第167話 御屋形様

今日もお地蔵さんがいる地蔵公園をたくさんの人々が訪れていた。


セイジの近所に住む美夏みかと、その友達の彩音あやねも地蔵公園に遊びに来ていた。


お昼時の地蔵公園では、お弁当を持参した人たちがいたるところで食事をしていた。


美夏と彩音もお地蔵さんの近くにあるベンチで食事をすることにした。


美夏たちは自分たちで用意した小さなお弁当箱を持ってきていた。


美夏たちは地蔵公園を訪れている人たちを眺めながらお弁当を食べ始めた。


美夏の視線の先に、お地蔵さんと記念写真を撮る人たちがいた。


最近の地蔵公園と言えば、ある時期から心霊写真が写ると話題になっていて、お地蔵さんと記念撮影をする人が増えていた。


お地蔵さんとの記念撮影を終えた人たちが美夏たちの前を通り帰っていった。


「また来てくださいねー」


「じゃあねー。お地蔵さん」

「またね」


地蔵霊がお地蔵さんの頭上に姿を現し、領域内にいる人たちの感情によって生まれた霊力の飛沫ひまつを満足そうに眺めた。


「綺麗な光景ですね」


お地蔵さんが地蔵霊に話しかけた。


(感情の霊力は霊体のエネルギー源じゃ。まあ、確かに美しくはあるか。ところで地蔵は食事をどうしてるのじゃ? 食べてるところをみたことないが。ずっと成長しておらぬし)


「エネルギーは光などでおぎなっています。私単体でではないですが。それから私の容姿は私の契約者の趣味です。いつか変化するかもしれませんよ」


(そうか。それは困ったことじゃのう。契約者とやらと話をせねばならん)




