第170話 全身タイツの男

謎の女性とその女性に抱えられたセイジは、海を歩いて渡り小島に到着した。


(結局、彼女の名前を教えてもらえなかったな)


海辺から少し離れたところでセイジは地面に降ろされた。


「ありがとうございます」


「いえ」


セイジは目の前に広がる小島を見た。


「この島、特に変わった感じはしないですね」


「普通の何の変哲もない島ですよ」


「それでこの島で何をするんですか?」


「私の契約者に会ってもらいます」


「契約者!? あなたはアンドロイドだったんですね」


「はい」


「海面を歩いてたのもアンドロイドだからですか?」


「海水に含まれている白砂を足元だけ固めただけです」


「そうだったんですか。ところでなぜあなたの契約者と会わないといけないんですか?」


「ご主人様があなたのことを知って興味を持ったからです」


「たまたま白壁の切れ目に来た僕を見つけたのですか。目がいいんですね。でも落ちたのは偶然ですよ? 落ちなかったらどうしてたんですか?」


「あなたが白壁の切れ目に来たのは偶然ですが、ご主人様があなたを見たのはここではありませんよ」


「そうだったんですか。どこかで会いましたかね」


「それはご主人様に聞いてください。そうそう。あなたを崖下に連れて来たのは私ですよ」


「えっ!? あなたが僕を突き落としたんですか?」


「違います。人聞きの悪い。あなたは私と一緒に崖を安全に降りたのです。アンドロイドは人に危害を加えることは出来ません」


「はあ。何で透明になって無言で僕と一緒に崖下に飛び降りたんですか。一声かけてくれれば、僕は恐怖を覚える必要はなかったんですが」


「私はあなたがお地蔵ちゃんと呼んでいたアンドロイドに許可を取ってあります」


「はあ。僕に許可を取ってください」


「あなたは地藏公園のお地蔵さんの配下ではないのですか?」


「え。まあ、確かにそう言えなくもないですね。すみません」(正確にはお地蔵さんに宿っている地蔵霊さんの配下なんだけど。まあいいか)


「私はずっとあなたの様子をうかがっていたのですよ。地蔵とは知り合いですから、あなたの情報は筒抜つつぬけです。あなたといつ接触してもよかったのですが、今日ここに来るという事で決行したのです」


「はあ。そうでしたか。だったら事前に僕に声を掛けてくれたらよかったじゃないですか」


「あなたの予定をなるべく邪魔しないように配慮した結果です。もう帰るだけでしたよね」


「はあ。確かにそうでしたけど」


「では行きましょう」


女性が森の中に足を踏み入れた。


セイジは仕方なく彼女の後を追った。


「何でこんなところにあなたの契約者はいるんですか?」


「本来の目的は娘さんに会いに来たのです。あなたはついでです」


「はあ。何で島に? 島に娘さんがいるんですか? ここで待ち合わせとか? 街ではダメなんですか?」


「街でばったり奥様に合わないようにするためだそうです。喧嘩中らしくて」


「ああ。なるほど。奥さんも街に来てるんですか」


「いえ。今はまだ来てないようですが、奥様はいつも娘さんを探していて、必ず会いに来るので街にいると高確率で遭遇するのです」


「そうなんですか。早く仲直りするといいですね」

(いつも探してるって、家出少女なのかな)


「今回の喧嘩けんかは100年近くこじらせているので無理かもしれませんね」


「え。そんなにですか。拗らせすぎてませんかね。何が原因なんですか。って100年!? 何歳なんですか!?」


「私も正確には知りませんので、ご主人様に聞いてください」


「はあ。ちなみに娘さんは若いんですか?」


「いえ。ご主人様の家族はみな大変な長寿と聞いています。見た目も非常に若々しいです」


「そうなんですか。人間ではないのですか?」


「人間だと思います。ご主人様たちはほんの少し人より長く生きているだけです。まあその弊害へいがいが現れていますけどね」


「そうなんですか。何がなんだかわからないけど、とりあえず君の契約者にあってみます」


「ご主人様はあなたを襲ったりはしませんので、軽い気持ちで会ってください」


「わかりました」


セイジたちはさらに奥に進んだ。


しばらく進んだところで森の中にある空間に出た。


そこに彼女の契約者がいた。


「ようこそ。よくきてくれた。私が彼女の契約者だ」


全身白タイツの格好をした男が木の箱を椅子にして座っていた。


「・・・・。こんにちは」(度肝どぎもを抜かれるとはこのことか。顔まで隠れているけど見えてるのかな)


