第158話 魔術師

山を越えると再び草木に覆われた平原が広がっていた。


(想像していた死者の国とは全然違うなぁ)


(どんな想像をしていたんですか~)


幽霊のレオナさんが僕の脳内の感想に話しかけてきた。


(廃墟の街とか草木が生えていない荒廃した大地が広がっている光景かな。生命体が生きて行けないような場所)


(黒竜さんがアンデッドたちに命令したらできるかもしれませんが~、草むしりは大変ですよ~)


(そうですね)


空を飛んで平原を移動していると前方に建物が見えてきた。


(廃墟の街かな? でもなんか変だな)


草木が生い茂る広大な大地に5階建ての直方体の建物が点々と建っていた。


(マンションなのかな。すべての階と面に窓が3つづつある)


建物は劣化が進み所々壊れていた。


人気ひとけはなく風の音だけが聞こえてくる。


アンデッドに滅ぼされる前はどんな場所だったのか気になったが、僕は通り過ぎて先へ進んだ。



山を越え野を越え進んでいると、日暮れ前にようやく城壁に囲まれた街が見えてきた。


その廃墟の街は川のそばにあった。


その街は石壁の上に木の柵が立てられている城壁で囲まれていた。


しかしその城壁は風化のせいなのか破壊されたのか、崩れたり大穴が開いていて城壁の役目をはたしていなかった。


僕は城壁を飛び越え、街の中に降り立った。


生きている者の気配を全く感じない、まさに廃墟の街だった。


街の様子はというと建物も原形をとどめていないものが多く、中には建物の土台部分の石しか残っていない建物もあった。


石畳の道を街の中央に向かって歩いて行くと、道端に破壊された大量の石のゴーレムが散らばっていた。


(ゴーレムでアンデッドと戦ったのかな)


しばらく街の中を散策しながら、僕は雨風がしのげそうな建物を探した。


(それにしてもアンデッドが見当たりませんね。もうそろそろ日が暮れるから、そうなったら出てくるのかな)


(アンデッドの気配がしますから、いることはいますよ~。セイジ君の生命力を感じて目覚めるんじゃないかな~)


(なるほど)



廃墟の街を歩いていると、ボロボロの木の壁に囲まれている巨大な建物が現れた。


(領主が住んでた建物だったのかな)


僕は壊れた門から中に入った。


庭は広く様々な大きさの建物が建っていた。


中央にある5階建ての木造の丸い建物は、5層の円形の屋根に青色の瓦が使われていた。


破壊されていなければ、観光名所になりそうなほどの立派な建物だったのだろう。


その建物に向かって歩いていると庭に大きな池が造られていた。


一瞬だけ池に目を向け視線を戻そうとしたとき、ゆらりと水面が揺れ黒い影が現れた。


(なんだろ。魚は生き残っているのかな)


僕は池に近づいて水面をのぞき込んだ。


すると。


ドバッ


池をのぞき込んでいた僕の顔に向かって、真っ黒な魚が水中から飛び出してきた。


「うおっ」


僕はびっくりして無作為にテレポートしていた。


上空に転移した僕は飛び出して来た魚を探した。


黒い魚は空中を泳ぎ、再び池の中に飛び込んでいった。


(何ですかあの魚。アンデッドなの?)


(違いますよ~。あれは鉄魚ですよ~)


(鉄魚? レオナさんは魚にも詳しいんですね)


(地元にいた不吉な魚だから知っていたのです~)


(なるほど)


僕は池から離れた地面に降り立った。


(倒さないんですか~?)


(はい。依頼を受けていないですからね。わざわざ倒しませんよ)


(あ)


(え? どうしました?)


振り返り池を見ると、杖を持ちローブを身にまとったスケルトンが鉄魚にえさをあげていた。


(いつのまに)


そのスケルトンがゆっくり僕に近づいてきた。


「っ!?」


「人間のお客とは久しいですね。冒険者かな?」


(話しかけてきた。敵意は無いようですね。この人が受付さんが言っていた街を拠点としているアンデッドさんかな)


僕は相手の様子を注意深く観察しながら返事をした。


「冒険者です。あなたは? この屋敷の主人ですか?」


「くくく。誰も住んでいなかったから勝手に住んでいるだけだよ」


「そうですか。襲ってこないんですか?」


「ふっ。私は争いごとには興味がないのだよ。自らの意思で人間からアンデッドに生まれ変わったが、心までアンデッドになり下がったりはしたくないのだよ」


「そうなんですね」


「それにしても、あなたはゴーストを使役しているのだな。死霊使いか?」


「いえ。旅のれです」


「くくく。連れか。なかなか面白い」


「それにしてもあなたはどこから現れたんですか? もしかしてずっとここにいましたか? 透明化とか」


「転移魔法だよ。あなたの妙な魔力に興味を持ってここにやってきた。あなたも転移魔法を使っていましたよね。浮遊魔法も。なかなかの魔法の使い手だ」


「そうですかね。ありがとうございます」


「名乗るのが遅れたね。私はマルコという」


「僕はせいじです」


「しかしあなたは不思議な方法で魔法を行使しているのですね」


マルコさんが骸骨に開いた空虚な目で僕をジッとみた。


「結界に魔力の流れを組み込んでいるのですか。面白い。あなた自身は魔力をあまり持っていないようですが、魔道具でおぎなっているのですね。足の魔道具と結界との効率のいい結び付き方が素晴らしい」


