第169話 白壁の切れ目

セイジと美夏みか彩音あやね真菜まなは、巨岩神社の敷地内にある森の中を白壁の切れ目に向かって歩いていた。


そして、真菜の肩には小さなお地蔵ちゃんが座っていた。


美夏ちゃん達とお地蔵ちゃんは会話をながらセイジの前を歩いていた。


セイジは歩くたびにお尻に感じる小石の感触に困っていた。


(ごつごつするな。やっぱり後ろのポケットに入れたのは失敗だったか。シャツにはポケットないし、手に持つのは邪魔だし。そもそも持ち歩かなくちゃいけないかも謎だけど、身に着けていたほうがいいんだろうな)


セイジは先を行く美夏たちの後ろ姿をのんびりと追った。


進行方向右側には街を囲む白壁が木々の上から望めた。


(白壁の向こうには何があるのかな。白壁の切れ目からどんな景色が見られるのか楽しみだ)


美夏が振り返ると、セイジはまたボーッと突っ立ってどこかを見ていた。


「セイジくん。早くおいでよ。置いてっちゃうよ」


「ごめんごめん。景色を見てたら遅れてた。僕のことは気にしないで先に行ってて」


「わかった。セイジくんは放っといて先に行っちゃおう」


「うん」」


美夏たちはセイジを残して森の奥に進んでいった。


セイジが景色を見ながらのんびり歩いていると。


「ぐあっ」


キョロキョロと周りの景色を見ていたせいで、セイジは何かにつまづき転んでしまった。


セイジの叫び声に気付いた美夏たちが振り返った。


「あ。セイジくんがこけた」

「怪我していませんか?」

「大丈夫ですの?」


「うん。平気だよ」


セイジが足元を見ると、ソフトボール大の白い丸石が半分以上地面に埋まっていた。


(石につまずいちゃったのか。危ないなこの石。人が通らない場所に移動させておくか。幽霊のレオナさんを思い出しちゃったな。元気にしてるのかな。幽霊だけど。それにしてもツルツルだな)


「ふんっ」


セイジが力いっぱい石を引っ張ってみたが、石は微動だにしなかった。


(無理か。改めて見ると目立ってるから気づかない人なんていないか)


セイジは白い石をそのままにしてその場を離れ、美夏たちを追った。


セイジが美夏たちの近くに行くと、彼女たちの会話が聞こえて来た。


「林道も境内けいだいと違った雰囲気でいいねー」

「うん。気持ちいいね。深呼吸しちゃお」

「そうですわね。木の香りがいいですわ」


セイジが美夏たちの近くに来た時、異変が起こった。


ブンッ


美夏たちの後を歩いていたセイジは、大気を震わせる今まで体験したことのない波動を感じた。


それは、どこからか放出された霊力の波動が伝わってきていたのだが、セイジには理解できない現象だった。


(ん? なんだ? 美夏ちゃん達は無反応だし。霊力関係かな)


セイジは周りを見渡してみたが特に変化は起きていなかった。


(何もいないか。弱い波動だったけど、気のせいじゃないよね。何もないならいいか)


その波動はセイジのいる場所から、かなり離れたところにある領域から発信されたものだった。


とある領域の霊体が周囲の霊的異変を感じたため、その異変を起こしている霊力のみなもとを調べるため霊力波を周囲に飛ばしていた。


すると、ズボンの後ろポケットに入れていた霊具の小石に反応があり、セイジはお尻にむずがゆい感触を感じた。


(何だかお尻がもぞもぞするな。小石が動いた?)


セイジは足を止めずに、ポケットにしまった霊具の小石を取り出した。


(特に変化はないな。結局この石はなんなんだろうか。霊力の塊なのか霊具なのか。能力が分からないから迂闊うかつに使えないよ。説明書を付けて欲しかったな)


セイジがしばらく小石を眺めていると、小石がおいしそうに見えて来た。


(ん?? あれ? おかしいな。食べ物じゃないと分かっているのに食べたくなってきた。どいうことだ?)


すると、前方から明るい光がセイジの眼に届いた。


(森を抜けるのか。小石を持っていると、いつの間にか食べちゃいそうだからポケットに仕舞しまおう)


