第160話 白い海 

日が暮れたので僕と黒竜さんの分体であるクロさんは野営をすることにした。


とりあえず僕は焚火たきびを起こし、明かりを確保した。


次に保存食とその辺に生えていた野草を採取し、それらを使ったポーション煮を作った。


僕はポーション煮から一口サイズの大きさをとりわけ食べ始めた。


クロさんがそんな僕の食事をのぞき込んでみていた。


「美味しい?」


「うーん。まあまあかな」


「そう」


(そういえば黒竜の爪であるクロさんは食事をとるのだろうか。食べないものと勝手に決めつけちゃってたけど)


「クロさんも食べる?」


「食べない。私には必要ない」


「そうですか。黒竜さんは何を食べるんですか?」


「食べない。周囲から魔力を吸収してる」


「そうなんだ。魔力って美味しいの?」


「・・・。まあまあ」


「そうなんだ」(そういえば骨龍さんも魔力を食べるっていってたな)


僕は白蛇のランに夜の見張りを頼み、焚火のそばで寝ることにした。


「クロさんって寝るんですか?」


「寝ない」


「そうですか。僕は寝ますね」


「うん」


「おやすみなさい」


「おやすみ」



翌朝、日の出と共に目が覚めると、僕のすぐ近くでクロさんが僕の顔をのぞき込んでいた。


「お、おはようございます」


「おはよう」


(ずっと寝顔を見てたのかな)


僕たちはすぐに出発した。



しばらく行くと大きな川が流れていた。


川に沿って下っていくと自然に飲み込まれた廃墟の街が見えてきた。


この街は3本の川の合流地点で、三角州に中心となる街があったようだ。


廃墟の街の中に入り中心に向かって歩いて行くと、石造りの建物だけが一棟だけ無傷で建っていた。


その城壁のような外観の立方体の建物は、不規則に窓が設けられている変わった造りをしていた。


「あの建物にある球体の翡翠ひすいが依り代となってダンジョンが出来ている。守護獣は幽霊の牛。これ以上は近づかない」


「はい」


僕たちはその建物を迂回うかいして通り過ぎて行った。


街を抜けさらに川に沿って歩いて行くとようやく海が見えてきた。


真っ白だった。


地平線の遥か先まで白い海が広がっていた。


僕の鼻孔びこうほのかに漂うしおの香りを感じた。


僕たちは丘の上から海を見ていたが、意を決し海まで行くことにした。


砂浜は普通の砂だった。


ザクザクッ


砂の上を歩き、波打ち際に向かった。


ザザーーーーン


白い液体の波が次々と砂浜に打ち寄せる。


僕は白い海水に触れてみた。


両手で海水を救ってみると、手の隙間から白い海水がこぼれ落ちていった。


「白い砂が混じっているとは思えないですね」

流石さすがに海水をめるのはやめておこう)


「セイジ。これからどうする」


後ろから僕を見ていたクロさんが話しかけてきた。


「そうですね。しばらく砂浜を散策してみます」


「そう」


僕たちは波打ち際を歩き出した。


風と波の音しか聞こえない砂浜を歩いていると、僕の耳に何やらかすかな声が聞こえてきた。


「・・・」


「ん?」


「そうしたセイジ」


「いえ。何か人の声が聞こえた気がしたのですが」


僕は周囲を見渡してみたが誰も何もいなかった。


「気のせいかな」


「そう」


すると今度ははっきりとした女性の声が僕の耳に届いた。


「・・・・こっちだよ・・・」


「え? また聞こえた。海の方からです」


僕は海を見てみたが誰もいない。


「私には聞こえない」


クロさんが辺りを見渡しながら無表情にそう言った。


クロさんには聞こえないようだ。


「・・・海を越えて。・・・あなたが求めるものがここにあるから・・・」


(また聞こえてきた。レオナさんは聞こえますか?)