「緊張しなくていいよ。くつろぎたまえ。わっはっは」


全身タイツの男は足を組みかえた。


「さて。君の名を聞いていいかな。私の事は桃父と呼んでくれ。桃は私の娘の名だ」


「そうですか。僕はセイジです」


「そうか。さてセイジ君。君にここに来てもらったのは、ようやく生まれた地藏の領域に選ばれた君に興味があったからだ」


「そういうことですか。という事はあなたも霊力関係の人でしたか」


「まあね。ちょっとそっち方面の感覚が鋭いだけだ。ん? 君は霊具を持っているね。巨岩の領域の霊力を感じるが」


「はい。これです。よくわかりましたね」


セイジはポケットから小石を取り出した。


「ああ。別に驚くことじゃないよ。それ、君にとって重要なのかい?」


「いえ。拾ったばかりですし、使い方もわからないんです。これが何かわかるんですか?」


「大体ね。俺は霊具を集めるのが趣味なだけの霊具収集家だ。霊力の操作はあまり得意ではなくてね。道具に頼っているんだ」


「そうなんですか」


「ちょっと触ってもいいかい?」


「はい」


セイジは桃父に渡した。


桃父は小石を注意深く眺めた。


「これは霊力のたまだね」


「たま? ですか」


「ああ。これを巨岩の領域内で拾ったのかい?」


「はい。巨岩の霊体が現れまして、なぜかこれを落としていきました」


「へえ。君はこれが何か見当はついているんだよね」


「はい。霊力の塊ではないのですか?」


「そうさ。ところで君はこれを持ってて何か異変は起きたかい?」


「えっと。その石を食べたくなりました」


「そうか。君は妖怪に会ったことはあるかい?」


「妖怪ですか。恐らくですがあると思います。外国で八頭霊蛇はっとうれいじゃと言うヘビの魔獣と戦った時に出会った女性が、自分で妖怪だと言ってましたね」


「何っ!? 八頭だとっ」


「はい。数人がかりで倒したと思ったんですが、小さな塊になって逃げて行きました。めちゃくちゃ大きくて強かったですね」


「そうか」


桃父さんは難しそうな顔をして何やら考え始めた。


(どういうことだ。あいつと何か関係があるのか? いや、八大龍王の首領しゅりょうである八頭には、厳重な封印がほどこされているはずだ。一度確かめに行った方がいいか)


「あのう。どうしました?」


「いや。なんでもない。外国にも似た名前のヘビがいるのだなと思ってな」


「そうなんですか。ここにもヘビの妖怪がいるのですね」


「ああ。ヘビというか龍だけどな。実は八島の大地には八大龍王と呼ばれる8体の竜が封印されている。そいつらのせいで八島がほろんだんだけどな」


「ええっ。そんなヤバい龍がいるんですね」


「ああ。今も封印はしっかり機能している。安心しろ」


「よかったです」


「それでどんな妖怪に出会ったんだ?」


「水色の髪で白い服を着た、氷の魔法を使う女性でしたね。確か名前はリッカです」


六華りっか? そいつはもしかして雪女じゃないのか?」


「そう言われてみればそんな感じでしたね。ご存じなんですか?」


「ああ。雪女の中で最強と呼び声の高い女性だ。大昔に転移事件に巻き込まれたらしくて行方不明だったんだ。外国にいたのか」


「転移事件とはなんですか?」


「いわゆる神隠しだ。一昔前に八島各地で頻繁ひんぱんに起こってな。最近は収まっている様だが。霊力溜まりで起こると言われているな。一番大きい転移事件がとある地域が丸ごと消えた奴だな」