「はあ」(赤竜さん、結界と結び付けてたのか)


「私も魔術師でね。スケルトンになって肉体をなくし目が見えなくなった代わりに、魔力の流れが鮮明に見えるようになりましてね。人間だった時には理解できなかったことが分かるようになりましたよ」


「はあ」


「それに見てください」


そう言うとマルコさんは、ローブの中から骨になった腕を僕に見せるように出した。


すべての指にはごつい魔石が付いた指輪がめてあり、腕の骨部分には紋様が描かれていた。


「タトゥー魔法陣ですか?」


「ご存じでしたか。あなたもあの国を通られましたか。私たちがあの国を訪れた時はまだまだタトゥー魔法陣は発展途上でした。我々がその国の王に世話になった礼に、タトゥー魔法陣の改良方法を伝授して差し上げました。いまだに使用しているという事は少しは役に立てたという事でしょう」


「へえ。そんなことがあったんですね」


「ええ。ですから参考にしましたが別物ですよ。骨に刻み込んではいません。応用が利かなくなりますからね。そもそも上級魔法陣を体に刻み込むことなどできませんからね」


その人はもう片方の手を出した。


その手には分厚い本が握られていた。


「これは我々の研究の結晶である魔術書です」


すると骨に描かれていたはずのタトゥー魔法陣が移動した。


「動いた!?」


「ええ。骨に描いているのではなく、骨の上に魔力を持った液体が乗っているのです。そういう魔法を液体に掛けているのですよ」


「なるほど」


「簡単な魔法だけ、この魔法陣を使って発動させています」


「そうなんですね。ところで、あなたはここで何をしているのですか? この国を滅ぼした人ですか?」


「私は滅ぼしていないよ。私たちは、と言っていいかな」


「私たち。仲間とこの地に来たということですか」


「そう。偉大な魔術師とその弟子たちと共に西の果てからこの地にやってきた」


「そうなんですか。僕も西から来たんです」


「だろうね。身に着けている魔道具で大体わかる」


「そうですか」


「私たちは魔術の研究のため色々な場所を訪れている。そして今はここで研鑽けんさんを積んでいるのだよ」


「そうでしたか」


「しかし、正直言って行き詰っていてね。古代魔法文明の謎を解き明かせば新たな可能性が見つかるかもと思っていたのだが、この国のように街が白竜や古代竜たちに徹底的に破壊し尽くされてしまっていて、古代魔法文明の情報が手に入らないのだよ」


「そうなんですか」


「むろん各地で古代魔法文明の遺跡を見つけては調査はしている。魔人国へ続く海底洞窟とかね」


「え。あそこを調べていたんですね」


「ああ。君も行ったことがあるのかね」


「はい。依り代の部屋に行っただけですが」


「なるほど。あそこには何もなかった。ただ砂だけがあった」


「そうですね」


「その後、私たちは魔人国に渡った。当時は魔人国ではなかったがね。我々は魔人に協力し国造りを手伝った後、共に遺跡調査をしたが海底洞窟ほどの遺跡はなかった」


「そうでしたか。皆さんとここ住んでいるのですか?」


「いや。バラバラだよ。廃墟の街にそれぞれ拠点を構えている。各々おのおのやりたい研究があるからね。もちろん協力関係は続いているよ」


「そうでしたか」


「それで君は何しに死の大地へ?」


「白い海を見に来ました」


「くくく。あれか。私も見てきたがまさに白い海だ。まるで液体の白い砂漠だ。しかしそれだけだぞ。何もない。普通の海と何ら変わらない。それが不思議ではあるがね」


「そうなんですか。巨人はいませんでしたか?」


「巨人? いなかったな。何なのだ。その巨人とは」


「僕も人から聞いただけなので何も知りません」


「そうか。白い海まで行くのなら忠告しておこう。元首都には行くな。あそこは人の身で生きていける場所ではない」


「え。そんな場所があるんですか」


「ああ。闇だ。ただ闇がある。我々も中心に行くことを断念した。アンデッドの体をもってしても躊躇ちゅうちょせざるを得ない恐怖が、闇が、そこにはある」


「それほどですか」


「ただ、その闇に神を見た者がいてな。近づけるぎりぎりの場所でその存在を感じながら過ごしているようだ」


「神ですか」


「その御方は私たちの魔術の師でな。闇の影響がギリギリ及ばないところでずっと座って過ごしている。君が東に向かうなら会ってみてくれないか。君に興味を持ってくれるかどうかはわからないがね」


