第165話 ご近所さん

セイジは今日も今日とて地蔵公園に行くことにした。


セイジは地下のマンションの部屋を出て、地上にある地蔵公園を目指して階段を登っていった。


地上に出てなだらかな坂を登っていくと、そこに地蔵公園がある。


セイジが地蔵公園の入り口にある鳥居をくぐると、セイジは不思議な感触に包まれるのを感じた。


(空気が変わった。ダンジョンで感じた感覚とは少し違うような気がするな。穏やかな雰囲気が流れている。魔力と霊力の違いなのかな。それとも領域のでき方の違いなんだろうか)


セイジが地蔵公園の広場を横切り、お地蔵さんがいるほこらに向かっていると、セイジの前方をえっちらおっちらとお婆さんがお地蔵さんの所に向かって歩いていた。


(先客ですかね)


セイジはそう思い、お地蔵さんの近くにあるベンチに座った。


今日のお地蔵さんの服装は、黒いロングTシャツにカーキ色のゆったりとしたロングスカートをいていた。


お地蔵さんが目の前に来たお婆ちゃんに話しかけた。


「こんにちは。お婆ちゃん」


「はい。こんにちは」


「今日もいい天気ですね」


「晴れもよし。雨もよしじゃ」


「そうですね」


「今日はあんたに土産みやげを持ってきたんじゃよ」


「そうなんですか?」 


「赤い前掛けじゃ。うむ。よくにあっておる。さすがわしじゃ」


お婆ちゃんによってお地蔵さんに赤い前掛けが掛けられた。


「素敵ですね。ありがとうございます」


次に、お婆ちゃんは汚い雑巾を装備した。


お婆ちゃんが背筋を伸ばし、お地蔵さんの顔をぐりぐりき始めた。


「お婆ちゃん。綺麗にしてくれてありがとね」


「ふぉっふぉっふぉ」


するとお婆ちゃんは何を思ったか、お地蔵さんのスカートをめくった。


「きゃっ。あの、お婆ちゃん?」


「気になさんな」


お婆ちゃんはスカートの中にもぐり込み、お地蔵さんの太ももをゴシゴシと拭きだした。


一通りお地蔵さんを綺麗にしたお婆ちゃんは、満足そうな顔を浮かべて一息ついた。


そして、お婆ちゃんがお地蔵さんの足元に何かを置いた。


おはぎと飲み物のようだ。


(お供え物か)とセイジは思った。


「お婆ちゃん。いつもお供え物ありがとう」


「ワシの手作りじゃ」


「手作りおはぎなんですね。美味しそうです」


するとお婆ちゃんはお地蔵さんの脚に寄りかかり、おはぎを食べ始めた。


「もきゅもきゅ。むしゃむしゃ。ずずずーっ」


(お供え物じゃなかったのか。まあいいけど)


