第159話 黒竜
滅亡したギンネ国の元首都を暗闇が
僕がその暗闇の近くを歩いていると、唐突に草むらに
(うおっ。びっくりした。レオナさんが怖がっていたのはこのミイラさんか)
その人は魔術師のローブを身に着けており、
しかも、その杖の直径1mだけが砂地になっており草一本生えていなかった。
(あの杖、呪いでも掛かっているのかな)
ミイラが僕に気付いて目をゆっくりと開いた。
ミイラの右目には紫色の魔石らしきものが埋まっており、輝きを放っていた。
「人間か。貴様は私の魔力に気付かなかったのか?」
「はい」
「鈍感なのか。豪胆なのか。高度な結界や上物の魔道具を身に着けているようだが」
そういうとミイラさんは僕の体や脚のアンクレットなどを見た。
「緑に赤に黒か。ふむ」
魔法使いのミイラさんが何やら黙り込んで考え込んでしまった。
(あれ。このまま行っていいのかな。それとも話しかけたほうがいいのか。少し会話して立ち去ろうかな)
「あなたがマルコさんが言っていた魔術の師匠ですか?」
「いかにも。マルコにあったのか。まだこの世にいたか」
「全員いるようですよ。アンデッドですし」
「そうか」
「ここで何をしているんですか?」
「自問自答だ。私は人生を掛けて魔法を研究していた。そして古代魔法文明の魔術も極めようと試みた。しかし、いくら古代魔法文明の遺跡を探索しても何もつかめないのだ。あれは魔法ではないのではなかろうか。私には理解できない代物のようだ」
師匠はぶつぶつ独り言のようにしゃべっていた。
「暗闇には何がいるのですか?」
「暗闇。あれは闇ではない。濃厚な死霊属性魔力だ。そして、あそこにいるのはそれを放出している黒竜。古代魔法文明を崩壊させた古代竜だ」
「黒竜がいるんですか。黒竜とは会ったんですか?」
「いや。我々では近づくことさえできなかった。あれは神と言っても過言ではない。もはや私はここで黒竜の存在を感じているだけでいいのだ」
すると師匠の魔石の眼が
「うおっ。
僕は反射的に手で光を
その光はすぐに収まったが、師匠の体に変化が起こった。
ぶくぶく。
骨と皮だけしかなかったミイラの肉体が一瞬だけ盛り上がり、新鮮な体なったにように見えた。
しかし、すぐにミイラの体に戻った。
「また誰かが私が城の地下に造った魔法陣を
「え? どういうことですか?」
「奪った肉体の一部を魔力に変換し、それを私の体に転移させ私の魔力にしている。その者に代償として魔法を付与してやっているがな」
「はあ」
「わからぬならわからぬままでよい。私の魔力が増加した。ただそれだけの事」
「そうですか」
「私はこの世で最強の部類に入るだろう。しかし、古代竜の足元にも及ばない。この世に存在する魔術をすべて極めてもだ。ゆえに古代魔法文明の魔術も極めようと思ったのだがな」
「竜を倒したかったんですか?」
「最初は魔術を極めたかっただけだ。しかし、魔術を研究しているうちに古代竜を放っておけば再び人類は文明を、そして魔法を失ってしまうことを理解した。だから私は古代竜を倒そうと決意した。しかし、無謀だった。この世界は白竜が造った世界。私の魔術は白竜の魔力を利用したもの。それでは勝てない。魔法では絶対古代竜には勝てないのだ」
「だから古代魔法文明の研究もしていたのですね」
「ああ。古代魔法文明だけではだめ。魔術だけでも駄目。ならば両方を極めたらいいのではないかと思ったのだがな。浅はかだな。そしてアンデッドの身では限界があることにも気づいた。よって私はこの体を捨てようという考えに至って、この場に留まっている」
「体を捨てる。ですか」
「ああ。魔力生命体になることにした」
「魔力生命体。精霊や霊体ですか」
「ああ。君はダンジョンの最後を知っているかね?」
「はい。ダンジョン核である
「それではまだ不十分だな。なぜ膨大な魔力を
「いえ。わかりません」
「まあいい。霊体が守護獣に宿ったところで今の私と何も変わらず意味がない。幻獣の上の存在である神獣になれば何かが違うかもしれないが、私はまだ遭遇したことがないのでな。そこで膨大な魔力を持った霊体のまま、守護獣に宿ることなくどうにか存在できないかと考えている。その先に新たな可能性があるのではないかとな」
「そうでしたか」
「それで。貴様はここで何をしている」
「アルケド王国から白い海を見るために旅をしてきました」
「そうか。奇特な人間もいたものだな。それにしてもアルケド王国か。懐かしい名だ」
「ご存じでしたか」
「ああ。私が生まれた国だ」
「へえ。そうなんですね」
「生まれた場所などどうでもいいことだ。それにしても白い海か。見るべき価値のある景色ではあるか。行くがよい。ついでに暗闇の中も見ていくことを
「元首都ですか。僕が行っても大丈夫なのでしょうか」
「行けるところまででよい。体が進むことを拒絶するだろうからな。いや。君ならば何の抵抗もなく行けるかもしれんな」
「そうですか。では行ってみます。ではさようなら」
「ああ」
師匠はゆっくりと目を閉じた。
僕は元首都に行くことにした。
師匠から離れたところで幽霊のレオナさんが魔術書から出てきた。
(ふ~。ものすごい魔力量でしたね~。外に出てたら吸収されてましたよ~)
(え。そんなことになってたの?)