「街単位で人が消えたってことですか」


「ああ。そこは暴れたり盗みなどを働いたるする凶悪な鬼の一族が住む地域でな。近くの山奥に住んでた雪女も巻き込まれたようだ」


「鬼? リッカさんと出会った時に鬼の女性も一緒にいましたね。そういえば鳥居を使った結界を張ってました」


「へえ。だとしたらその鬼はその地域にいた鬼か、その子孫かもな」


「その人たちはここの出身だったかもしれないんですね」


「かもな。他にも有名どころでは、極悪な鬼や女郎蜘蛛、化け狸の親玉やらが転移事件に巻き込まれてるな。妖怪は霊力の濃い土地にいるからな」


「そうなんですね」(僕が出会った鬼さんと蜘蛛の女性のことか。ここに戻れなくなったって言ってたな)


「話がそれてしまったが、妖怪の体内には霊力の塊である珠がある。それを喰って妖怪化する奴もいる」


「えっ。僕が食べてたら妖怪化してたってことですか?」


「そうなるな。よかったな。食い意地が張ってなくて」


「はい。助かりました」


「まあ、君は地蔵霊が何か対策してたと思うがな」


「はあ。そうでしょうか」


「ということで、この小石を俺にゆずってほしいんだ。彼女と交換でどうだろう」


桃父さんが僕の隣に立っているアンドロイドの彼女を見た。


彼女は無表情のまま立っていた。


「え。いやいや。交換ではなく小石をあげますよ。アンドロイドは貴重なんですよね」


セイジは慌ててそう提案した。


「確かにアンドロイドは貴重だが、この霊力の珠はもっと貴重だぞ」


「そうかもしれませんが」


「では決定だ。セイジ君。彼女と契約してくれ。彼女に触れてくれればいい。それで契約者の変更が成立する」


「いきなり契約と言われましても」


「ご主人様。大丈夫です。契約はいつでもできる状態です。私が彼に触っています」


「おお。そうか。それはよかった」


「確かに触られて強引にここまで連れてこられましたけど、押し売りがすごすぎませんか。他に何か目的があるんじゃないですか?」


「ないぞ。アンドロイドを使って悪さなんてできないよ」


「そうです。私との契約を断るなんて失礼じゃありませんか? お礼がしたいと言ってましたよね」


「え。そんなこと言われましても。はあ。僕ははめられたも同然じゃないですか。もう拒否できなくなってるし」


「わはは。あきらめたまえ。契約して君に何も損はないだろ。むしろ得しかない」


「そうかもしれませんが、初めて出会った怪しい人から貴重なものをもらうなんて疑う事しかできませんよ」


「私をモノ扱いですか。ひどいですね。新しい契約者は」


「え。もう契約したことになっているんですか」


「はい。ご主人様」


「・・・」


すると桃父さんが組んでいた足を降ろしてセイジに言った。


「私が怪しく見えるか」


「はい。全身タイツですし。顔が見えないですし」


「さすが霊力を持っているだけはあるな。この全身タイツは霊具だ」


「そうなんですね」


「物欲しそうな顔をしても、これは流石さすがにやれんぞ」


「いえ。いらないです」


「そうか。君は見込みがあるな。立派に地蔵霊の元で成長してくれたまえ」


「はあ。それはどうでしょうか」


「私は人を見る目はある方だと思っているよ。能力のある若者は歓迎だ。いつまでも年寄りが出しゃばってはいかんしな。君を俺の後継者に指名しよう」


「はあ。指名されても困りますし、後継者にはなれません」


「そうか。それは残念だ。弟子を育てることが俺のやるべきことだと思ったんだが」


「奥様と仲良くしてください」


「くくく。痛いところを突かれたね。娘の件が片付けば仲直りするつもりだ」


「はあ。そういえば娘さんがこの街に来ているんでしたっけ」


「ああ。娘は岩の霊具に拘束されていてね。世界中を転移しているんだ。まあ、娘がその気になればその拘束は無効化できるのだが。事情があってね」


「はあ」(ん? 聞いたことある話だな。もしかして岩に立って寝ていたあの女性なのか? という事はあの時出会った白髪の女性がこの人の奥さんなのか)


