第164話 地蔵公園 

セイジは白砂システムを維持管理しているという管理者の思惑おもわくによって異世界の地球に飛ばされ、そこで異世界転移魔法でセイジの前に出現した緑竜に遭遇し一緒にこの世界に戻ってきた。


緑竜は大陸の果てに住んでいたので、セイジは流されるまま何とか自力でこの生まれ故郷である八島はちとうに戻ってきたのであった。


八島とはかつてここに存在した国で、白竜や魔獣との戦闘によって世界中の国々と同様に壊滅的な被害を受け滅んでいる。


国名は八島だが島は8以上ある。


八島とはたくさんの島がある国という意味だそうだ。


セイジがいる場所は八島で一番大きな島である。


セイジが海底トンネルを通って海峡を横断し、今いる街に住み始めてから数週間が経っていた。


セイジが取り合えず住んでいるこの街は第35特別区と呼ばれ、巨大な白壁で囲まれていた。


特別区とは旧市街地を大量の白砂で埋め立てて出来た街で、白砂の大地の地中にも住居がありそこに自由に住むことが出来る。


第35特別区の東には陸地が伸び、そのほかの方向は海で囲まれている。


つまりセイジのいる街は島の西端にある。


南側の海峡の先には、巨大女子高生の佐那さなさんがいる島がある。


第35特別区がまるで城壁のような白い壁に囲まれているのは安全のためだ。


街の外には妖怪などの魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこしていて大変危険なのだそうだ。


この地域に住むほとんどの住人は白壁の外に出ることがないので、実際のところ街の外がどういう状況になっているかはあまり知られていない。


セイジが住む白壁の内側には白壁と繋がっている緑豊かな高台があり、白壁の端まで歩いて行くことが出来る。


その高台に地蔵公園がある。


地蔵公園から対岸の島や真っ白な海を見渡すことが出来るため、ちょっとした観光スポットとなっている。


最近、セイジは地蔵公園の地下にある空き部屋を住処すみかにした。


セイジには海底トンネルの中心線を越えた後の記憶がなかった。


中心線を越えると一端白砂に分解されると佐那さんに言われていたが、自分が白砂に分解された感覚がないので、実際に白砂に戻ったかどうかは分からない。


気付いたら今住んでいる家にいて、白砂システムによって地域住民にセイジのことが周知されていた。


自己紹介の必要がないので助かったと思ったセイジだったが、ご近所さんには一応ご挨拶に行った。


あの海底トンネルにはいずれ行ってみようかなとセイジはぼんやり考えていた。




セイジは自分が住んでいる地下マンションの上にある地蔵公園を訪れていた。


セイジは地蔵公園にある簡素でおしゃれなほこらに向かっていた。


その赤い三角屋根と4本の柱で構成されている木製の祠の中には、綺麗な女性がまつられていた。


セイジはその中に立っている女性に話しかけた。


「今日は、お地蔵さん」


「こんにちは、セイジ君」


このお地蔵さんはアンドロイドである女性だ。


アンドロイドとは今では使われなくなった技術を使って白砂で作られた人造人間だ。


セイジが旅をしているときに出会った、魔女さんたちが連れていたゴーレムと一緒の存在だ。


ここではアンドロイドと呼ばれている。


彼女の見た目は完全に人間の大人の女性だ。


今日のお地蔵さんは黒髪ロングで紺色の清楚なロングワンピースを着ていた。


同じくアンドロイドの巨大女子高生の佐那さなさんや、実は人間ではないかもしれない白髪の女性にお地蔵さんに会うように言われていたセイジは、この街に来た日に早速地蔵公園を訪れてみたがお地蔵さんを見つけることがなかなかできなかった。


(初めてここに来た時はお地蔵さんが何処にいるのか探すのに苦労したな。お地蔵さんにお地蔵さんは何処ですかって話しかけちゃったもんな)


セイジはそのときのことを想いだしていた。


「お地蔵さん。海を見に行ってきますね」


「いってらっしゃい」


セイジはお地蔵さんと別れ、白壁の端に向かった。


セイジが歩いて行くと地面が土から固められた白砂に変化した。


お地蔵さんが設置されている地蔵公園には、そのお地蔵さんの前に広場があり地域住民の憩いの場となっている。


そして地蔵さんの背後には深い森が広がっていた。


地蔵公園がある高台の内陸側は崖になっており、白壁で囲まれた箱庭のような窪地にひろがる平地を見降ろすことが出来る。


対面の白壁の先には山々が見渡せ、その白壁の近くの敷地内には巨大な岩山がある巨岩神社も見える。


巨岩神社の周囲には様々な地上の施設もあり、この地域の中心的な場所だそうだ。


地蔵公園にいるお地蔵さんは地元では有名な存在だ。


しかし、お地蔵さんがいつからこの場所にいたのか誰も知らない。


いつのまにかそこにいた。


さらにいえば、このお地蔵さんは最初から地蔵だったのではない。


技術の進歩により人型である必要がなくなり、不要になったそのアンドロイドはここに捨てられたのか、それとも理由があってここに置かれたのかはわからないが、何十年も前からここにいる。


