第172話 桃

美夏みかがお地蔵さんと話をしていると、それは上からやってきた。


ひゅーーーーーーっ。とすっ 


お地蔵さんが、天からものすごい勢いで降ってきた女性を受け止めていた。


「っ!?」


美夏は目の前で起きたあまりの出来事に固まっていた。


その女性は、巨大女子高生に投げられて空を飛び海峡を越えてきた桃母だった。


お地蔵さんが、その女性に何ごともなかったかのように話しかけた。


「おかえりなさいませ。ご主人様。女子高生のお腹の中はいかがでしたか?」


「いかがも何もないさ。砂の部屋さ。お前と同じさ」


「私はご主人様を食べたことありませんよ」


「そうだったね」


お地蔵さんは桃母を地面に優しく降ろした。


「さて、娘に会いに行くかね。娘はまだあそこにいるのかい?」


「はい。移動しておりません。今は起きているようです」


「そうかい。それはよかった。ところでお前が地域の人たちに大切にされているようでうれしいよ。おかげでようやく領域が生まれたし、中の子も元気そうだ」


「はい。地域の皆さんには大変よくしていただいております」


「そうだね。いつか恩返しできたらいいさ。ところでなにか変わったことはなかったかい?」


「見えなかったものが見えるようになったこと以外、特にはありません」


「そうかい。それは僥倖ぎょうこう


お地蔵さんと桃母が会話を続けていたところ、ようやく美夏が我に返り動き出した。


「すごーーーーーーーーーい。お姉さんがお空を飛んできたっ」


「何だい?」


美夏が桃母に一気に近づいた。


「お姉さん。冒険者? そうだよね。お空を飛べるんだし」


「まあ、そんなもんさ。それにしても元気な子だね」


「あれ? お姉さん、白砂システムに入ってないの? 名前が分かんない」


「ああ。入ってないのさ。いろいろ事情があってね。面倒くさがりなのさ」


「そうなんだ」


そこに白砂の大地の中を登ってきたセイジが、アンドロイドの桃花とうかを連れて地蔵公園にやってきた。


桃母が鳥居をくぐったセイジにすぐに気付いた。


「おや。坊やじゃないか。それにあのアンドロイドは」


美夏が桃母の視線を追うと、そこにセイジを見つけた。


「え? あ。セイジくんだ。大人の女性と一緒にいるー」


セイジたちがみんなの所にやってきた。


「皆さん、こんにちは。美夏ちゃんも地蔵公園に来てたんだ」


「うん。まだ明るいから」


セイジは白髪の女性を見た。


「お久しぶりです」


「そうだね。そのアンドロイドはどうしたのさ」


「これはゆずり受けました。桃父と名乗っていましたけど、恐らくあなたの旦那さんでは?」


「桃父? ああ。私の相方だろうね」


「やっぱりそうだったんですね。桃父さんは娘さんに会いに行くそうですよ」


「そうかい。私もこれから行くのさ。相方には会わないだろうがね。私から逃げ回っているからさ」


「いい加減仲直りしたらどうですか? 原因は知りませんけど」


「ふん。そのうちにね。そういや坊やにも自己紹介してなかったね。名前は桃母でいいさ。そんでこいつが私のアンドロイドの山桜桃ゆすら


桃母さんがお地蔵さんを指さした。


「桃母さんがお地蔵さんの契約者だったんですね。お地蔵さんの契約者は可愛い人だって桃父さんが言ってましたよ」


「ふん。格好つけたくて心にもないことを言ってるだけさ」


すると美夏ちゃんがセイジのアンドロイドである桃花とうかさんに近寄った。


「ねえ、セイジくん。セイジくんのアンドロイドさんの名前は何て言うの?」


桃花とうかさんだよ。桃花さん。この子は美夏ちゃん」


「美夏さん、よろしくお願いします」


「こちらこそっ。いいなあ、セイジくん。ねえ、お地蔵さん。アンドロイドってもう手に入らないの? 私も欲しいな」


「そうですねえ。かなり昔に製造中止してしまいましたからねえ。起動していたアンドロイドは、ほとんどが回収されましたし。どこかに放置されている場合もありますが、契約者を探さないと契約変更が難しいですからね」


「そうなんだ。残念」


「復元された地下の旧市街地にアンドロイドの自動販売機がありますけど、残念ながら今はもう利用できないんですよ」


「そうなの? 見てみたい。旧市街地にいってみるっ」


「美夏ちゃん。僕も地下に行ってみたいと思っていたから一緒に行かない?」


「本当っ!? セイジくん、連れてって」


「わかった。明日にでも行こうか」


「うん。暗くなってきたから私帰るね」


「うん。また明日」


「みなさん、さようなら」


「さようなら」」」」


美夏は全速力で走って行った。



するとお地蔵さんから地蔵霊が出て来た。


(何じゃ。その霊具は。喰ってよいのか?)