(聞こえないよ~。幻聴じゃないの~)


(そうですか。海の先になにかあるそうなんですが)


僕はじっと僕を見ているクロさんに質問した。


「海の先には大陸か島かありますか?」


「何もない。でも恐ろしく離れた場所に大陸はある」


「大陸ですか」


「そこに行きたいなら北から回って歩いていける」


「そうなんですか」


僕は声が聞こえてきた方をじっと見た。


白い海と地平線の上にある青空以外何も見えなかった。


そして女性の声も聞こえなくなった。


「クロさん。僕、空を飛んで沖のかなり先まで行ってみようと思います」


「そう」


「ある程度行って何もなかったら戻ってきます」


「わかった」


するとクロさんが歩いて陸地の方に向かった。


僕は沖に向かって飛翔を開始した。


空を飛んで海上に出てしばらく行った所で後ろを振り帰ると、クロさんの姿がなかった。


(黒竜さんの所に戻ったのかな。黒い爪があるから僕の場所はすぐわかるんだよね)


僕は前を向き、沖に向かって飛んだ。


しばらく白い海の上を飛んでいると、前方に巨大な白い壁が見えてきた。


それは綿飴わたあめのようにふわふわで濃密な雲のような壁で、海面から遥か上空までそびえ立っており、左右を見てみるとどこまでも続いていた。


(雲? 霧? どっちでもいいか)


僕は雲の壁に近づき触れてみた。


そっと手を差し出すと何の抵抗もなく雲の中に手が入っていった。


その影響で雲の粒子が辺りに霧散むさんした。


(この中に入って行けばいいのかな。ちょっと怖いんだけど)


僕が雲の壁の前でまごまごしていると、今度は女性の声が明瞭めいりょうに聞こえてきた。


(そのまま雲の壁の中に入ってきて大丈夫だよ)


「わかりました」


僕は勇気を出して雲の壁の中に入っていった。




雲の中に入ってみると思ったよりなめらかな感触が僕の体を包んだ。


(何だかかすかに抵抗というか重さを感じるな。雲じゃないのかな)


視界は全く見えないので、僕は取り合えずまっすぐ進んでいった。


すると突然空気が変化し、異変が起きた。


(っ!? 魔力が無くなった? あれ? 魔銀の義手が!?)


右手に装備していた魔銀の義手が、サラサラと砂となって崩壊を始めていた。


それは魔銀の義手だけではなく、身に着けていた装備品すべてが徐々に砂となり消滅していっていた。


リュックや左手に装備しているロンググローブやその魔石などすべてがだ。


僕が身に着けていた魔道具がどんどん砂に変わっていった。


ただ3本の魔剣だけはそのままの状態を保っていた。


(魔剣は大丈夫なのか。なにがおこっているんだ?)


「魔術書!? レオナさん!? ラン!?」


「・・・」」


返事がない。


幽霊のレオナさんが住んでいた魔術書も、僕の腰に巻き付いていた魔道具のランも消えていた。


「そんな・・・」


ミシッミシッ


すると何かがきしむ音がひびいてきた。


(今度はなんだ?)


自分の体を確認したが何もない。


そして周りは相変わらず白くて何も見えない。


バキッ


何かが砕け散った。


そして足元からも「パキッ」と言う固い音が聞こえてきた。


(あ。赤竜さんから貰ったアンクレットが壊れた)


アンクレットはひびが入った後、砂状になって消滅していった。


「あっ」


いつの間にか雲の中を抜けていた僕は飛ぶ力を失い、3本の魔剣と共に落下を始めた。


(っ!? 超能力がなくなった? という事はさっきの音は結界が破壊された音だったのか)


落下しているとき左手が目に入り、黒い爪がなくなっていることに気付いた。


そして僕の服装は転移前の姿に戻っていた。




ドブンッ


僕は勢いよく白い海面に落下したが衝撃はあまりなく、体に大きなダメージを受けることはなかった。


(どうなっているんだ。服装も戻ってるし)


僕は白い海の底に足を付け、立ちあがった。


「あ。陸地がある」


視線の先に陸地が見え、山が海岸線沿いにせまっていた。


(ここどこだろ。とりあえず陸に上がるか)


僕はそばにあった3本の魔剣を回収し、ジャブジャブと白い海の中を陸地に向かって歩いて行った。


(魔剣3本は持ちにくいな。でも置いて行くわけにはいかないか)


僕は砂浜にたどり着き、そのまま砂浜を越えると見慣れたものが目に入ってきた。


(アスファルトの道路? それとも黒っぽいだけなのかな)


