第163話 八島

僕は巨大女子高生に聞きそびれていた質問をしてみた。


「結局あの白髪の女性は何者なんですか?」


「それは彼女に直接聞いてね。私がセイジ君に教えても彼女は怒らないと思うけど」


「そうですね。そうします。彼女もあそこに住んでいるんですか?」


僕は海峡の向こう側にそびえたつ、山のように長大な白い壁を指さした。


「住んでないよ。彼女の家はもっと東だし、そもそも彼女はいつも旅をしてるからね」


「そうなんですか。そういえば娘さんを追いかけてましたね」


「セイジ君は彼女のことを少しは知っているみたいだね」


「はい。初めて彼女に出会った時に少し教えてもらいました。果物くだものを食べて長寿になったと」


「そうだね。セイジ君は冒険者だけど彼女も似たようなもんだね。妖怪の専門家さ。彼女の家族もね」


「へえ。鬼さんや女郎蜘蛛さんを手玉に取ってましたから強いんでしょうね」


「そうだね。でも倒すだけじゃないんだ。悪い妖怪さんだけじゃないからね。いい妖怪さんには頼りになる存在さ」


「そうなんですか。そういえば、ここは何て言う国だったんですか? もしかして蒼白そうはくの81ではないですか?」


八島はちとうだよ」


「え。はちとう? 蒼白そうはくの81じゃないんですか。魔女さんが古代魔法文明の国の名を見つけたと言ってたんですけど、ここじゃなかったんですか」


「いや、合ってるけどおしいね。81は八島の昔の国番号だから正解だけど、蒼白は81の別の意味の物質の色だね」


「そうでしたか」


「八島とは多くの島がある国って意味さ」


「へえ。そうなんですね。ここもあちらも島なんですか」


「そういうこと」


「そういえば君にも契約者はいるんですか?」


「もちろんいるよ。私もアンドロイドだからね」


「どこにいるんですか? 建物の中ですか?」


僕は巨大女子高生が背もたれにしている建物を見た。


「他の国の白砂関連施設に調査にいってるよ。セイジ君みたいに強くはないけどね」


「ついて行かなくてもいいんですか?」


「大丈夫だよ。一人じゃないし、戦いに行ってるわけじゃないから」


「そうですか。それで結局、君はここで何をやっているんですか?」


「私は雲の壁を越えてやってくる地域をおびやかす厄介やっかいな存在、もしくは厄介なものを持ち込んできた存在を迎撃げいげきするためにここにいるんだよ。霊力を持った魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいさ」