お昼の地蔵公園には長閑のどかな雰囲気がただよっていた。


お地蔵さんの隣にあるベンチでは食事を終えた美夏が眠たそうにしていた。


「眠たい」


美夏は手で目をゴシゴシしていた。


「お家に帰って寝なさいな」


隣に座っている彩音が美夏にいった。


「私、お地蔵さんのそばで少し寝るね。あっちゃんはどうする?」


「じゃあ、しばらく散歩してるね」


「うん」


彩音はベンチから立ち上がり海を見るために白壁に向かった。


美夏も移動してお地蔵さんの足元に座り、お地蔵さんに寄りかかって寝始めた。


「う〜ん。まぶしい。お地蔵さん、何とかしてお願い」


「困った子ですね。わかりました」


するとお地蔵さんのスカートが伸びて美夏を包み込んだ。


「ありがとう。お地蔵さん」


美夏はお地蔵さんのスカートの中で眠りについた。




しばらくして美夏が目を覚ますと、お地蔵さんが誰かと会話している声が聞こえてきた。


「そうなんですか。彼女も大変ですね」


美夏がスカートの中からい出てきたが、そこには誰もいなかった。


「誰としゃべってるの?」


「あっ。声が駄々漏れでしたか。設定変更してませんでした。海峡の対岸にいる子とおしゃべりしてました」


「あのおっきいお姉さんと話してたの? 友達なの?」


「そうなのです。昔からの知り合いでして」


「そうなんだ。あのお姉さんってどれくらい大きいの?」


「それはですね。・・・。許可が出たので、彼女の原寸大映像をここに写しますね」


ピカー 


美夏の前に巨大女子高生が出現した。


地蔵公園を訪れていた人は、突然のことに一瞬驚いたがすぐに落ち着きを取り戻した。


「こんにちは。美夏ちゃん。私、佐那さなよ」


「でっか!?」


「ちょっと。女の子にその言葉はないと思うわ」


「ごめんなさい」


「気を付けてね。いつか私の所に遊びに来てね」


「うん。絶対行きます」


「待ってるよ」


「ありがとね。佐那さな。じゃあ映像消すね」


「うん。また連絡するね」


「はーい」


地蔵公園から巨大女子高生の映像が消えた。


「あの女の人とお地蔵さんは同じなの?」


「そうよ。同じ製品だよ」


「へえ。でも大きさぜんぜん違うよ」


「そうね。どれくらいの大きさにするかは購入者によるから」


「そうなんだ」


「これが購入時の大きさよ」


お地蔵さんの手にソフトボール大の白い玉が乗っていた。


「へえ。初めて見た。これがお地蔵さんになるんだ」


「そうよ。これが購入者の希望で人や動物などに変化するの。見た目が違うだけで同じ性能を持ってるわ」


「大きさは関係ないんだね」


「そうね。特別な理由がない限り関係ないわね」


「彼女を作った人は何であんなに大きくしたんだろ」


「男の浪漫ろまんね」


「浪漫かあ」


お地蔵さんは、巨大女子高生の元にスーツを着た男性が近づいてきているのを察知した。


「ちょうど佐那の契約者が来たみたいだね」


「契約者? お地蔵さんにも契約者いるの?」


「いますよ。いないと動いていませんから。そうなると正真正銘地蔵ですね」


「どこにいるの? 私、会った事ある?」


「ないとおもいますよ。あの方はいつも旅をしてますから」


「さみしくないの?」


「そうですね。いつものことですから。でも絶対に帰ってきてくれますよ。ただ契約解除されてないだけかもしれませんが・・・。少々不安になってきました」


「きっと大丈夫だよ。お地蔵さん素敵だから。契約解除されたら私がもらうから」


「ありがとう。そうなったらよろしくね」


「うん。ちょっと行ってくる」


美夏が巨大女子高生が見える白壁に向かった。


そこには彩音もいた。


「起きたんだね。みっちゃん。どうしたの急いで」


「女子高生のお姉ちゃんの契約者が来てるんだって」


「契約者?」


美夏たちが海峡の向こう側の対岸に座っている巨大女子高生を見ると、スーツを着た男が巨大女子高生のひざの前に立っていた。


「あ!? あの子の足元に誰かいる」

「本当だ。大人の男性だね」


「彼が契約者ですね」


二人の耳にお地蔵さんの声が聞こえて来た。


「スカートをのぞいてるっ!?」


美夏が柵から身を出して叫んだ。


「そう見えなくもないですね」


「そういえばお地蔵さんにも名前あるの?」


「もちろんありますよ。契約したときに付けられましたから」


「教えてくれる?」


「ええ。山桜桃ゆすらと言います」


「へえ。ゆすらさんかあ。可愛いね」


「ありがとうございます」


美夏たちが暫く見ていると、スーツの男はどこかに行った。


巨大女子高生が美夏たちに手を振ってきたので、美夏たちも手を振り返した。



すると地蔵公園に美夏たちと同じ年齢の女の子がやって来た。


「ごきげんよう」


「こんにちは。真菜まなちゃん」


真菜ちゃんは黒髪ロングの大人びた子だ。


「お地蔵さん。私のメイドにならなくて? あなたは私にぴったりだと思うの」


「ありがたい申し出ですが、わたしは動けないのです。だからお手伝いできません」


「なんてこと!? わかったわ。ではここに家を建てることにしますわ」


「っ!?」


「んー。まずお金を貯めませんといけませんね。お父様、出してくれるかしら。いえ。私が何とかしてみますわ。とりあえず予約しておきますか。先を越されないとも限りません。斬新過ぎるアイデア!! 我ながら素晴らしい。予約は私が一番ですよね?」


「この公園は個人が所有できませんよ」


「なんですって!? 誰と交渉すればいいのですか?」


「誰でしょうね。為政者いせいしゃはいませんからね。現在、昔の公有地は取引が出来ないのです」


「そうなのですか。困りましたわね。そうですわ。白砂システムの管理者ではだめなの? どこにいるの?」


「白砂システムの管理者が土地の交渉をしてくれるとは思いませんが、いるとしたら元首都ですかね。正確な情報は私も持っていません」


「首都ですか。それは困りました」


真菜は少し考えを巡らせたが何もいい考えが浮かばなかったので、別の話題に移ることにした。


「気付きましたの」


「何をですか?」


「私、いつも一人だなって。生まれてからずっと。それがあたりまえだった。寂しいと思ったことはなかった。それが普通だったから。でも待ってては駄目だって気づいたの。自分から動きださないと何も変わらないって」