セイジは地蔵公園の長閑のどかな景色を見ながら、時間が過ぎるのを待っていた。


お婆ちゃんはゆっくりと時間をかけておはぎを食べ、帰っていった。


お地蔵さんが暇になったようなのでセイジはお地蔵さんの所に行った。


「こんにちは、お地蔵さん」


「こんにちは。セイジ君」


セイジはお地蔵さんの頭の上を見たが、お地蔵さんに宿っている地蔵霊さんは出てきていなかった。


「お地蔵さんはアンドロイドなんですよね」


「そうですよ。私のことをアンドロイドだと認識している人はほとんどいませんけどね。遥か昔に製造中止になっていますから」


「そうみたいですね。そういえばお地蔵さんにも契約者さんはいるんですか? それともいないからここにずっといるんですか?」


「契約者はもちろんいますよ。いないとそもそも動きませんからね」


「そうなんですか。どこにいるんですか? お地蔵さんをほったらかしにして」


「私の契約者は仕事柄あちこちに行かないといけないので忙しいのですよ。それにここに私がいることにも意味があるらしいですよ」


「そうなんですか」


「セイジ君は私の契約者にすでに出会ってますよ」


「えっ。そうなんですか。誰なんだろ」


「私が契約者ことを許可も得ずにセイジ君に伝えることは出来ませんが、いずれ知ることになるのではないでしょうか」


「そうですか」


「そうそう。セイジ君に渡すものがありました」


「なんですか?」


「セイジ君の冒険者ギルドカードですよ」


「え。ああ。そういえばくしてましたね」


お地蔵さんが手を突き出すと手のひらに冒険者ギルドカードがあった。


セイジはそれを受け取った。


「海に落ちたはずなんですけど、誰かが拾ってくれたんですかね」


「まさか。管理者側が復元したんですよ。雲の壁で粉々に分解しましたからね」


「え。冒険者ギルドカードは偽造不可能と言ってましたよ」


「カードは白砂製ですからね。簡単に複製できるのです」


「そういえばそうでした。ありがとうございます」


セイジは冒険者ギルドカードをポケットにしまった。


「冒険者ギルドカードの機能もそのままですから、入金されているお金も使えますよ。もちろんここでも使用可能です」


「そうなんですか。助かります」


するとそこにセイジの近所に住む、中学生の美夏みかちゃんとその友達の彩音あやねちゃんがやってきた。


美夏ちゃんは黒髪ベリーショートの活発な子で、彩音ちゃんはボブカットののんびりした性格の子だ。


「あ、セイジ君も来てたんだ」


美夏ちゃんがセイジに気軽に話しかけて来た。


「こんにちはセイジさん」


彩音ちゃんもセイジに挨拶をした。


「二人ともこんにちは」


セイジも二人に挨拶を返した。


美夏ちゃんの両親が一人暮らしのセイジを何かと気に掛けてくれていて、美夏ちゃんとも親しくなった。



美夏ちゃんと彩音ちゃんとお地蔵さんでおしゃべりが始まった。


再びセイジはそばのベンチに座り、のんびりとした時間を過ごしながら、これからのことを考えることにした。


(どうしようかな。目的がなくなっちゃったな)


すると、一通りお地蔵さんとおしゃべりをした美夏ちゃんが、セイジに話しかけて来た。


「セイジ君。私たち海を見に行ってくるね」


「うん。いってらっしゃい」


美夏ちゃんと彩音ちゃんは海を見に白壁の端に向かって歩いて行った。


セイジが公園を見渡すと、お地蔵さんの前の広場の砂地で、おままごとをしている子供たちがいた。


泥団子を作っているようだ。


泥団子を完成させた子供がお地蔵さんに近寄ってきた。


「お地蔵さん。これ食べてー」


子供がお地蔵さんに泥団子を差し出した。


お地蔵さんは笑顔でそれを受け取った。


「上手にできたね。むしゃむしゃ。がりがり。おいしい」


「泥団子は食べちゃだめだよ」


「・・・はい。そうですね」


子供は満足したのか、みんなのところに帰っていった。


すると他の子どもたちもやって来て、お地蔵さんの足元に泥団子のお供え物を大量に置いた。


「これも食べていいよー」

「全部食べてね」


「ありがとう。あとで食べるね」


「うん。じゃあ、帰るね。さよなら」

「お地蔵さん、さよなら」」


「みんなさようなら。気を付けて帰ってね」


「うん」」」


子供たちは帰っていった。


さらに別の女の子がお地蔵さんの所に来て真剣な表情で手を合わせた。


「アイドルになれますように」


セイジの所にまで女の子の声が聞こえてきた。


情熱がこもった想いが伝わってくる。 


その時、その女の子から淡い光が立ち昇った。


もわもわ~


「その想いを大切にして頑張ってね。応援するわ」


「ありがとう。お地蔵さん」


女の子は走ってどこかに行った。


セイジだけがその光に気付いていた。


(何だ? あれが霊力かな)


「なんでしょうか。解析不能な何かが彼女から出てきたように見えました」


お地蔵さんにも見えていた様だ。


(依り代になったから霊力が見えるようになったのかな)


すると、地蔵霊さんの声が聞こえてきた。


(美味しそうな強い想いじゃの。頂こう)


女の子の想いがお地蔵さんの中に入っていった。


お地蔵さんの胸元から地蔵霊さんが現れた。


「なんか出ました!?」


お地蔵さんが驚いていた。


人っぽい半透明な霊体である地蔵霊さんはお地蔵さんの上に移動した。


「あなたは何ですか?」


お地蔵さんは頭の上にいる地蔵霊さんに質問した。


(お地蔵さんは今まで気づいていなかったのか)


セイジは聞き耳を立てていた。


地蔵霊さんはお地蔵さんから上半身だけ出していた。


(私は地域住民の『想い』の集合体で、霊体という存在じゃ)


「霊体さん・・・。なぜ私の中から?」


(地蔵。おぬしは私の器。危害は加えない。安全を保障する)


「はい。もしかして幽霊さんですか。初めて見ました」


(違うぞ。じゃが似たようなものではある。格が違うがのう。私は地域の『想い』が濃縮して生まれた霊力生命体じゃ。この地域は私の支配領域となり、私の保護下にある)


「はあ。そうなのですか。なぜ人の姿をしているのですか?」


(領域内の生命体の影響を受けた結果がおぬしが見ている姿じゃ)


「そうなんですか。何で機械の私に見えるのですかね。人間にも見えるの?)