もともとこの公園は地元の人が集まるいこいの場所になっており、春には花見が行われていたりもする。


そんな場所にたたずむアンドロイドをみて地蔵と勘違いした人がいてもおかしくないわけで、お供え物も備えられ始めた。


時が経ち、誰かがかわいそうに思ったのか、アンドロイドの女性が雨に濡れないように簡単な雨よけの建物がたてられた。


その建物は祠とみなされ、女性はお地蔵さんと認識されるようになり、いつしか高台の公園は地蔵公園と呼ばれることとなった。


そんなこんなでお地蔵さんに昇格したその女性のアンドロイド、結構な人気がある。


お散歩がてらにお地蔵さんをお参りする人や、なにやら都市伝説じみた噂を信じてお願い事をする人、そしてお地蔵さんの見目麗みめうるわしい姿を目当てに来る人など様々だ。


お地蔵さんは何十年とここに放置されているが、新品のようにきれいな状態を維持している。


べつに管理人がいるわけでも、熱烈なファンやお散歩途中の気のいいお婆さまが綺麗にしているわけではない。


そういう機能が標準装備されているだけだ。


今日も可愛いお地蔵さんとお喋りするために人々が地蔵公園を訪れようとしている。


そう、このお地蔵さんは人と同じように会話が出来る。


過去の膨大な会話の記録を参考にして人工知能により会話を成立させている。


しかも個人の識別は出来ているので、単調で同じ会話をすることはない。


訪れた人の方はそうはいかないかもしれないが。


そのせいかお地蔵さんとの会話を楽しみにしている人も多い。


このお地蔵さん、お地蔵さんになる前は歩くことができていた。


今も歩こうと思えば歩けるのだが、持ち主が連れて歩かずにここに設置したまま一人で自由気ままにほっつき歩いているせいで命令があるまでは歩けない。


お地蔵さんは今にも動きだしそうなたたずまいをしていた。




今日もお地蔵さんは地元の住民とずっと会話していた。


途中いろんな人たちが会話に参加していく。


セイジは最近この地域にやってきたが全員にセイジのことは知られているので、地元の人たちとはあいさつを交わすくらいの関係だ。


この地域でセイジがまともに会話したことがある人はご近所さんかお地蔵さんくらいだ。



セイジは白壁の端に設置してある柵の前にあるベンチに座った。


セイジは持参した白い饅頭まんじゅうのようなものを食べ始めた。


「もきゅっ」


それは白砂を固めただけのものだった。 


(懐かしいな。吸血の魔女さんに貰った白い玉はこれだったんだな)


セイジは聖女のジュリさんとの旅を思い出した。


地域の人たちも白砂を食べているが、白砂を特別な調理器具で完成品の料理に変化させ美味しくいただいている。


もちろん本物の素材もある。


セイジは「そのまま食べても、料理しても同じなんだから」と横着してそのまま食べていた。


白砂。


この大地に、いや世界中に溢れる謎の砂だ。


命令すればなんにでも変化する。


人間にでもだ。


( 僕は人間ではなかった。この白砂で出来ているアンドロイドだった)


セイジは対岸に座っている巨大女子高生との会話を思い出した。


白砂で一から完全に造られた人間はセイジが最初らしい。


白砂が肉体を構成する物質を再現して生まれた人間である。


細胞分裂もするし、食料を食べて消化しエネルギーとしている。


完全な人間といっていい。


もはや人間と区別がつかないし、する必要もないのだろう。


普通の人間も白砂を食べることで栄養補給をすることができる。


白砂が足りない栄養に変化してくれるからだ。


そのことで人間の白砂化が進んでいる。


(僕は完全に白砂からできたわけだけど)