「折角だから俺の話をしておこうか。少しは俺が怪しい人間ではないと思ってくれたらいい」


「はあ。そもそも人間なんですか?」


「俺は正真正銘普通の人間だよ。少々長生きだがね。千年くらいかな」


「千年!? どう考えても普通の人間じゃないですよ」


「わはは。そうかもな。まあ元人間でもいいけど。霊力量が多いだけで特別な能力は何も持ってないから普通の人間と変わらないんだけどな。そうそう、ここにいる理由は妻に見つからないように逃げてるだけだ。わはは」


「はあ」


「ということで少し私の昔話を聞いてくれないかな。訳あって人と話すのは久しぶりなんだ。実はこの全身タイツの霊具は自分では脱げないんだよね。穴がない」


「え。大変ですね。どうやって着たんですか」


「霊力を流したら一瞬で装着したよ。この霊具には気配遮断けはいしゃだんの能力が付与されていてね。街を歩いても気づかれないんだ。霊能力者には気付かれるんだけどな」


「そうなんですね」


「おっと、また話がずれたな。セイジ君は桃太郎って御伽噺おとぎばなしを知ってるかい?」


「はあ。桃の中から赤ちゃんが生れたという」(この世界にも似たような話があるんだな。でも魔力や霊力があるから現実味があるか)


「桃から人は生まれないよ(笑)」


「え。まあ、そうですね」


「実は最初に書いたのは俺なんだ。実体験をもとにかなり脚色して書いてるけどね」


「えっ。実体験!? それに作家だったんですか」


「まあね。最近は書いてないけど。俺と妻が食べた桃。あれは領域から排出した余分な霊力が、桃の実に宿ったものだったんだ」


「そうだったんですか」


「君は地蔵霊から霊力をもらってるよね」


「はい。そんなことまでわかるんですか」


「まあね。一応専門家の端くれだからね。ただ霊具を集めているおじいちゃんじゃないのさ」


「そうだったんですね」


「君も俺たちと同じで、地藏領域の余分な霊力を自分の体に取り込んだわけだ」


「はあ。僕は大丈夫なんでしょうか」


「まあ、大丈夫なんじゃないかな。俺たちも平気だったし」


「はあ」


「桃の実の能力は『若返り』だったね。所謂いわゆる、不老長寿さ。不死かどうかはわからない。確かめようがないからね。若返った二人から子供が生まれるわけだが、実際に生まれたのはその日から数年後だったけどね。若返った二人は舞い上がってしまって家を飛び出していったからね。その子が俺たちの娘である桃だ。可愛い名前だろ。妻は服を買いに街へ。俺は・・・。ともかく二人が再開するのに数年かかったよ。それぞれ何をしていたか話すと時間がかかるから話さないけど、妻は川を上って桃の木を探しに行ったりしてたらしいよ。それはともかく、君が取り込んだ霊力は人体に害はないが他人に害があるかもしれない。あるいは君が他人と若干違う存在になってしまうかもしれない。特別なのか特異なのかはこれからわかるだろう。君自身で確かめるしかない。発現する能力は私でもわからない。何せ地蔵公園の霊体にとって初めて排出した霊力なのだから。君を観察させてもらうよ。君に気付かれないように。君の邪魔にならないように」


(桃。不老長寿。やっぱり彼女の旦那さんか)

「僕を観察するためにアンドロイドの彼女と契約させたのですか?」


「まあ、そうだね。君と地蔵公園の霊体がどんな成長をするか、安定するまで見ていないとね」


「わかりました。僕も僕自身が心配なので彼女と契約することにします。もうしてますけど」


「そうか。ありがとう。彼女は地藏とは昔からの知り合いだから、地蔵との連絡はいつでも取れるよ」


「そうみたいですね」


「地蔵の契約者は知ってる?」


「いえ。知りません」


「そうか。いずれ知ることになるだろう。可愛いからって手を出さないでくれよ。という事でもう帰っていいよ。来てくれてありがとう。彼女を大切にしてくれ。思い出は大切にしろよ」


「思い出? はあ。そうですね。桃父さんは早く奥さんと仲直りしてください。では失礼します」


セイジはアンドロイドの彼女とともにその場を後にした。

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