第157話 死者の国へ

大量のゴーストに体を乗っ取られた羊の魔獣を討伐した後、僕は交易路を通り東に向かっていた。


目的地は砂漠の国の東端にある街ビーンロージ。


死者の国と接している都市だ。


しばらく空を飛んで移動していると城壁に囲まれた城塞都市が見えてきた。


ここまで来ると景色も様変わりしていて、砂漠がなくなり草や低木が生い茂る荒地が広がっていた。


ビーンロージの街は、街を横断するように東西に川が流れ、街の周囲には木々がたくさん生い茂っていた。


そして城壁の上からレンガ造りの巨大な塔が伸びているのが目に入った。


街に近づいてみると、城壁の上に戦士風の石像が等間隔に置かれていた。


(石像がある。何で城壁の上に設置してるんだろ)


城門を抜けると、高層の木造建築が道幅の広い道路沿いに規則正しく並んでいた。


(さて。冒険者ギルドはどこにあるのかな)


僕は取り合えず街の中央に行こうと、街に入る前に見えたレンガ造りの塔を目指して歩き出した。


しばらく行くと、僕は川の手前の大通りに立つレンガ造りの塔にたどり着いた。


塔の右側にはいつもの見慣れた建物が建っていた。


(冒険者ギルドは国が変わっても同じ建物なんだな。安心します)


冒険者ギルドの横には広場があり、そこには杖を持ってローブを着た男と、冒険者風の格好をした女性の銅像が台座の上に立っていた。


(有名な人たちなのかな。それにしても女性の方は妙に精巧に出来ているな。今にも動き出しそうだ)


僕は後ろ髪を引かれつつ、冒険者ギルドに入った。


僕は受付に向かい、死者の国について聞いてみた。


「こんにちは。死者の国に行こうと思うんですけど、死者の国についての情報はありますか?」


「こんにちは。では冒険者ギルドカードの提示をお願いします」


「はい」


僕は受付の台に置いてある黒い板に冒険者ギルドカードを近づけた。


「はい。第2級冒険者のセイジ様ですね。死者の国についてですが、その国はとてつもない広さの領土を持つ国です。そしてアンデッドを発生させています。その脅威から我が国を守るために長城によって囲まれていまして、城門は硬くは閉ざされています」


「え。そんなに広い国を丸ごと城壁で囲んだんですか?」


「はい。アンデッドに滅ぼされた国は『ギンネ』と言うのですが、元々はその国が白の大地から流れてくる魔獣対策のために国の北部に東西に連なる城壁を建造したのです」


「へえ。そうだったんですね」


「白竜様がこの世界に降臨して以降、ギンネ国は国が一つにまとまっていた時代があったり、分裂して国が乱立していた時代があったりしたのです。分かりやすくするためギンネ国と呼ぶ事にしていますが、ギンネ国は始めは他の国と同様、年々増え続ける魔獣を何とか対処していたのですが、ある時期をさかいにアンデッドが爆発的に増え、対処できなくなって滅んだのです。その後、死者の国と接する国々が協力して国境線沿いに新たな城壁を造ったわけです」


「なるほど。死者の国は最初からアンデッドがあふれていたわけではなかったんですね」


「はい。死者がいないとアンデッドになりませんから」


「そうですね。それで立ち入り禁止なんですか?」


「いえ。そういうわけではありません」


「死者の国の状況は把握出来ているのでしょうか?」


「死者の国の領土は広大ですので、あまりできていませんね。たまに一攫千金を狙って死者の国に行く冒険者もいるようですが、あまり奥まで行くことはないですね。死者の国に侵入した冒険者によると、かつて主要都市だった廃墟には強大なアンデッドが支配者として君臨しているそうです。もちろん住民はアンデッドですが。人間はすべて死者の国から逃げているので誰一人残っていないと思われます。死者の国から命からがら逃げかえってきた冒険者によると、支配者は魔法使いが多いそうです。主要都市以外の廃墟の街もアンデッドが住処すみかにしているという情報もあります」


「そうなんですね」


「そして死者の国には、アンデッドだけではなく魔獣も多く棲息せいそくしています」


「へえ。魔獣は生きているんですね」


「はい。魔獣を狩る人間がいなくなったせいで、死者の国に住む魔獣たちは繁殖し放題です」


「なるほど。アンデッドは魔獣を襲わないんですか?」


「襲いますが基本的に棲み分けが出来ているようですよ。アンデッドが森を切り開くわけもないですし。反対に魔獣もわざわざアンデッドを襲う理由はないですしね。腐った肉は食べないでしょうから。魔獣もアンデッドに勝てないとなれば別の場所に移動するでしょう」