セイジは小石をポケットに入れた。


今度はセイジの耳に小さいお地蔵ちゃんの声が聞こえて来た。


「皆さん、もうすぐ白壁の切れ目が見えてきますよ」


「やったあ。もうすぐ森も終わるね」

「楽しみだね」

「私もですわ」

「セイジくん。私たち先に行くね」


「うん」


「いくよーっ。走れーっ」

「おおーっ」」


美夏ちゃん達が全速力で走り出した。



巨岩のあった場所からかなり歩いたセイジたちは、街を囲んでいる白壁の切れ目にたどり着いた。


街を囲む白壁は何故なぜか北西の一部分だけ壁がない。



「着いたー」「着きましたね」「到着ですわ」


美夏たちは垂直の崖のぎりぎりに設置されているさくまで行き、そこに並んでどこまでも続く白い海と砂浜を見下ろした。


「おお。風が強ーい。高ーい」

「砂浜がどこまでも続いてる。一面真っ白だよ」

「あそこに島がありますわ。白い海に浮いている島に行ってみたいですわ」


真菜が近いところにある小島を指さした。


「そうだね。行ってみたいね」

「どうやって降りたらいいんだろ」

「そうですわね」


美夏たちは会話をしながら、しばらく眼下に広がる白い海を眺めていた。


眺めているのに飽きたのか、美夏たちが崖から離れた。


「お腹すいたし、ここで食事にしようか」

「そうしよう」

「お腹ぺこぺこですわ」


この場所には木製のテーブルと木製の長いベンチが3箇所設置されていた。


美夏が率先そっせんして動きだした。


「あそこにテーブルがあるね。みんなで座って食べよう」

「うん」」


「セイジくんはどうするの?」


美夏がセイジに聞いた。


「僕はお腹すいてないから景色を観てるよ。遠慮せずに食べちゃって」


「はーい」


美夏達はテーブルに座って食事を始めた。


「いただきまーす」」」


セイジは食事をすることなく崖に移動し、白い海や白壁の向こうの景色を眺めていた。


(いい景色だなー。ん。白壁は結構分厚いんだな。でっかいビル並みだな。その先は森と山が広がっているのか)


セイジたちがいる場所だけ街を囲む巨大な白壁が切り取られていて、白壁の断面が見ることが出来た。


(いい景色だけど白い海と砂浜と森しか見えないな)


セイジは柵に手をかけ垂直の崖下をのぞき込んだ。


セイジたちがいる場所は海面からかなり高い場所にある。


(結構高いな。街の下に高層ビルが埋まってるんだもんな。砂浜に降りてみたいけど、どうやったらいけるのだろうか)


セイジは辺りを見回したが、下に降りるための階段などはなかった。


(地下への入り口がどこかにないのかな。あとでお地蔵さんに聞いてみようかな)


美夏たちがご飯を食べながら会話に花を咲かせている間、セイジはずっと白い海を見ていた。


「そろそろ帰ろっか。みっちゃん。まなちゃん」

「はーい」」

「今日楽しかったね」

「また来たいね」

「ぜひ。また皆さんとご一緒したいですわ」


美夏ちゃんがセイジに声を掛けてきた。


「セイジくん、帰ろー」

「わかった」


セイジは崖のぎりぎりに立ってもう一度、白い海を眺めた。


「早くー」


美夏ちゃんが呼んでいる。


セイジが美夏たちの所に駆け寄ろうとしたところ、聞き馴染みのある若い男の声がどこからか聞こえて来た。


「やっぱり僕はもう少しここに残るんで、美夏ちゃん達は先に帰っててください」


セイジは思わず立ち止まった。


(え? 誰の声? 僕の声に似てるような)


セイジが周囲を見回したが誰もいなかった。


「わかった。先に帰るね」

「さようならぁ」

「お先に帰りますわ」


美夏ちゃんたちは謎の声に反応し、帰っていった。


「え?」


すると、いつの今にかセイジの足元にいた小さいお地蔵ちゃんが、セイジに話しかけてきた。


「セイジさん。大丈夫ですよ。私も美夏さんたちと帰りますが、また地蔵公園に遊びにきてくださいね」


「はあ」


そう言うとお地蔵ちゃんは真菜ちゃんの元にものすごい速さで走って行った。


セイジは白壁の切れ目に一人残された。


(あの声は何だったんだ? 僕の声だったようだけど)


セイジが崖の方に近寄り、柵に手を掛けた瞬間。


グイッ


「あっ!?」


優しく背中を押されたセイジは崖の下に落ちていった。


「うわああああぁっ!?」

(うわっ。押された? 落ちる? ・・・。落ちてるーっ!? 死ぬの? あ、アンドロイド人間だから死なないはず? でも痛いよね。腕を吹っ飛ばされた時とは比べ物にならないくらいの怪我じゃないの? 瀕死の状態でしばらく動けないんじゃないの? ・・・。絶賛落下中ーっ。まずい。死にますよこれは。砂浜に行ってみたいと思っていたから、誰かが願いをかなえてくれたのかな。でも後ろから押されて落とされるなんて方法とらなくても。乱暴すぎますよー。あれ? そういえば何に押されたんだろ。人だったら気づくはずだし、そもそも僕が気づく前に僕の白砂システムが感知してるはずなのに。どういうことだ? 夢じゃないよね。もしかして霊力がらみなの? わからなーいっ。地面が迫ってきたーっ。激突するーっ)


セイジが脳内であわてふためいているうちに、地面がものすごい速さで近づいてきた。


「っ!?」


セイジが地面に激突する瞬間。 


むにっ


セイジは何かに優しく受け止められて、地面への衝突を回避していた。


セイジがおそる恐る目を開けると、どこからか現れた女性がセイジを受けとめていた。


彼女は鋭い目つきをした大人の女性で、ゆるいウエーブのかかった長い毛は、やや茶色がかった黒色をしていた。


「た、助かった? あ、ありがとうございます」


「いえいえ。どういたしまして。私が偶々たまたまここを通りすがらなかったら、あなたは大怪我をしていましたね」


「そうですね。あなたには感謝してもしきれません」


女性はセイジを砂浜に降ろした。


セイジは白壁を見上げ、セイジがいた場所を確認した。


誰もいない。


(誰が僕を落としたんだろ。運よく助かったけど。何なんだ一体)


すると、女性は何事もなかったかのようにどこかに歩き出した。


(彼女は何者なんだろ。かなりの高所から落ちてきた僕を受け止めるなんて。あれ? 彼女の名前がわからない。彼女は白砂システムに加入してない?)