(あんな
(そうなの? 魔力については、空気が変わったな。くらいにしかわからないよ)
(そうでした~。せいじ君はもともと魔力を持っていなかったんですよね~。不思議ですね~。この世界に生まれて魔力を持っていない存在がいるんですね~)
(そ、そうだね。不思議だね)
暗闇の中に侵入すると、ここまで続いていた豊かな自然が突然途絶え、荒れ果てた大地が始まった。
しかも元首都に近づくにつれ、どんどんあたりが暗くなっていった。
(まさに死の大地だな。それにまだ日が出たばかりなのに暗いな)
発火を
(火属性魔力にも影響を与えるのか)
気付くと辺りは静寂に包まれていた。
(不気味なくらい静かだな。風もないし。虫に音もしない)
薄暗い中をしばらく東に進んでいると、巨大な廃墟の都市が見えてきた。
(あれが首都か。薄暗い行けど何とか視界が効くな)
僕は街を取り囲む石造りの城壁の前にたどり着いた。
どこから入ろうかなと思案していると突然声を掛けられた。
「やっと来た。待ってた」
「っ!?」
気付いたら目の前に黒竜の分体であるクロさんが立っていた。
「はい。遅くなりましたかね」
「気にしない。ついて来て。私に合わせてあげる」
「はあ。ちょっと待ってください。僕がこの中に入っていいんですかね。危険だって聞いたんですけど」
「平気。爪が守ってくれるから」
「そうでしたか」
クロさんが歩き出した。
破壊された城壁の隙間を通って街中に入り、クロさんの後をついて廃墟の街を歩いて行くと広大な広場に出た。
広場には多種多様なゾンビやスケルトン、ミイラなどが大量にさまよい
街の中央辺りまで来ると、少し先が見えないくらい周囲は暗くなっていた。
雲が太陽を隠しているのかと思って空を見上げたが空には雲一つなかった。
そして暗闇の向こう側に太陽が輝いているのが見える。
(どいう事だ?)
僕が不思議に思っているとクロさんが振り返って説明をしてくれた。
「私の本体が放つ死霊属性魔力が太陽の光を
「え。そんなことが起きているんですか」
「うん。ちなみに私は黒竜の爪」
「そうだったんですか」
「うん。爪の分だけ私はいる」
「竜の爪って何本あるんですか?」
「っ!? 20本くらい?」
「僕に聞かれても知りませんが、まあ、そんなもんでしょうね」
「うん」
クロさんがアンデッドの群れの中に進んで行くと、アンデッドたちが道を開けるように移動していった。
僕はその後に続いた。
広場の中央にはとてつもなく長い木の城壁があり、敷地の中に巨大な木造りの屋敷がいくつも建っていた。
かなり離れたところにある城壁の
僕の目の前にある巨大な城門は硬く閉ざされていた。
巨大な扉には半透明な幽霊が何体も
「セイジ。開けて」
「え。はい」
(触りたくないなあ。幽霊さんがいっぱいいるよ)
(中に入るんですか~?)