「そうだったんですか。だからそんなに大きいんですね」


「アンドロイドの能力に大きさは関係ないよ。私の契約者が、アンドロイド用の白砂を大量に持ってきたから取り込んだだけだよ。大きいアンドロイドが好きなんだろうね」


「そうだったんですか」


「ところで、セイジ君。名前どうする?」


「名前?」


「そのままセイジを使う? 緑竜が名付け親になるけど」


「ああ。そういえばそうですね」


「それとも地球名? これは管理者が名付け親ね」


「はあ。そうなんですか」


「あとは製造番号。最初の名前ね」


「はあ。さすがに番号は嫌ですね。君は名前あるんですか?」


「もちろんあるよ。契約者が名付けてくれた素敵な名前がね。私の名は佐那さなだよ」


「へえ。いい名前ですね」


「ありがと。で、どうするの?」


「うーん。セイジにします。この世界で使って来た名前ですし、地球の名は誰も知りませんからね」


「うんうん。それでいいと思うよ。さて。私とおしゃべりしたことで大体の状況が呑み込めたよね。あっちに渡る?」


ようやく落ち着いてきたのか、佐那さんの声が巨体にも関わらず可愛かわいらしい声だと気づいた。


「うーん。どうしましょうか」


「そんなに堅苦かたくるしく考えないでいいんじゃないかな。これまでの旅の延長だと思って向こうに行ってみなよ。地蔵さんにも会って欲しいし」


「はあ」


「あ。セイジ君に伝えることがあった。地下道を通ってあちらに行くときセイジ君を一旦砂に戻すんだって」


「えっ!?」


「それでね。地下道の真ん中に線が引いてあって、そこでセイジ君は選択ができるんだって」


「選択?」


「そのまま人のようなアンドロイドとして生きるか、私と同じアンドロイドになるかを選ぶことができるよ」


「はあ」


「そこを越えるとセイジ君はいったん白砂微粒子に分解されたあと、今の姿に再構築されます。そして再びセイジ君はセイジ君の人生を歩むことになります」


「そのままを選んでも再構築するんですか?」


「うん。いちおうセイジ君の身体の精密検査をするらしいよ。セイジ君の体は魔力のある世界を旅してきたんだから、何か変なモノが体にみついてるかもしれないでしょ。だから念のために一度分解して再構築する必要があるんだって。メンテナンスだね」


「はあ。再構築された僕は今の僕と同一人物なんですか? いったん砂になるんですよね」


「見た目が変わっただけだから大丈夫。砂か人かの違いだよ。どっちもセイジ君。大した違いはない。記憶の連続性はあるし、同じ物質だし、同一人物じゃないかな」


「・・・。はあ。そうですか。ん? 先ほどの白髪の女性みたいに君に白い壁の上に投げられてたらどうなってたんですか?」


「もちろん空中で再構築だよ」


「そうでしたか」


「私と同じアンドロイドになった場合、誰かと契約しないとね」


「はあ。それはいやですねえ。でも強い体には憧れますね」


「砂で出来てるからね。見てみる? 砂化」


「砂化?」


「こういう事です」


巨大女子高生が僕に向かって手を伸ばし、人差し指を突きだした。


すると巨大女子高生のでかい指がサラサラと砂になって崩れていった。


「あ。大丈夫なんですか」


「うん。戻すね」


女子高生のでかい指が一瞬で復元した。


「おお。本当の砂で出来きているんですね。そういえば僕は普通に怪我をしてましたね」


「そうだね。腕を吹っ飛ばされたりね」


「そうですね。ポーションのおかげで助かりました」


「ポーションが無くても元に戻ったよ。時間がかかるけど」


「え。そうだったんですか」


「ポーションのおかげで早く治ったけどね。人間に近づけたのはいいけど不便よね」


「そうですね。僕はもう超能力も魔法も使えないんですね。すごい経験ができましたけど、ちょっと喪失感がありますね」


「向こうに行けば魔法みたいな能力を使えるよ」


「え。どういうことですか? 僕は普通の人間なんですよね」


「ここには白砂を使った技術がある。白砂で何でもできる。魔法はないけど白砂スキルはある」


「白砂スキル?」


「白砂スキルは白砂システムに加入すると行使可能だよ。ここでは生まれた瞬間に白砂システムに加入することになっているからみんな使ってるよ」


「そうなんですか。なんだかゲームみたいですね」


「まあね。白砂システムに加入すると私みたいに遠く離れた人と会話ができるし、その場でいろいろな情報も調べられるし、そのほかにも色々なスキルを購入して使うことが出来る」


「へえ。いいですね」


「私があなたに攻撃スキルを使えるようにしてあげるから発動してみて。でも妖怪にはそこまでダメージを与えられないから注意してね。セイジ君は霊力を持ってないから妖怪と戦うには霊力を持った道具か、霊力を使った霊能力が効果的だね」


「はあ。妖怪と戦うんですか。冒険者を続けるとは決めてませんけど」


「そうなの? まあいいけど。未来がどうなるか分からないでしょ」


「はあ。何で攻撃スキルなのにダメージがあまり与えられないんですか?」


「妖怪は霊力で出来た存在だからね。物理攻撃では霊力を完全に消滅させることが出来ないの。そもそも白砂システムはあくまで人間生活を豊かにするためのものだからね。他人に危害を加える技術ではないわ」