「その師もアンデッドですか」


「そうだ。アンデッド化の魔術を生み出した偉大な魔術師だ。我々は師のおかげで永遠の時を生きることが許された」


「そうだったんですね」


「泊まる場所を探していたのであろう。我が屋敷で休むがよい。部屋は無数にある」


(え)「いえ。食糧も節約しないといけないんで先を急ぎます」


「そうか。生きるという事は不自由ということを忘れていた。確かに生きている者にとって時間は有限。失礼した」


「いえいえ。そういえば、ここまで魔獣やアンデッドに遭遇しなかったんですけど、日の光があるからなんですか?」


「くくく。君のせいだよ」


「え。僕ですか?」


「君の爪だよ。この地ではその禍々まがまがしい黒い爪のせいで誰も君に近づけないのさ」


「そうでしたか。あなたは平気なんですか?」


「私たちはそれ以上のモノを知っているからね。暗闇の中にいる存在に近いね」


「そうなんですか」


「その爪はどうしたんだい?」


「えっと。旅をしていたら偶然出会った怪しげな少女に貰いました。僕もよくわかりません」


「くくく。よくわからないものは体に埋め込まないほうがいいよ」


「そうですね。でもこんなことになるとは思わなかったんです」


「そうか。もう少し魔力に敏感になったほうがいいぞ」


「はい。いろいろありがとうございます」


「うむ。時間を取らせて悪かったね。さらばだ。帰りに寄ってくれてもよいぞ。久しぶりに話し相手が出来て楽しかった」


「はい」


「他の街にも仲間が住んでいる。私と同じように歓迎してくれよう。問答無用で襲い掛かってきたら我が名を使うがよい」


「はい。ありがとうございます」


僕は速足で屋敷の敷地から出て行った。


「ふう。びっくりした」


「何でせっかくのお誘いを断ったんですか~。立派な廃墟の屋敷に泊まれたのに~」


「え~。泊まれないでしょう。レオナさんだったら泊まりますか?」


「泊まりませ~ん」


「一緒じゃないですか。寒気がする場所でくつろげませんよ」


「私にとっては心地よいですけどね~」


「でも泊まらないんでしょ?」


「はい~。知らない男の家に何て泊まれませんよ~」


「そうですか。では行きましょうか」


「は~い」


僕は街を出て東に進み、日が完全に沈んだところで木の上で眠ることにした。



翌朝、僕は日の出と共に起床し東に向かった。


しばらく進んでいると前方に半球体の巨大な暗闇が広がっていた。


(なんだろ。雨雲かな?)


(違います~。あれは死霊属性魔力です~)


(ダンジョンがあるのかな)


(どうでしょうか~。でも私は絶対に近づきたくないですね~。ヤバい雰囲気がビンビンです~)


(そうですね。あれを避けて行きましょうか。あ。もしかしてあれがマルコさんが言ってた闇じゃないんですかね。ということは元首都なのでは?)


(地図を見てみたら~)


(そうでした)


僕は地上に降り立ち地図を見た。


(やっぱり元首都ですね。マルコさんもあそこには近づくなって言ってたから、やっぱり避けて行きましょう)


(それがいいです~)


僕は前方にあるドーム状の暗闇を避けるように進路を取った。


僕が木の上を飛んで移動しているとレオナさんの声が聞こえてきた。


(せいじく~ん。進路がずれてるよ~。このままいくと首都に着いちゃう)


(え。そうですか。適当に飛んでるからかな)


僕は進路を変え再び移動を開始し、首都を離れるように飛んだ。


しかし、またレオナさんから同じ指摘があった。


(おかしいですね。引き寄せられているとか? あまりそういった力は感じませんけど)


(飛んでるからじゃな~い?)


(そうですかね。まあ、とりあえず歩いてみますか)


僕は地面に降り立ち、草木が多い茂る野原を歩き出した。


しばらく歩いているとレオナさんの悲鳴が聞こえてきた。


「っ!?~。やばいです~」


「どうしました?」


「強大なアンデッドがいます~」


そういうとレオナさんはリュックの中にある魔術書の中に隠れた。


「レオナさ~ん」


返事がない。


(何がヤバいのか聞きたかったんだけど)


取り合えず僕はそのまま歩き出した。


(あれ? どんどん暗闇に近づいて行く。どうしてなんだろ)


僕はとうとう暗闇の目前まで来てしまっていた。


すると暗闇の手前の草むらに、魔術師の装備をしたミイラが座っているのが見えた。

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