第155話 猛虎

牛の魔獣と戦っているうちに、僕は廃墟の街の中にある大岩の牢獄のそばまで来ていた。


(攻撃が全く効かない。どうやって倒したらいいんだろ。それにしても何で封印が解けたのかな)


すると、幽霊のレオナさんが僕の疑問に答えてくれた。


(せいじ君がやったことと言えば~、あの地下空間の天井を破壊したことと~、ミイラを全滅させたことか~。原因は両方じゃな~い?)


(天井は壊していませんし、襲われたら攻撃しますよ。つまりあのミイラたちが封印に関係していたってことですか。死霊属性封印ですか?)


(だね~。牛の魔獣が死霊属性に弱点を持ってるんじゃないかな~)


(なるほど)


牛の魔獣の突進を回避していると、大岩の牢獄の上の方から声が聞こえてきた。


「うお~っい。そこの~っ。俺をここから出してくれ~っ」


声がした方を見ると、大岩を掘って造られた牢獄に獣人の男が閉じ込められていた。


牛の魔獣も大岩の牢獄を見上げていた。


(なんだ? 犯罪者の獣人さんかな)


「おいっ。何やってんだよ。そいつを倒したいんだろっ。協力してやっからここから出せよっ」


五月蠅うるさい人ですね)


僕は仕方なく空を飛んで、その獣人の所に向かった。


牢屋に入っていた獣人は、金色の瞳をして焦げ茶色の髪色をした男だった。


「おおっ。よく来てくれた。さあ。俺様をここから出せ」


獣人の男は白い鉄格子てつごうし越しに僕に話しかけてきた。


「はあ。貴方あなたは悪いことをしたから、ここに閉じ込められているんですよね」


「ちげえよ。俺は俺様の国をめちゃくちゃにした、4狂の中の一体を倒すためにここに来たんだ。あいつらは死者の軍勢にビビッてこの国に逃げてきたんだよ。そうしたらここに封印されてるってんで封印を破壊しようとしたら、変な魔道具を付けられて取っ捕まってこのざまさ。ほら。俺は悪くないだろ?」


その獣人の頭には、真っ白で硬そうな輪っかがめられていた。


「俺の国? もしかして王様なんですか?」


「おうよ。すげえだろ。その国では俺が一番強かったからな。この世界に魔獣が現れてからは俺様が退治しなきゃならなかったから、国政は部下に任せていたけどな」


「それ何年前の話ですか?」


「さあな。大昔だ。そんなことよりだ。俺を解放しろ。最近誰もここに来なくてな。お前が頼りなんだ」


「はあ。もしかして貴方も不死身なのですか?」


「ああ。黄金に光り輝く変な金丹きんたんを食ったらこうなった。さあ、俺様を外に出せ。一緒に戦ってやる」


「金丹ってなんですか?」


「俺様が冒険者をやっていた時に滝の裏でダンジョンを発見したんだが、その最奥の部屋にあった石粒だ。たぶん仙人が創った妙薬なんだろうな」


「はあ。石ですか」

(そんなもの食べないでください)


「不死身の肉体になったから確かだ」


「はあ。あの牛の魔獣があなたの国を滅ぼしたんですか?」


「違うぞ。俺の標的は虎の魔獣、猛虎だ。猛牛じゃねえ」


ガゴッガゴッ


下から音が聞こえて来たので見てみると、なぜか牛の魔獣が頭の角で大岩を破壊しようとしていた。


「そうですか。あの魔獣は猛牛って言うんですね。それで虎の魔獣はどこに封印されているんですか?」


「猛牛が掘っているところだよ」


「え。まずいじゃないですか」


「だから手伝ってやるって」


「はあ。それでどうやってあなたをそこから出せばいいんですか?」


牢獄は白い鉄格子てつごうしのようなものでふさがれていた。


「それはお前が何とかしてくれ。中にいては何もできん。この白い鉄格子と白い岩壁が俺の力を奪っちまうんだ。俺の頭の輪っかもな。お前も触れるなよ」


「はあ」

(僕一人で猛牛を倒すのは無理そうだから、彼に手伝ってもらおうかな)


「では手を出してください」


「手? ほらよ」


獣人が鉄格子の隙間から手を出し、僕はそれに触れた。


(テレポート)