地蔵霊さんはセイジのアンドロイドの桃花さんに興味を持った。


「食べないでください。霊具ではなくお地蔵さんと同じアンドロイドですよ。そう言えば少し霊力を感じますね」


(今頃か。おぬしはもう少し注意深くなったほうが良いぞ)


「はい。気を付けます」


桃母さんが地蔵霊さんに話しかけた。


「お前がこの領域の霊体か。地蔵霊と呼ばれてるらしいね。ようやく領域が生まれて安心したよ。それにしてもこの坊やを選ぶとはね。何が気に入ったのさ」


(たまたまそこにいただけじゃ)


「そうかい。それでいいさ」


(おぬしにりついていた無数の龍の精霊を私が喰ってもよかったぞ?)


「それでもよかったが」


桃母はセイジをちらりと見た。


「この領域は若いし、この地域に呪われた霊力を持ち込むわけにはいかなかったのさ」


(若さは関係ないと思うがな。確かに厄介な霊力じゃったが。それにしてもあのデカブツは面白いモノを体内に持っておるな)


「そうさ。巨大アンドロイドの中にあるモノには私も助けられているさ。この地域が霊力的に平穏なのは彼女のおかげもあるのさ」


セイジは巨大女子高生の佐那さなさんの顔を思い浮かべた。


(彼女のお腹の中に何があるんだろ)


地蔵霊さんの話はまだ続いた。


(最近どこかの領域が霊波を飛ばしていたが、おぬしに関係しているのではないか?  霊力が似ておった。何か起こったようじゃな。霊波を飛ばしたしろはかなりの領域を持っておるようじゃのう。まあ、遠すぎて私には関係ないが)


「へえ。それは気になるね。里帰りのついでにさぐってみるさ」


地蔵霊さんもセイジが感じた霊波を感じていたようだ。


(霊波。もしかして僕が巨岩神社で感じた振動波の事かな)


「そうそう。山桜桃ゆすら。里帰りするんで預けていた桃と同じ刀と玉簪たまかんざしを返しておくれ」


「わかりました」


お地蔵さんがすぐに体内から刀とかんざしを取り出し、桃母に渡した。


刀は約60センチほどの長さの太刀たちで黒塗りのさやに入っていて、玉簪たまかんざしは耳かきの頭の部分に桃の実の飾り玉がついているものだった。


「ありがとさん。それじゃあ、私は娘の桃に会いに行くとするよ」


「あ。僕も行ってみたいです。前に桃さんに会った時は寝ていたんで。いいですか?」


「構わないさ」


「ありがとうございます。ではお地蔵さん、行ってきます」


「行ってらっしゃい」



セイジは桃母と共に、桃さんの所に向かった。


「桃母さん。娘さんはどこにいるんですか?」


「特別区の北東の山のふもとにある空き地だね」


白壁で囲まれている特別区の北東部には一座いちざ二子山ふたごやまがあり、麓には広大な自然が広がっていて人はほとんど住んでいない。


山を数えるときの単位は『』だそうだ。


「結構遠いですね」


「ああ」



セイジたちがしばらく歩いていくと、住宅がなくなり自然豊かな土地になってきた。


「桃母さん、娘さんはまだ拘束されたまま大岩に乗っているんですか?」


「ああ。以前坊やと会った時と同じ状況のままさ」


「そうですか」


しばらく行くと桃母は道を外れ、森の中に足を踏み入れた。


森を抜けると、桃母とセイジは桃がいる空き地に到着した。


そこは森に囲まれ草が生い茂った空き地で、そこにポツンとある大岩の上にいる桃が見えた。


「確かに娘はいるようだね」


桃母が桃の元に向かって歩き出した。


セイジも桃母の後を追った。


桃もこちらに気付き、軽く会釈えしゃくをした。


「いい霊力だね。桃も妖刀も成長しているようだ」


(妖刀? 確かに桃さんは刀を持っていたな。あれ妖刀だったんだ)