海岸線沿いに舗装された道路がどこまでも続いていた。


久しぶりに懐かしい景色を見たような気がする。


(僕がいた世界に似ているな。そういえば妖精の姿になった緑の魔女さんが死者の国の先に国があるって言ってたから、もしかしてここが古代魔法文明の国なのかな)


辺りを見渡すと近くには木造の一軒家が数件あり、遠くには近代的なビル群が立ち並んでいた。


(んん? やっぱり僕が住んでいた世界と似てるな)


僕がどうしようかとたたずんでいると、またあの声が聞こえてきた。


(こっちに来て)


「はあ」


僕はビル群がある方向とは反対側に向かって歩き出した。


海岸線に沿って続く道路を歩いて行くと、その先に3階建てのビルに寄りかかって座っている巨大な女子高生が見えた。


頭の位置が3階にある女子高生は、こちらに向かって手招きをしていた。


(え。巨人? もしかしてあの子が『女神』のルナさんが言ってた巨人なのかな。セーラー服着てる)


僕は茶髪でセミロングの女子高生の元に向かった。


ふと海の方を見ると、海峡をはさんだ対岸に海岸線に沿ってどこまでも続く、白い巨大な断崖絶壁がそびえ立っているのが目に入った。


(なんだ? 海の向こうに別の大地があるのか。それにしてもすごく高い壁だな)


海峡の幅はせまくそこを流れるしおの流れは速そうだった。


僕はビルに寄りかかる巨大な女子高生のもとにたどり着き、彼女の正面である道路の反対側に陣取った。


「やぁ。おかえり。随分長い旅だったね」


「こんにちは」(おかえり?)


「そんなに離れていないでもっと近くに来なよ」


彼女はビルがある敷地内で、いわゆる女の子座りをしていた。


ビルの背後には木々が生い茂る山があり、同じ敷地内にはもう一つ倉庫のような建物が建っていた。


「はあ。でも近づきすぎると見上げないといけないので首が疲れそうです」


「あはは。それもそうか。今はセイジ君って呼ばれているんだよね」


「え。まあそうですけど。何であなたは僕の名前を知っているんですか?」


「知ってるもなにも全部観てたよ」


「え? どういうことですか? 僕の行動を観てたってことですか?」


「そうよ。あなたの旅を全部。最初からここに来るまでね。それにしても大冒険だったね」


「どうやって観てたんですか?」


「白砂を使ってよ。アレはどこにでもあるからね。カメラに変化させれば24時間のぞき見できるんだよ。録画もできるしね」


「え。白砂? あれにはそういう使い方もあったんですか。魔女さんが持ってたゴーレムも白砂で作られているそうですし。それで何で24時間僕をのぞいてたんですか」


「さすがにすべては見ないわよ。色々あるからね。むふふ」


「はあ。そうですか」


走馬灯のように旅の記憶が思い出された。


「でも何で僕を見る必要があったんですか?」


「あなたを通して海外の現状を知ることと、あなたの状態というか性能を知るためかしらね」


「状態? 性能? どういうことですか?」


「それは後々説明してあげる」


「お願いします」


「それで、何か聞きたいことがあるからここに来たんでしょ?」


「はあ。まあそうですね。色々ありますけどあの雲の壁は一体何なんですか? 友達が消えちゃったんですけど、どこに行ったか知りませんか? そもそもここはどこですか? もしかして古代魔法文明の国ですか?」


「落ち着いて。セイジ君は質問が多いなあ。ひとつづつ話していくよ。まず幽霊さんと白蛇さんは消滅してないよ」


「よかった。どこにいるんですか?」


「幽霊さんは生まれ故郷の井戸に帰ったよ。白ヘビさんは白い玉に戻って、あちら側に転送されていますよ」


そういうと女子高生は巨大な白壁が続く対岸を指さした。


「そもそもどういうことですか? 突然何もかもが砂になっちゃったんですけど」


「あの白い雲は魔力を含んだ物質を分解し魔力を奪っちゃうの。そういう白砂なんだよ。それで魔力を失った幽霊さんは体を失いかけましたが、残った霊力を使って生き残っていますよ。結果として幽霊さんは魔力から解放されて井戸に戻ったんだよ。ヘビさんも魔力を失ったんで復活するまでは時間がかかるかな」