「そうなんですか。私もここに設置されてからずっと一人ですよ。でもあなたや地域の皆さんが訪れてくれますので寂しくありませんよ」


「わたし!? わたしのおかげ!!」


「はい」


「やはりメイドにするしかありませんね。そうだ。一緒にどこか行きましょう」


「私、動けませんよ」


「大丈夫。ちっちゃい分身でいいから。それに会話機能を付けてくださいまし。それくらいできるのでしょ? 聞きましたよ。小さい女の子にあなたの姿をした人形を渡したと」


「そうですね。ではお供させていただきます」


お地蔵さんが肩の上に小さい地蔵ちゃんを作り出した。


「ではここに」


真菜が手のひらを差し出した。


小さいお地蔵ちゃんが真菜の手のひらに跳び乗った。


「っ!? か、かわいい。やはりお地蔵さんを我が家に向かえます。では参りましょう」


真菜が手のひらにいる小さい地蔵ちゃんを鷲づかみにした。


「ぐえっ」


「あら。失礼。そういえば本体のほうはどうなってますの?」


「通常営業ですよ。並列思考で対応いたします。ところで真菜さんのお家に向かわれるのですか?」


真菜はそれには答えずに地蔵公園の内陸側の端まで走っていった。


地蔵公園は高い丘の上にあり、そこから下に広がる白壁に囲まれた緑豊かで広大な平地が一望できた。


「巨岩神社。あそこに向かいたいと思います」


真菜が指差した先に巨大な岩が鎮座しているのが見える。


「かなり遠いですね」


「そうですわね。ですからお地蔵さんと一緒に行きたいの」


そこへ美夏みか彩音あやねがお地蔵さんの所に戻ってきた。


美夏が地蔵公園を囲む柵の前にいる真菜を見つけた。


「おーい。まーちゃん。何やってるの?」


美夏と彩音が走って真菜の所に向かった。


「お二人ともごきげんよう。巨岩神社に参拝にいこうかなと思ってます」


「そうなんだ。そうだ。私たちも一緒に行っていい?」


「いいですけど、3人で?」


「セイジくんって人も一緒でいいかな。近所に住んでる暇人なんだけど、セイジくんも巨岩神社に行くかもって言ってたから」


「そうでしたの」


真菜は美夏と彩音の首に掛かっている同じネックレスを目ざとく見つけた。


「美夏さんと彩音さんはおそろいの鳥居のネックレスをしているのですわね」


「お地蔵さんに貰ったの。お地蔵さん、真菜ちゃんにもお願い」


「はいどうぞ」


「まあ、ありがとうございます」


真菜もお地蔵さんから青い鳥居が付いたネックレスをもらった。


「では、セイジくんをさそってから巨岩神社にいこうか」


美夏が音頭を取り行動を開始した。


「うん」

「はい」


美夏たちはセイジが住む地蔵公園の地下にあるマンションに向かった。





しばらくして、白い着物と赤いはかまを着こんだ妙齢みょうれいの女性が、地蔵公園に向かうなだらかな坂を4人の従者とともに歩いていた。


御屋形様おやかたさま。もう少しで到着します」


「そのようですね。強い霊力を感じます」


御屋形様と呼ばれた女性は白髪金眼で、長い髪の毛を後ろで一つにたばねていた。


そして、すずやかな切れ長の目を持つその女性は、軽く微笑みをたたえていた。


彼女の身には数珠じゅずやネックレスや腕輪や指輪など、いくつもの装飾品が光輝いていた。


なによりその女性は圧倒的な霊力を内に秘めていた。


いつも歩く道にある巨大な石のような静かな存在感を持つ御屋形様を、同じく地蔵公園を訪れようとしていた地域住民たちが自然と避けて歩いていた。


(久しぶりの領域の誕生。どんな霊体が生まれたのかしら)


御屋形様は坂の上に見える鳥居に視線を向けた。



すると地下への入り口からセイジたちが現れ、御屋形様たちの前を横切ろうとしたた。


御屋形様は、目の前を歩く若い男に興味をかれ話しかけた。


「君。地蔵公園ってどこにあるか知ってますか?」


「え。あ、はい。このまま坂を登って行ったらすぐ着きますよ」


「そうでしたか。親切に教えてくれてありがとう」


セイジは声を掛けられて初めて、近くに着物を着た女性がいることに気付いた。


(びっくりした。すごい霊力を持ってるのに気が付かないなんて。こんな人に初めて出会った。まるで人ではないような不思議な存在感だな。でも力強くて温かい。何者なんだろ。それにしても装飾品がすごいな。霊具みたいだけど)


セイジは思わずその女性を観察しようと無遠慮な視線を向けたが、すぐに従者が御屋形様の前に立ちはだかった。


御屋形様はセイジの視線を全く気にせず、優雅にたたずんでいた。


「いえいえ。では失礼します」


セイジたちは御屋形様たちと別れ、巨岩神社に向かった。


御屋形様はその場でセイジたちを見送った。


御屋形様はセイジの霊力に瞬時に気付いていた。


(あの男の霊力はこれから向かう領域と似てますね。あの領域の関係者なのでしょか)


「あの男を調査してみてください」


御屋形様は従者に命じた。


「はい」


従者の一人がその場を離れ、セイジたちを追っていった。



御屋形様が従者を伴って地蔵公園を訪れ、地蔵公園の鳥居をまたいだ。


その瞬間。


ズンッ


御屋形様に見えない圧力がのしかかったように感じた。


(ふふっ。手荒い歓迎ですね。なかなかの霊力を持った霊体が生まれたようです。やはり霊体の眼はごまかせませんか)


御屋形様は霊体を刺激しないように慎重に歩を進めた。


(これ程の霊力でも一般の人は気付いていませんか。霊力とは不思議なものですね)


御屋形様の耳に公園を訪れている人たちの長閑のどかな声が響いてきた。


すると特別な霊力の気配を感じて御屋形様はその方向を見た。


そこにはお地蔵さんがいて、お地蔵さんの頭に立っている霊体が目に入った。


(あれがこの領域の霊体ですか。そして地蔵が依り代のようですね)


従者たちは領域内の霊力に圧迫感を感じおびえていた。


「みなさん。緊張しなくてもいいですよ。いきなり襲ってきたりはしないようですから」


「はい」」」


「それから、あの依り代の地蔵についても詳しく調べてください」


「わかりました」


御屋形様たちは地蔵霊やお地蔵さんたちと接触することなく地蔵公園を散策し、地蔵公園を後にした。




地蔵霊は御屋形様が領域内に入る前から存在を認識していた。


(何じゃ、あの下品な霊具の霊力は。さすがの私でも胃がもたれるぞい。しかしこの地域にあれほどの大物がひそんでいたとはのう。まあよい。それよりも)


地蔵霊はセイジに渡した霊具の位置をさぐった。


(やはり霊具がいつもとは違う場所を移動しておるな)


地蔵霊はセイジが首にかけているネックレスを通して、巨岩神社を目指すセイジご一行を感じとった。


(ふむ。ようやくあの領域に向かったか。あの領域の霊体の反応が楽しみじゃわい)

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