「そうなんですか。でもアンドロイドは強いですよね」


「人間の契約者を守るためだから。でも人を傷つけることは出来ないよ。魔女のアンドロイドは人を攻撃してないでしょ?」


「そういえばそうですね。魔女さんはお構いなしでしたけど」


「うん。セイジ君はアンドロイドのスキルは使えないけど、白砂システムで私と似たようなことが出来るよ。身体能力は人間並みだけど」


「それが問題ですね」


「白砂システムのスキルを発動するとき、音声入力かモーション入力があるけどどっちがいい?」


「無詠唱はないんですか?」


「あるよ。無詠唱というか脳波とかだけど」


「それでお願いします」


「いいの? 地味だよ?」


「いいんです。声を出したくありません。恥ずかしいので」


「そんなこと気にしなくてもいのに。まあいいけど。それでね。スキルを購入したら能力を使えるようになるの。スキルは個人で開発できるし売ることもできる。試しに発火を撃ってみる? 好きでしょ発火」


「はあ。まあそうですね。よく使ってましたね」


「私がスキルを購入してあげるから。代金は建て替えておくね。いつか返してね」


「はい。ありがとうございます」


巨大女子高生が大きな手を伸ばし僕に触れた。


「はいどうぞ。『発火』と念じれば発動するようにしておいたから」


すると『発火が使用可能になりました』と、僕のすぐ近くで誰かの声が聞こえた。


周りを見回したが誰もいなかった。


「どこからか声が聞こえてきました」


「それが白砂システムの音声だよ。ささ。やってみて」


「はあ。もうできるんですか。では」(発火)


僕は右手を伸ばし発火と念じた。


ボウッ


僕の手の先から火の玉が発射された。


「おっ。でたっ」


火の玉は5メートルほど飛んだところで消滅した。


「すごいですね。でもこれって危なくないですか? 人に当たったら大怪我しますよ」


「心配ご無用。お互いの同意がない限り、白砂スキルを使った攻撃を人間に向けることは出来ないの」


「そうなんですね。攻撃用スキルは妖怪退治用に開発したんですね」


「違うよ。基本的に街の人は白壁の外には出ないから。スキルは対人戦のためだよ」


「対人戦? 白砂システムを使って戦うことが出来るんですか。ゲームみたいに」


「そそ。娯楽だよ」


「はあ」


「なかなかってて実践的だよ。たとえば攻撃スキルを腕に受け、腕が動かなくなるようなダメージを受けた場合、腕全体が青くなって戦いの間は動かなくなるんだ。実際は怪我をしてないけどね」


「はあ。すごいですね。そういう遊びなんですか」


「まあね。本気でやる人もいるけどね。武器も作れるよ。スキルと同じで人を傷つけることが出来ないおもちゃだけどね」


「はあ。ここだけ別世界みたいですね。流石古代文明ですね」


「そうだね。ところでセイジ君、むこうでも妖怪退治する? 冒険者続ける?」


「妖怪ですか。魔獣と違うんですか?」


「似たようなものだよ。霊力によって変化した存在だね」


「はあ。ここにも冒険者がいるんですか?」


「うん。妖怪退治をしたり秘境を冒険したりダンジョンを攻略したり。セイジ君が今までやってきたことだね。まあ、ここでは妖怪を倒したからってお金はもらえないけどね。でもその様子を映像で流せば名声はあがるし、人気者になるしお金も稼げるよ」


「はあ。そうなんですか」


「もう興味ない?」


「え。いえ。そいうわけではないですけど」


「そういえばセイジ君は気付いてなかったけど、実は冒険者ギルドカードは白砂システムを使っているんだよ。お金の管理だけではなく冒険者の位置情報を知ることが出来るんだ。冒険者ギルドはカードの機能を全く使いこなせていないけどね」


「冒険者ギルドカードにそんな機能がついてたんですね」


「セイジ君も知ろうと思えば知れたはずだよ。ランクが上がればカードの機能に関する情報が解禁されるんだから」


「そうでした。忘れてました。それにしても白砂の技術が使われてたんですね」


「子供のおもちゃレベルだけどね」


「みんな古代文明の技術だと知ってたんですか? 誰もそんなこと言ってなかったし、全然そんな気配なかったですけど」


「古代文明の技術や知識は国王や上級貴族などのごく一部の人間の間だけで秘匿ひとくされているのよ。わずかな情報だけどね。高位の冒険者に依頼して古代文明のダンジョンを調査させてるけど、魔女たちのほうが遥かに古代文明のことを知っているわ」