(地蔵が私を見えるようになったのは私の一部だからじゃ。普通の人間にはみえぬ。ごく一部の人間には見える。そこのセイジのようにな)


お地蔵さんがこちらを見た。


セイジはお地蔵さんに頷き返した。


「そうですか。不思議なことがあるのですね」


(不思議ではない。どこにでも起こる自然現象じゃ。気付くかどうかだけじゃ。そもそも地蔵の契約者は霊力の専門家ではないか)


「確かにそうですが、今まで私には見ることは出来ませんでしたので、今初めてご主人様が言っていた言葉の意味が理解出来ました」


セイジはベンチから立ち上がり地蔵霊さんに話しかけた。


「地蔵霊さん。そういえば守護者がいないようですがなぜですか?」


「守護者?」


「地蔵霊さんを守護する存在ですよ。お地蔵さん」


「ああ。セイジ君の旅で出会った霧の森のダンジョンの白蛇さんみたいな方のことね」


「はい。そうです。お地蔵さんも僕のことを知ってたんですね」


佐那さなと一緒にたまに見てましたから」


「そうでしたか」


(そろそろいいかの)


「あ。すみません。地蔵霊さんをほったらかしにして」


(構わん。それで守護者じゃが守護者に相応ふさわしい生命体がここにはいなかったのでな。私が直々に創ることにした。依り代である地蔵の力も借りようと思っておる)


「私の力ですか?」


(うむ。地蔵は私の物じゃからな)


「それは違うと思いますが」


「守護者を創るんですか」


魔力の霊体ではそのような事例がなかったのでセイジは驚いていた。


(うむ。待っておれ。そのうち目にすることになろう)


「はい。楽しみにしてますね」


(それにしてもセイジは感情が少ないな。少しも腹の足しにならんぞ。情熱を爆発させるのじゃ)


「すみません。そういう欲望をあまり持ってないようでして」


(まあ良い。配下には寛容なのじゃ)


「いつの間に僕は地蔵霊さんの配下になっていたんですか。あ。僕、おかんなぎでした」


するとそこに、トコトコと小さな女の子が泣きながら走ってきた。


「私の九尾の狐の人形が犬に盗られちゃったの。取り返してほしいの。お地蔵さん助けてっ」


女の子が指さす方向を見ると犬がいて、その前に人形が落ちていた。


「わかった。お安い御用だ。これをもっていって」


お地蔵さんが小さいお地蔵さん人形を作りだし女の子に渡した。


「なにこれ? お地蔵さんのお人形さん?」


「そう。私の分身。その子が君を助けてくれるよ。私は動けないから」


「ありがとう。お地蔵ちゃんだね。もらっていい?」


「いいよ。一緒にお人形さんを助けようね」


「うん」


女の子はお地蔵ちゃんを片手に犬のところに向かった。


伏せてる犬のそばに落ちているお人形の大きさは、お地蔵ちゃんと同じ20センチくらいだった。


女の子がお地蔵ちゃんを地面に降ろすと、お地蔵ちゃんはズンズンと犬に近づいていった。


犬は目を閉じていた。


前脚の間に女の子の人形が横たわっている。


犬の目の前に行ったお地蔵ちゃんが人形に触れた瞬間。


ドーーン


お地蔵ちゃんが犬の前足で踏みつけられた。


「お地蔵ちゃん。大丈夫?」


少し離れたところで女の子が心配そうに声を掛けた。


踏みつけられたお地蔵ちゃんであったが、自身を砂状に変化させ見事脱出に成功した。


実体化したお地蔵ちゃんは、すぐさまお人形をつかむと女の子のほうに人形を投げた。


「ありがとう。お地蔵ちゃん」


女の子はお地蔵さんにも礼を言い、九尾の狐の人形とお地蔵ちゃんを大事に抱えて帰っていった。


その様子を見ていた地蔵霊はひらめいた。


(地蔵。私にもあの人形を作ってくれ)


「はい」


お地蔵さんの肩に小さいお地蔵さんが出現した。


地蔵霊さんがその人形の中に入った。


(なかなかいい住み心地じゃの)


地蔵霊さんはそのまま近くを散歩し始めた。


自分の領域内を散歩し終えた地蔵霊さんは、お地蔵さんの体をよじ登った。


(セイジよ。このまま住民の想いを吸収して成長していくのもいいが、それだとちと時間がかかる。他の場所におもむいて霊具を集めてまいれ。その霊力を吸収することで成長を早めようと思う)


「はあ。どこに霊具があるんですか?」


(色々な場所を訪れて見よ。いつもこの公園ばかり来ていてはおぬしも飽きよう)


「はあ」


(やれやれ。崖の下に見える巨岩神社に行ってみてはどうじゃ)


「巨岩神社ですか。わかりました。いつか行ってみます。では帰りますね。さようなら」


「さようならセイジ君」


セイジは地蔵霊の提案で高台の下にある巨岩神社に行くことになった。


セイジは地蔵公園を出たところで白壁に囲まれた窪地に広がる平地を見下ろした。


対面の白壁の近くにある森の中に小さく巨岩神社が見えた。


(ちょっと遠いな。いつ行こうかな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る