光に来ていただいております」


「地蔵さんの人気はすごいですね。ところで、地蔵さんがアンドロイドだということは皆さんはご存知なんですか?」


「地域の方々はほとんど知らないと思いますよ。生産終了していますし、私が出来ることは白砂システムでも出来ますから。失われた技術ですからね。私が何者か聞かれた場合は教えていますけど」


「実は私の連れも地蔵さんと同じアンドロイドなんですよ。わかっていると思いますが、今では珍しい対面ですね」


「そうですね」


「私の相方以外の稼動しているアンドロイドと会えるなんて驚きですよ。会えてよかった」


「わたしもうれしいです」


「失礼ですが、地蔵さんの契約者と会うことはできますでしょうか。いろいろお話したいのですが」


「残念ながら私の契約者は旅に出たばかりでして、旅から帰りましたら伝えておきますね」


「そうでしたか。それは残念です。わかりました。今回は縁がなかったということであきらめましょう。私たちも仕事が立て込んでいまして、この地域でゆっくりできないのです。今からいろいろ行かないといけないのですよ」


「そうですか、それは残念ですね。次の機会があればごゆっくりいらしてください。お気をつけていってらっしゃいませ」


「はい。では失礼します」


二人は海が見える白壁の端に向かった。



直後、お地蔵さんは遠くにいる桃母に連絡を取った。


「ご主人様。報告があります。よろしいでしょうか」


「はいよ。元気に散歩中だから報告をどうぞ」


「今アンドロイドをつれた男が私の元を訪れまして、ご主人様を紹介してほしいといわれましたが、契約者は旅に出ていると説明しました。その男を調べたところアンドロイド回収業もおこなっている会社に勤めています」


「ほう。今更いまさらというか今頃というか珍客だねえ。また面倒なことを起こしてくれなければいいが。んでそいつらどこいったのさ」


「まだ地蔵公園にいます。まだこの地域を調査するようですね」


「ふーん。目的はアンドロイドだけなのかね」


「それはわかりかねます」


「まあいいさ。様子を見よう」


「はい」



回収屋の二人は地蔵公園の端にある柵に掴まり、そこから下にある海峡を眺めていた。


「地蔵の契約者の居場所はわかったか?」


「はい。ここからかなり離れた場所を移動中です。神樹の森の近くです。白砂システム未加入者です」


「未加入? どういうことだ。でも場所はわかったのか」


「はい。アンドロイド用ネットワークには加入していますので」


「そうか。ずいぶん正直な契約者とアンドロイドだな。何も警戒していないのか余裕なのか」


男の視線の先には巨大女子高生がいた。


「そういえば対岸には巨大アンドロイドがいたな。起動中だよな」


「はい」


海峡を挟んだ対岸で建物にもたれながら巨大女子高生が座っていた。


「あれは・・・。どうすんだ? あれも回収するのか? 誰だあんなの作ったやつは」


「あちらは回収の対象外です」


「そうなのか。日が暮れたしどこかに泊まるか。早朝に湖と地下のアンドロイドを調査するとしよう」


「はい。空いている住宅は調べております」


「そうか。案内してくれ」


二人は地蔵公園を離れ、地下にあるマンションの空き家に向かった。

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