白砂饅頭を食べ終えたセイジは、白壁のはしに設置された落下防止のさくの所まで行ってみた。


白壁から見下ろすと海峡をはさんだ対岸に、巨大女子高生の佐那さんが座っていた。


この公園にいるお地蔵さんと同じ性能を持ったアンドロイドだ。


セイジは海を渡ってこの地域に戻ってきたとき、海峡の対岸に座っている巨大女子高生にセイジの正体を教えてもらっていた。


彼女は3階建ての建物に寄りかかって座っている。


佐那さんの身長は建物から推測するとおよそ20mくらいだろうか。


彼女が立ち上がって動いているところをセイジはまだ見たことがない。


ずっと座ったままだ。


セイジがこちら側に来てからは残念ながらあそこに行っていない。


セイジはいつかまた行ってみたいと思っていたが、今は旅の疲れをいやすという理由でダラダラ過ごしている。


佐那さんが言うには、彼女はこの地域を守る役目を持つというアンドロイドだそうだ。


戦っているところもセイジは今の所見たことはない。


佐那さんがセイジに気付いて手を振ってきた。


セイジも手を振り返した。




セイジが白壁の上から見渡せる真っ白な海や島の雄大ゆうだいな景色をのんびり見ていると、突如とつじょ静寂せいじゃくおとずれた。


「なんだ?」


セイジは立ち上がって振り返り、公園の広場を見てみると誰一人いなかった。


「え?」


なぜか地蔵公園には誰もおらず静まり返っていた。


昼間だったが辺りはうす暗く空気が止まっているように感じ、不思議な雰囲気だった。


セイジ以外の世界が止まっていた。そんな感覚。


セイジは不思議と怖くは思わなかった。


むしろセイジは神秘的な体験ができて気分が高揚こうようしていた。


取り合えずセイジはお地蔵さんの所に向かい、お地蔵さんに話しかけようとした。


すると突然風が吹いたわけでもないのに空気が動いたと思った瞬間、お地蔵さんから何かが生まれた。


「うわっ。なに?」


お地蔵さんから出てきた半透明な何かは人のような姿をしていた。


そして、その存在から何かが爆発的に拡がっていった。


静寂の中、セイジの後ろで音がした。


セイジが振り返ると地蔵公園の入り口に、無かったはずの鳥居が出現していた。


(誰かが作ったのかな? 白砂を使えば、そういうことも出来るだろうし)


セイジはそう考え、再びお地蔵さんの少し上に顔を戻した。


お地蔵さんがセイジに向かって何かしゃべっていたが、それどころではないセイジの耳には理解できない綺麗な雑音に聞こえていた。


お地蔵さんから出現した存在は次第に半透明だが完全に人の形に変化していた。


その姿は幼くなったお地蔵さんのように見えた。


(これってもしかして霊体だよね? ダンジョンが出来たの?)


お地蔵さんの頭から生えている霊体が手を広げると、空気が動いて霊体に集まっているように感じた。


周囲から何かを集めているようだ。


(魔力でも集めているのだろうか。でもここに魔力はないはず。もしかして霊力?)


セイジはそう考えたが確かめるすべがなかった。


するとお地蔵さんの頭部に立っている半透明な霊体が、セイジに向かって意思を伝えてきた。


それは声ではなく思念。セイジの脳に直接伝えてきた。


セイジはその存在感に圧倒されていたが、不思議と恐怖は感じなかった。


お地蔵さんから霊体が出てきた瞬間に広がったエネルギーのようなものにセイジが触れたことで、セイジの世界が変化していた。


そのことにセイジは気付いた。


(そういえば魔力を失ったのに霊体さんが見えてる。幽霊さんかもしれないけど)


セイジは霊体のような存在が再び見えるようになってしまっていた。


セイジがこの地域に来た時に失くしたと思っていた能力が少し復活したようだ。


セイジがその存在に確認のため「幽霊ですか」と尋ねると、「幽霊ではない。霊体じゃ」と怒られた。


「すみません。霊体さんでしたか。魔力が無いこの地域にも生まれるんですね。お地蔵さんが依り代ってことですか?」


(そうじゃ。おぬしには私の『おかんなぎ』になってもらう。そのための資格を授けた)


「おかんなぎ? 僕が? そもそもおかんなぎってなんですか?」


(男の巫女じゃ)


「はあ。巫女ですか。資格ってなんですか?」


(私の姿や声が認識できるじゃろ。霊的存在を感じる力じゃ)


「確かにありますね」


(おぬしは私の一時的な器であり、私の声が聞こえない者に私の意志を伝える役目があるのじゃ)


「え。どういうことですか?」


(今から説明する。あわてるでない)


「はあ。ところで貴方を何て呼べばいいんですか? 霊体さん?」


(名前? そんなものは必要ない)


「じゃあ。地蔵霊さんね。それで僕は何をしたらいいのですか?」


(強くなれ。そして霊力を己の身にたくわえるのじゃ)