セイジは初めて桃さんを見た時のことを思いだした。


桃さんは黒髪で長い髪を一つにまとめていて、服装は薄い生地の長袖の白い服と青い長スカートをいていた。


桃母とセイジたちは桃がいる大岩の前までやってきた。


桃が立っている大岩は巨大で、高さと奥行きがセイジと同じ約175センチメートルで横幅が約3メートルだった。


奇妙なことに大岩の左側に細い木が一本だけ生えていた。


桃母さんが桃さんに声を掛けた。


「娘よ。ひさしいな」


「母上。おひさしぶりです。いつも私のせいで世界中を旅させてしまって申し訳ございません」


「気になさんな。いつも娘の顔を見に行っているだけだよ。私は私で人生を楽しんでいるさ」


「そうですか。私ももうそろそろここを抜けようと思っているのですが」


「いいんじゃないか。霊力もんできている様だし」


「はい。ではそのようにします」


すると桃がセイジたちに目を向けた。


「母上。そちらの方は? それに父上のアンドロイドのようですが」


「最近この街に住み始めた冒険者のセイジさ。アンドロイドはあいつから譲り受けたそうさ。セイジは一度、桃が寝ているときに桃に会ったことがあるのさ。外国でね」


「そうですか。寝顔を見られていたのですね。お恥ずかしい。初めまして。桃です」


「セイジです。彼女はアンドロイドの桃花とうかさんです」


「セイジさんのアンドロイドである桃花です」


「よろしくね。セイジ君と桃花さん」


セイジは気になっていたことを桃母さんに聞いてみた。


「あの、前に会った時はあまり詳しく聞けなかったんですけど、結局その大岩は何なんですか?」


「この大岩の由来はさすがの私も知らないけどさ。この大岩はね、登った者を拘束し霊力を奪う能力をもっているのさ。霊力の影響範囲を霊域とか領域とかいうのさ。この大岩にはまだ霊体も精霊も存在してないけどね。霊力を奪い成長していけばいずれ精霊が生れるだろうさ」


「霊域ですか。いずれ地藏霊さんみたいになるんですね」


「ああ。領域を持つまで成長するか、あるいは途中で妖怪になるか。大岩の霊的素質次第さ」


「そうなんですね」


「それで、知っての通りこの大岩は転移をする能力も持っていてね。ここを起点にあちこちに転移しちまうのさ」


「ここが起点だったんですか。結局どうやったら大岩から降りられるんですか?」


「拘束の方は大岩の霊力を消滅させればいいだけさ」


「なるほど。ってことはまだ消す方法が分からないんですか?」


「いや。拘束からはいつでも脱出できるのさ」


「そうなんですか。何でしないんです?」


「時期を待っていたのさ」


「時期?」


「ああ。簡単に言うと悪いモノを大岩にも吸わせているのさ」


「悪いモノってなんですか?」


「長く生きていると体内の霊力がよどんじまうのさ。だから大岩を利用して綺麗な霊力にしているのさ」


「そうなんですか。大岩さんが成長するのでは?」


「そうだね」


「大丈夫なんですか?」


「すぐには成長しないさ。それに人に害をなすかどうかも分からないさ」


「そうですか」


「悪さをするようなら桃か私が退治するさ」


「なるほど。そういえば妖刀のせいで寝てたんでしたっけ?」


「ああ。妖刀の能力を発動すると寝てしまうのさ。睡眠時間はバラバラだけどね」


「そうなんですね」


セイジは妖刀からあふれ出る霊力をヒシヒシと感じていた。


(すごいな。僕が持っていた依り代の魔剣ぐらいの圧を感じるよ)


「大岩の話はこんなものかね。私が知っている範囲のことは話したさ」


「ありがとうございます」


「それと坊や。桃と友達になってやっておくれ。この子は友達がいなくてね」


「はい。桃さん、よろしくお願いします」


「セイジ君、こちらこそよろしくお願いします」


「桃さんも白砂システムに入ってないんですね」


セイジが大岩に立っている桃に話しかけた。


「はい。私が生れた時はまだ白砂がなかったので。それに私にはいろいろ人とは違う問題を抱えていまして」


「桃さんが生れた時に白砂システムはなかったんですか。何歳なんですか?」


「さあ。1000年近く生きていますから、途中で数えるのもやめてしまいまして正確な年齢は分かりません」


「1000年。桃さんもですか。という事は桃母さんはもっといってるんですか。見た目は桃さんより若いですけど」


「いってるとは失礼だね」


「ごめんなさい」


「いいさ。変な桃を食べたせいで若返り、歳を取らなくなっただけなのさ」


「そうみたいですね。霊力で出来た桃ですか」

(そういえば、緑の魔女のマイラさんは魔力の果物を食べて妖精になってたな)


「そんなもんさ。そういえば相方にあったんだったね」


「はい。少しだけ桃父さんのお話を聞きました」


「そうかい」


「先ほど大岩にも霊力を吸わせていると言ってましたけど、もしかして妖刀にも吸わせているのでは?」


「そうさ。よくわかったね。ああ。坊やも霊体が宿った魔剣を持ってたね」


「そうなんです。その依り代の魔剣は手放しました。もしかしてその妖刀にも精霊か霊体がいるんですか」


「そうさ。あの妖刀も依り代なのさ。とある島で桃が手に入れたのさ」


「そうだったんですね」


「桃も自己紹介がてら、坊やに何か話すといいさ」


「はい。母上」

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