するとレオナさんが話しかけてきた。
(そうですね)
(死霊属性魔力が濃すぎて外に出たままこれ以上進むのは無理なので、私は魔術書に隠れてますね~)
(はい。わかりました)
僕は魔銀の義手で腕の力を強化し、重い木の扉を押し門を開けた。
僕たちはそのまま門をくぐり、敷地内に足を踏み入れた。
中に入るとすぐ目の前に建物が建っていて、僕たちはそれを避けるように奥に進んでいった。
門から直線状に3つの建物が建っていたのだが、2番目と3番目の建物はいずれも白い大理石の上に建てられた5階建てで横幅の長い巨大な建物だった。
左右にも大きいものから小さいものまで立派な木造建築が無数に立っていて、僕は圧迫感を感じながら歩いていた。
「あれ」
前を歩いているクロさんが指さしたのは3番目の建物の入り口だった。
その建物は横幅が50mはあろうか思われる巨大な建物だった。
その建物は黄色い屋根瓦と朱塗りの柱が特徴的だった。
僕はクロさんに先導され、白い大理石の階段を上り中に入った。
建物の中は
(暗いな。クロさんは平気みたいだけど。発火)
僕は小さな火の玉を発動させ灯りを作った。
長い廊下を歩いて行くと綺麗な彫刻がされた大きな扉が現れた。
「開けて」
クロさんの平坦な声が聞こえた。
「はい」
僕は力を込めて扉を押し開けた。
そこは巨大な空間が広がる部屋だったが、中央には奈落の底につながっているかのような巨大な穴が開いていた。
「降りるよ」
そういうとクロさんは大穴の中に飛び込み落ちていった。
僕もクロさんの後に続いて大穴の底に向かって飛行を始めた。
しばらく大穴を降りていくと、ようやく底にたどり着いた。
地の底にも巨大な空間が広がっていたが、漆黒の鱗を持つ巨大な竜が鎮座しその空間をほぼ埋めていた。
黒竜の鱗のあまりの黒さに暗闇の中に漆黒が浮かび上がって見えていた。
(あれが黒竜さんか。大きいな)
黒竜が
僕が発動させた火の玉の光できらりと黒い瞳が輝いていた。
すると、黒竜が巨大な前脚を動かし、太く黒い爪で僕に触れようとした。次の瞬間。
結界とアンクレットがひとりでに反応し、炎の結界が自動で展開され、黒竜の手が僕に触れることを
「赤ちゃん嫌い」
僕の横にいる分体のクロさんがぼそりとつぶやいた。
「セイジ。アンクレット外して」
「はあ」
僕はアンクレットを外そうと力を入れてみたり、テレポートさせようとしたがビクともしなかった。
「外れないですね」
「そっか。じゃあいい」
分体のクロさんが黒竜の前に歩いて行き、そこから僕に向かって話しかけてきた。
「少しお話しをしよう」
「はい」
「セイジに触れようとしたのは、セイジにもっと強力な私の魔力を植え付けようとしたから。黒い爪だけじゃ弱い」
「え。何のためにですか?」
「そのアンクレットと同じ」
「はあ。何か意味があるんですか?」
「魔力刻印」
「魔力刻印?」
「セイジに魔力を
「はあ。そうですか。魔力量が増えたり魔法が使えたりするんですか?」
「本質は違うけど、そんな感じでいい。黒い爪には魔力しか込めていないから魔法は増えてない」
「はあ。そうですか」
「私の話をする。私はある時期から私に近づく生命体が皆アンデッド化してしまうようになった。生命体を絶滅させることが私の目的ではない。だから私は地下に潜った」
「そうなんですか」
「セイジ。友達になってよ。私はここから離れられないし、ここには誰も来られないから話し相手がいない」
「僕が友達になるのは構いませんけど、赤竜さんでは駄目なんですか?」
「竜は支配地から動けない」
「そうなんですか。それは困りましたね。僕は旅の途中でして旅が終わってもたまにしかこれませんよ」
「構わない。セイジ。私に何か質問して」
「え。あ、はい。えっと。黒竜さんに赤竜さんのような配下はいるんですか? ここには誰もいないようですし、分体のクロさんしか出会っていませんけど」
「いない。何もしなくてもダンジョン領域は生まれ、そして成長していく」
「管理とかは?」
「必要ない。強い領域が出来て一体の神霊か神獣が生まれさえすればいい。それが我らの役目」
「そうなんですか。そういえば分体のクロさんと初めて会った時、白い砂をみどりさんにあげると言ってましたけど、白い海で採取してきたんですか?」
「そう。緑ちゃんはゴーレム用の素材を欲しがっていたから。でももういらないって」
「そうですか。僕も白い海に行こうと思っているんですけど、ここから近いのですか?」
「・・・。ここは国の真ん中。近いかどうかはセイジ次第」
「そうですね。僕にとっては結構遠いみたいです」
「そう。セイジは私が恐ろしくないの?」
「え。はい。どうしてですか?」
「ここまで入ってこれた人は誰もいない。魔獣やアンデッドでさえも」
「そうなんですか」
「緑ちゃんや赤ちゃんのおかげだろうけど、それだけじゃ無理。でもセイジはここまでこれた。不思議」
「そうなんですか。よくわかりませんが」
僕は何となく周囲を見てみたところ、部屋には黒竜さんの鱗が無数に転がっていた。
脱皮でもしたのだろうか。
「セイジは何で白い海を目指している?」
「ある人に教えてもらったからですけど、特に目的はありません。白い海を見たら次の行き先はそこで考えます」
「そう」
「そういえばこの辺に巨人はいますか?」
「巨人。特徴は?」
「それが巨人としか聞いていないんで詳しくはわかりません」
「そう。わからない」
「そうですよね」
「東に行くなら私が案内してあげる」
「ありがとうございます。でもひとりで行けますよ」
「東の海沿いの街にダンジョンが出来ている。そこの守護獣が狂暴。その爪があっても襲って来るかも。だから私がついて行く」
「そうなんですか。ではお願いしますね」
「わかった。歩いて行く。友達と旅がしたい」
「いいですよ」
僕たちは元首都を離れ、歩いて東に向かった。
日が暮れてきたので僕たちは野営をすることにした。
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