「霊力ですか。どうやって蓄えたらいいんですか? 魔力とは違うんですよね。魔力も持っていませんが」


(魔力ではない。似たようなエネルギーじゃ。私の領域にいればおぬしの体に少しずつまっていこう)


「やはり領域でしたか。範囲はこの公園ですか?」


(そうじゃ。あの鳥居までじゃ)


セイジは振り返り真っ赤な鳥居を確認した。


「そうですか。あの鳥居は霊体さんが創ったんですか。わかりました。ここに遊びに来ることにしますね。それだけでいいんですか?」


(うむ。たまに別の場所で霊力を集めてもらう)


「え」


(ついでに霊力が豊富な霊具も探してもらおう)


「いろいろやるんですね。どうやって探すんですか? 霊具なんて知りませんよ」


(おぬしは私が見えているのだ。つまり霊力が見えるという事。歩き回って探してくるのじゃ。そしてこの領域に持ってくればよい)


「はあ。ところで僕は守護者になったってことですか? それはちょっと困るんですけど」


(守護者ではなく『おかんなぎ』じゃ。霊力を持っていない者にはワシの姿は見えない。だからおぬしに私の言葉を伝え、おぬしが地域の者に伝えるのじゃ。何度も言わせるでない)


「すみません。何を伝えるんですか?」


(今の所はないが、この地域に霊的災害が訪れるときに伝える。例えば妖怪のような人に害をなす存在がこの街に襲来するようなときにな)


「そうですか。重大任務ですね」


(何を勘違いしているかは知らぬが、魔力の領域と霊力の領域は全くの別物じゃぞ。領域が出来る仕組みは同じじゃが)


「え。そうなんですか。魔力と霊力って違うんですね」


(うむ。白竜が放出したエネルギーは魔力だけではなかった。魔力と霊力が結合したエネルギーを放出したようじゃな。魔力は白砂がこの地域に漂っていた魔力を吸収することで排除したが、そのかわり霊力だけが残ったのじゃ)


「はあ。白竜は魔力と霊力を放出したのですか」


(そうじゃな)


「じゃあ、霊体さんは僕の体を乗っ取ることはしないんですね」


(当たり前じゃ。生命体や物質の器から解放されることが我々の願い)


「そうなんですか。わかりました」


(それにしても・・・)


地蔵霊さんはセイジの体をジッと観た。


「なんですか?」


(やはりお主には元々何やら不思議な霊力が宿っておるのう。微々たる霊力じゃが3つの属性を持っておる)


「はあ。そうですか。自分ではわかりませんが。霊力の霊体さんについて教えてもらっていいですか?」


(構わん。霊体とは、この地蔵をお参りに来る人や公園に遊びに来る人たちの『感情』や『想い』の集合体じゃ。 その想いが依り代であるこの地蔵に宿り、それが臨界に達し霊体として覚醒したのじゃ)


「なるほど。魔力の霊体さんは魔力が何かに溜まることで生まれた存在だったので、かなり違うんですね」


(感情や想いは微細な霊力じゃ。同じようなものじゃな)


「そうですか」


(これをさずけよう)


「え?」


すると、半透明な地蔵霊さんから何かが発射された。


それは透き通った黒い球体だった。


地蔵霊さんから離れふわふわと浮きながらセイジの方向に進んでいた。


セイジはゆっくり進んでくるそれを怖いとは思ったが体が動かなかった。


不思議な魅力を感じてもいた。


それがセイジの体に入ってきて消えた。


背中から出てくることはなかった。


セイジには特に何も変化がなかった。 


見た目には。


「なんですかこれ。大丈夫なんですか?」


(おぬしの中に入った霊力は私にとって不要なものじゃ)


「え。ゴミなんですか?」


(馬鹿たれ。霊力といったじゃろ。おぬしの霊力量を増やしたのじゃ。その力を有効に使うがよい)


「はあ」


セイジは自分の体を触ってみたが特に異常はなかった。


(おぬしにはほんのわずかであるが霊力が宿っていたから、そこに私の霊力を付与することでおぬしの霊力量を増やしたのじゃ)


「そうなんですか。魔力の領域でも同じように不要な魔力を排除してましたけど、似たようなことですか。属性が違うからいらない霊力ってことですか?」


(そうじゃな。その認識で構わない)


「もしかしていらない霊力で魔道具のようなものを創ったりするんですか?」


(うむ。おぬしの体に入らなければ霊具になっていたであろう)


「それを霊具って言うんですか。それを集めるんですか」


(うむ。精進しょうじんせよ)


こうしてセイジはお地蔵さんと共に地蔵霊さんとも交流をすることになった。


そんな思い出のある地蔵公園にセイジはこれから毎日のように足しげく通うのであった。

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