「そうですか。廃墟の街の場所はわかりますか?」


「はい。ギンネ国時代の地図が残っていますので街の場所はわかります」


「そうですか。その情報をください」


「わかりました。ではこれを。死者の国の大まかな地図です」


僕は地図を受け取った。


地図にはいくつかの都市の場所がしるされていた。


「ギンネ国の首都はどこだったんでしょうか」


「首都は領土の中心よりやや東寄りの場所にある街で、様々なアンデッドであふれているそうです。未確認情報ですが、死者の王が首都を支配し、スケルトンやゾンビなどのアンデッドの軍団を組織しているといわれています」


「なるほど。死者の王ですか」


僕は地図上でその場所を確認した。


「セイジ様はそこにおもむかれるのですか? かなり距離がありますしあまりにも危険ではないでしょうか」


「いえ。海まで行こうかと思っています」


「えっ」


受付の女性が驚いて思わず声を上げたが、すぐに平静を取り戻した。


「そうですか。第2級のセイジ様なら死者の国を横断することもできるかもしれませんね。戻ってきた際にはぜひ冒険者ギルドに死者の国の情報を売ってください」


「はい。何事もなければそうしたいと思います。そういえば死者の国の正式名称はあるんですか?」


「いえ。そもそも国ではありません。誰かが国を統治しているわけではありませんので」


「そうなんですか」


「他に何か質問はありますか?」


「そうですね。そういえばこの街の城壁に石像が設置してありましたが、あれは何ですか?」


「あれは対アンデッド用ゴーレム部隊の青銅製の像です。馬の像もあるんですよ」


「おお。ゴーレムでしたか。あれでアンデッドと戦うんですか」


「はい。アンデッドは疲れませんからね。この街の周辺に大量に発生した場合は、この街にいる冒険者や傭兵や衛兵だけでは太刀打ちできません」


「そうなんですか。アンデッドが城壁を越えてくるわけではないんですね」


「はい。死者の国の影響なのかアンデッドの発生率が上がっていまして、魔獣や人間のアンデッドが街に押し寄せる事態がたまに発生するのです」


「そうなんですか。それは大変ですね」


「そうそう。言い忘れていましたが長城を越えるときは通行料が掛かりますので。城壁の維持管理が大変らしいのです」


「そうですよね。ちなみに死者の国にダンジョンはあるんですか?」


「ありますよ。ダンジョンとは魔力が集まって出来る場所ですから。アンデッドが多い場所には死霊属性魔力のダンジョンが出来ます。有名なダンジョンは『ゴーレム墓場』、『紅消鼠べにけしねずみの巣』、『薄墨うすずみ大河』などがあります。行かれますか?」


「いえ。行かないです」


「そうですか」


受付さんは取り出していたダンジョン地図を仕舞った。


「そういえば隣の広場に銅像がありましたが、どんな人たちなんですか?」


「あの方々は約百年前に4狂を封印した冒険者ですよ」


「え。そうなんですか。凄い方々なんですね。何て名前なんですか?」


「名前は台座のプレートに二人の説明と共に書いていますよ。男性がシロネリさんで女性はシンクさんです」


「そうでしたか。すみません。近くに行かなかったです。教えてくれてありがとうございます」


「はい。ちなみに女性の方は呪いで石化したとも伝わっていますが、真偽のほどは分かりません」


「へえ。そんな噂があるんですね。情報ありがとうございました」


「はい。ご武運を」


僕は冒険者ギルドを後にした。


(死者の国に行くとまともな料理が食べられないだろうから、この街でお腹いっぱい食べてから行こうかな)


僕は料理屋がある宿屋を探した。


宿屋に入っておすすめ料理を注文したところ、羊肉が入ったラーメンみたいな料理が出てきた。


(なるほど。細麺か。これは香草かな。もぐもぐ。麵が柔らかいな。スープはスパイシーであっさり味か)


僕はそのまま宿屋に泊まった。


翌朝、僕は保存食を買い込み、死者の国に向かうため長城に向かった。


(食糧がなくなったら草を食べて何とかしよう)



東に延びる街道をしばらく歩いて行くと遠くに長城が見えてきた。


森や山をへだてるように永遠にどこまでも続くかのような城壁の上に、人型の銅像が点々と設置してあるのが見えた。


中には青銅製の馬に乗っている銅像もあった。


城門に向かうと、衛兵らしき人が城壁の前に建てられている簡素な建物の中から出てきた。


「あんた冒険者か? 死者の国にいくのか?」


「はい」


「そうか。久しぶりだな。あんたみたいな冒険者は」


「そうなんですか。開けてもらってもいいですか?」


「おう。ちょっと待ってくれ。あちらの様子を見てくる」


「はい」


そう言うと衛兵さんは階段を駆け上り、城壁の上から死者の国側をのぞき込んだ。


しばらくして衛兵さんが戻ってきた。


「アンデッドはいないようだ。門を少し開けるので素早く入ってくれ」


「わかりました」


「あと通行料」


僕は通行料を払い、衛兵さんと一緒に城門に向かった。


城門には巨大な扉があった。


その扉には人が一人通れるくらいの小さな扉が作られており、衛兵さんがそちらを少し開けてくれた。


「さあ。通った通った」


衛兵さんにせかされた僕は、急いで小さな扉をくぐり、死者の国に足を踏み入れた。


(森か)