「そうだったんですね」


「知識のない状態でカードや黒い台座を何とか利用しているわね。白砂システム側も冒険者ギルドカードの情報を利用させてもらっているわ。登録者の魔力や遺伝子情報などを解析したりね」


「はあ。そうだったんですね」


「冒険者を続けるどうかについても、向こうの街でゆっくり将来のことも含めてよく考えたらいいさ。でもあっちに行って旅をするつもりなら気を付けて。今のセイジ君は霊力を感じられないからね。迂闊うかつに怪しい場所に近づいて妖怪にかされたりしないようにね。特に海亀には近づいちゃだめだよ」


「えっ!? 海亀? もしかしてあの?」


「うん。あの」


「魔亀と呼ばれていた亀ですよね。あれは一体何なんですか」


「あれは魔力や霊力の塊が亀の姿をしているんだよ。あまりに高密度のせいで周囲の時空をゆがませているの。わかりやすく言うとブラックホールだね。あれは雲の壁でもどうしようもないね」


「ブラックホールですか。やばいですね。大陸の端からここまで歩いてきたんですか。歩くの早いですね」


「私たちとは時間の進み方が違うからね。周囲の魔力や霊力を吸収しながら、気ままに世界中を移動しているのよ」


「そうでしたか。気を付けます。そういえば白髪の女性は雲の壁の外にいましたけど、外には勝手に行けるんですか?」


「行けるけどセイジ君には戻ってくる手段が無いよね。セイジ君は近くまで空を飛んできたんだから」


「そうですね。あの白髪の女性はどうやって戻ってきたんですか?」


「あの人は人間をやめてるからね。霊力持ちだから魔法みたいなことが出来るの。魔道具ならぬ霊具ってのもあるし」


「へえ。霊能力者ってことですか」


「そだね」


「そういえば向こうに行くとして宿屋とかあるんですか? 冒険者ギルドのお金使えるんですかね。僕、ここのお金持ってないんですけど」


「白壁に囲まれた街は特別区っていうんだけど、特別区には空き家はいくらでもあるからどこに住んでもいいよ。家賃はいらない。光熱費とかもね。そんなものはないからね。白砂の地域では基本的に地下で生活している。もちろん地上にも様々な施設はあるし自由に出歩いても構わないよ。お勧めは地蔵さんがいる公園の地下のマンションかな。あの街が気に入らなかったら引っ越してもいいよ」


「はあ。そうなんですか。むこうに行かないとしたら僕はどうなるんですか?」


「ん~。その選択もありじゃないかな。君はもう自由だし。管理者も君に何か命令したりしないよ」


「はあ。そうですか」

(どうしようか。・・・。取り合えず行ってみるか)

「行ってみます」


「そう。じゃあ、私が寄りかかっている建物から地下に向かって。地下道は一本道だから迷うことはないわ。800メートルくらいだからすぐ着くわよ」


「はい。では行ってきます」


「いってらっしゃい。またね」


「はい。また」


僕は道路を渡り、佐那さんの横を通って建物の中に入った。


地下へと続く階段を進んでいくと、対岸に続く細く真っすぐな地下道にたどり着いた。


(ふう。緊張するな)


地下道は電灯がともされ明るくなっていて、通路には中央に線が引かれていて2車線になっていた。


右側を歩いてしばらく行った所、地面に横線が引いてあった。


その線の先には白い砂が大量に敷き詰められていた。


(これが佐那さんが言ってた中央線なのかな? それにしても白砂がいっぱいだな。・・・。この線を越えると分解されちゃうのか)


「ふう」


僕は意を決しその線をまたいで通り過ぎた。次の瞬間。


サラサラサラ


僕の体が砂になり白砂の上に新たな砂山をきずいた。


しばらくすると僕だった砂が集まり、球体に変化した後、ゆっくりと砂の中に沈んでいった。

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