「あの。お礼をしたいんですけど、取り合えず名前を教えていただけませんか」


「ナンパですか?」


「いえ。違います」


彼女はダボッとしたスウェットシャツとパンツスタイルの黒で統一された、カジュアルな服装をした大人の女性だった。


上着のすその大部分がおしゃれに波打っていて、セイジには説明が難しい上着だった。


彼女は砂浜なのに黒のハイヒールをいていた。


「助けていただいたお礼をしたいだけなんですが」


「そうですか。では私について来てください」


「はあ」


そう言うと彼女は白い海に向かって歩き始めた。


セイジは彼女を追う前に改めて白壁周辺を見渡した。


巨大な白壁と海と砂浜があるだけで、上に登る階段などはなかった。


(垂直な白壁を登れるわけないし、どうやって帰ったらいいんだろ。彼女に聞けばいいか。ここにいたんだから街に戻る方法を知ってるはず。知らないんだったら美夏ちゃんにでも連絡しよう)


セイジは真っ白な砂で埋め尽くされている砂浜を歩き出した。


ザクザク


(思ったより歩きやすいな。それにしても静かだな。上と違って波の音しかしないよ)


セイジは女性を追いかけつつ周囲を見渡した。


海や砂浜が白かったが普通の海岸だった。


(戻れる方法を自分でも探してみるか)


セイジは無意識に後ろのポケットにしまっている小石を確認した。


(それにしても何で落ちたんだろ。誰かに押されたような気がしたけど誰もいなかったしな)


女性は波打ち際でセイジを待っていた。


「お待たせしました。それで僕は何をしたらいいんですか?」


「私について来てくれるだけでいいです」


「はあ。どこに行くんですか? 街に帰るのではないようですが」


「あそこです」


彼女が指さしたのは白い海に浮かぶ小さな島だった。


小島までの距離は100メートルほどで、そこまで浅瀬が続いているようだ。


「はあ。あそこの島ですか。無人島ですよね」


「そうです」


そういうと彼女は海面を歩き出した。


「えっ!?」


彼女は打ち寄せる波を気にもせず、地面を歩くように普通に海面を歩いていた。


彼女が振り返った。


「どうしました? ついて来てください」


「はい」


セイジも海に足を踏み入れたが、そのまま海中に足を突っ込んだ。


(ですよね。彼女は妖怪かな? 魔法使いかな? もしかして忍者?)

「あのう。僕は海面を歩けないですし、波が荒い海を泳いでいくのはきつそうなんですけど。小島まで遠いようですし」


「仕方ありあせんね」


そう言うと彼女はセイジに近づきセイジの両腕を掴むと、無造作に軽々とセイジを持ち上げた。


「うわっ」


「では行きますね」


「助かります」


彼女はセイジを持ち上げたまま、白い海に浮かぶ小島に向かって歩き始めた。


「あのう。質問いいですか?」


「はい」


セイジは彼女の両手で抱えあげられた状態で、後ろにいる彼女に質問をした。


「お名前を聞いていいですか? 白砂システムが反応しないんですけど」


「あなたに名乗る名前はありません。とりあえず、あの島に私と一緒に行けばいいのです。それ以外に用はないのです」


「はあ」

(何なんだこの人は・・・。関わらないほうがよかったのか。今からでもお断りして帰るとするか)

「あのう、帰っていいですか?」


「何いってるんですか。助けたお礼をするのではないのですか? 口だけなんですか?」


「すみません」(力でどうにかなる相手じゃないし、とりあえず島に行ってみますか)



セイジが謎の女性と言い争いをしているころ、小島からその様子を見る者がいた。


(連れて来てくれたようだな。交渉がうまくいったようだ)


その男は顔もおおわれた真っ白な全身タイツを着ていた。


「確かにアレの霊力を持っているようだ。変な霊力もざっているが。会うのが楽しみだよ」


男はそうつぶやくと島の奥に戻っていった。


(出迎えは格好悪いから奥で待つとしよう。それに俺の荷物は奥にあるからな)


小島は木々で覆われていて、人の手が入っていなかった。


しかし、島の奥の森の中にあるちょっとした空間に椅子いすが設置してあり、そこに男が座った。


(何年ぶりだろうか。この地域に来たのは。昔ここにきて何かをした記憶があるが、昔すぎて思い出せないな。まあいいか。彼に会った後で、戻ってきた我がいとしの娘に会いに行くとするか)

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