城壁の内側は緑の世界が広がっていた。


僕は一歩足を踏み出した。


街道は荒れ放題で草が道を覆い尽くし、自然に飲み込まれようとしていた。


(誰も歩かないから道が消えかかっていますね)


天気が良いので、のんびり歩いていると森を抜けた。


すると目の前には山岳地帯が広がっていた。


(山を越えないといけないのか。飛んで行けばいいか。そういえば黒竜さんの分体さんむかえに来ないな。どこに行けばいいんだろ)


草に埋もれた道を進んでいると幽霊のレオナさんが姿を現した。


「私は冥府めいふの王になります~」


「どうしたんですか。急に」


「ここは一段と魔力が濃いですね~。何だか力が湧いてきました~」


「死霊属性が強い土地ってことですか」


「そうです~」


「あんた幽霊と旅してるのかい」


「はい。えっ!?」


突然背後から声を掛けられた。


「うわっ」


驚いて振り帰ると白髪の小柄な若い女性がそこにいた。


「久しぶりじゃのう。坊や」


「え。ああ。お久しぶりですね。あれ? 何でここにいるんですか? 岩の上に立って寝ていた娘さんのお世話はしなくていいんですか?」


「岩が転移したから私もこうして移動しているのさ」


「そうでしたか。大変ですね。どこに転移したんですか?」


「私の故郷さ。ひさしぶりに里帰りが出来るよ」


「そうなんですか。よかったですね」


「ああ。ところであんたは何でこんなところにいるんだい?」


「白い海を見ようと思って」


「そうかい。ん?」


白髪の女性が後ろを振り返った。


「どうしました?」


ザザザッ


森の中から絡新婦じょろうぐもの女性が現れた。


この女性はアラクネが占拠していたお城にいた蜘蛛くもの魔獣の女性だ。


絡新婦が僕の後を付けていると、ローズマリーさんが教えてくれたが本当だったようだ。


ローズマリーさんは蜘蛛の脚を千切ちぎってやったと言ってたけど、絡新婦の女性は人型なので確認できなかった。


なつかしい気配じゃなと思ったら絡新婦じゃったか。確か名は柘榴ざくろか。久しぶりじゃな」


「そうね。私の名前を憶えててくれて嬉しいわ。それで、おばあさん。何でこんなとこにいるのかしら」


「娘に会いに行くためさ」


「娘? ああ、あの子」


「今から故郷に帰るところさ」


「何ですって!? 帰れるの?」


「ああ。あんたは無理だろうがね」


「なぜ? 教えてくれてもいいじゃない」


「やなこった。おや。また来たよ。この気配も懐かしいね」


二人は空を見上げた。


僕もつられて上を見ると、そこには生首が空を飛んでこちらに来ていた。


「っ!?」


山頂の湖に封印されていた鬼のテンゲンさんだった。


(生きてたのか。凄い生命力だな)


「なんじゃ。鬼首おにこうべか」


「鬼神魔王テンゲン様だよ。ばばあ」


「体はどうしたのじゃ」


「そこのガキにやられたんだよ。体と首が離れてたから助かった」


「あはは。情けない」


「うるせえ」


「テンゲン。あんたも故郷に帰るかい?」


「お。蜘蛛女。帰る方法を知ってるのか?」


「そこの婆さんがね」


「あ? 教えろ。ばばあ」


「嫌なこった」


「てめえ。俺様が完全体だったら死んでたぞ。運が良かったな」


「なにいってんだかねえ。娘から逃げ回ってたくせに」


「うるせえっ。今の俺はあの頃より遥かに強くなってんだよ」


「首だけになって何言ってんだい。あんたたちを連れて帰るわけにはいかないね。じゃあね。坊や」


「はい。さようなら」


白髪の女性はものすごい速さで走っていった。


「待て。ばばあっ」

「待ちなさいっ」


テンゲンさんと柘榴ざくろさんも僕の前から一瞬で姿を消し、すぐに3人の姿は見えなくなった。


(この先に白髪の女性の故郷があるのか。死者の国ってわけじゃないんだよね)


僕もテレポートを使ってさっさと山を越えることにした。

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