「魔力を吸収するんですか。だから僕の持っていた魔道具が消滅したんですね。それにしても幽霊のレオナさんの井戸って、ここの地域にあったんですね」


「そうよ。井戸が不思議な力で王都の井戸とつながったみたいね。でも戻ってこれてよかった。いずれどこかで二人と再会できるかもね。そうそう、この地域は妖怪はいるけど魔獣はいないよ。霊力はあるけど魔力はないの」


「はあ。妖怪に霊力ですか。取り合えず二人が生きててよかったです」

(幽霊のレオナさんは探してた井戸に戻れてよかった。のかな)


「質問をどうぞ?」


「はい。では。ここは古代魔法文明の国でいいんですか?」


「正確には古代文明だね。魔法は使っていない。そもそも白竜襲来以前は魔力がないからね」


「そうですか。それで君は何でここにいるんですか? 制服着てるけど、もしかしてここは巨人族の国で学校があるんですか?」


「あはは。違うよ。契約者の命令でここにいるの。そもそも私、巨人族じゃないし。大きいけど」


「そうでしたか。すみません」


「気にしないで。しいて言えば、門番かな」


「え。何から守るんですか? 魔獣ですか?」


「悪いものかな。魔獣だけじゃないわ」


「そうですか。あなたは強いんですか?」


「めちゃくちゃ強い。雲の壁が出来るまでのあいだに、この地域で発生した魔獣を殲滅せんめつしたよ。私以外にもいるけどね」


「へえ。すごいですね」


「すごくないわ。私は不死身だから」


「不死身。結局あなたは何者なんですか?」


「その質問に答える前に、セイジ君はどうしてここに来ることになったか覚えているよね」


「はい。えっと。とある女性にこの世界のことが知りたければ、東に巨人がいるから会いに行けばいいって言われたからです」


「そうだね。実はね。女神のルナと私は友達なの」


「は? ええっ!? そうだったんですか」


「ルナは男と一緒に行動してたでしょ?」


「はい。冒険者パーティーを組んでました」


「彼も契約者だよ」


「はあ。さっきから気になっていたんですけど、そもそも契約者って何ですか?」


「セイジ君は知ってるはずだよ? 旅の中で契約者に会ったことがあるし、契約するところをその眼で見たはずだ」


「え? ・・・。もしかして魔女さんの事ですか」


「正解」


「ということは・・・。君も女神のルナさんも白砂で出来たゴーレムなんですか?」


「まあ、ゴーレムと言えばゴーレムだけどね。当時の最先端技術で作られた所謂いわゆるアンドロイドだよ」


「えっ。そうだったんですか。まったく分かりませんでした。にわかには信じがたいですね。でも確かにルナさんはめちゃくちゃ強かったですね。男の人が契約者という事は彼は古代文明の事を知っていたんですね」


「いえ。彼は彼女が古代文明の遺物だという事は知らない。白い玉をダンジョンの宝玉か何かだと思ってるみたいね。彼は現地の一般人だから」


「そうなんですか。ダンジョンで白い玉が見つかったんですか。そもそも何で古代魔法文明と呼ばれていたんですか?」


「白砂を使って何でもできるからね。魔法ではなく科学の力よ」


「そうでしたか。人間と見分けがつかないアンドロイドを作れるくらいですから、今生きてる人たちからしたら魔法と勘違いしてもおかしくないですね」


「そうだね。約1000年前に文明が滅んだからね。情報が正しく伝わらないこともあるよね」


「魔女さんたちも現地の一般人ですか?」


「ん~。彼女たちは古代文明の知識をもった一般人って感じかな。わずかな情報だけどね」


「はあ。君は魔女さんたちのアンドロイドとも友達なんですか?」


「違うよ。彼女たちとは繋がっていない。まだ私たちとの接続の方法を知らないっぽい。製造時に入力された基本知識はあるはずだけどね。ルナと違って友達になりたいとは思わなかったから、こちらから接触はしなかった」


「そうでしたか。そういえば、魔女さんたちは古代魔法文明の国を探してたましたね」


「あっちの古代文明の国は壊滅状態だったからね。生き残っている場所もあるけど探すのは苦労しそうね。こっちも壊滅に近い状態だったけど、かなり復興したわよ」


「そうなんですか」


「なんだか他人事みたいに聞いてるけど、セイジ君もアンドロイドだよ。私と違って最新機種のね」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・。え」

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