獣人は一瞬にして外に出た。


そして地面に向かって落下していった。


「うおっ。外に出られたーーーっ。ありがとーーーっ。輪っかも取れてるーーーっ。感謝するぜーーーっ。俺の名はゲッパクだーーーっ」


ゲッパクさんは地面に激突する前に体勢を変化させ、地面にふわりと着地した。


そして、すぐさま猛牛に突っ込んでいった。


「うおおおおりゅああああっ。ぶっ殺っす」


ゲッパクさんは赤いころもを着ていて、それを黄色いひもめ黒い皮の長靴を履いていた。


(すごい人だな。あ。尻尾が生えてる。何獣人なんだろ)


ゲッパクさんには、地面に届くほど長い尻尾が生えていた。


僕はゲッパクさんの背後にテレポートした。




猛牛は急接近してくるゲッパクさんに気付き、ゲッパクさんに凶悪な角を向け突進を開始した。


「ブオオオオオオオオオオオッ」


猛牛が咆哮ほうこうを上げると、猛牛の体毛が再びハリネズミのように変化した。


すると、ゲッパクさんがとてつもない大声をだして猛牛を一喝した。


かつっ!!!!!」


「びくっ」」


ゲッパクさんに向かってきていた猛牛の動きが停止した。


僕もゲッパクさんの後ろで硬直していた。


(金縛り!? 僕も巻き込まれちゃってますよっ)


続いてゲッパクさんは髪の毛を引き抜くと、気合を入れて息を吹き付けた。


すると髪の毛が長い棍棒に変化した。


「喰らええええっ」


ゴッ


猛牛の頭に棍棒が直撃し、ものすごい勢いで猛牛の顔があり得ない方向まで曲がった。


ズウンッ


ゆっくり猛牛が地面に倒れた。


「楽勝だな。ワハハ」


ようやく金縛りが解けた僕はゲッパクさんのところに走って行った。


「猛牛は不死身ではないのですか?」


「ああ。そうだな。心が折れるまで叩き潰してやるぜっ」


すると、バキバキゴキッと音を立て猛牛の首が元に戻り、のそりと立ち上がった。


そして。


「グオオオオオオオオオオオオオッ」


「っ!?」」


猛牛が突然に魔力を放出すると、猛牛の体表面に魔法陣が出現した。


「ゲッパクさん。魔法陣が浮き出ました。何かをするつもりですよっ」


「ああ。ありゃあ、身体強化だな。気を付けろ。速さと威力が格段に上昇してるぞ」


「はい」


しかし、猛牛は僕たちではなく大岩に向かって突撃した。


ドゴーーーンッ


大岩の壁が崩れ去るとそこに空間が開いていた。


「解放してやったのだ。手伝え」


猛牛が暗闇の空間に向かって話しかけた。


すると、ノシノシと暗闇の中から現れたのは、人の頭を持つ体が虎の巨大な二足歩行の魔獣だった。


「見つけたぞおおおおっ。猛虎ぉぉぉっ。ぶっ殺す」


ゲッパクさんが虎の魔獣の姿を見た瞬間、突撃していった。


その虎の魔獣は全身の体毛が長く伸び、3mはある尻尾が生えていた。


頭部の髪の毛もひげも伸び放題で顔を覆い隠していた。


穴から出てきた猛虎が猛牛の横に並んだ。


「なぜ我輩が貴公の命令を聞かねばならぬ。ここから出してくれた礼に殺しはせぬ」


ガンッ


ゲッパクさんが振り下ろした棍棒の渾身の一撃を猛虎は片手で受け止めた。


「久しぶりに出てみれば廃墟ではないか」


「おらおらおらっ」


ゲッパクさんが猛虎に向かって棍棒を連打するが、ことごとく片手で払われた。


ドッ


「ぐふっ」


猛虎が放ったこぶしがゲッパクさんの腹をとらえ、ゲッパクさんが吹っ飛んで行った。


(全然相手になってないじゃないですかっ。まずいですね)


「貴公。ここから一番近い街はどっちだ」


猛虎が僕に話しかけてきた。


「街で何をするんですか?」


「もちろん滅ぼすのみ。腹も減っておるしのう」


「そういう事でしたら教えることは出来ませんね」


「ふむ。それはそれで構わぬ。探すという暇つぶしもできるゆえ。まずは貴公を味わってみようか」


猛虎の口から巨大な牙がのぞいた。


「てめえの相手は俺様だーーーっ」


ゲッパクさんが元気に戻ってきた。


「ふむ。我輩の一撃を食らって死なぬとは貴公も不死身か」


「おうよっ。てめえはここで死ぬっ」


ゲッパクさんは再び毛を抜くと口の中に入れた後、毛を吐き出した。


すると地面に落ちた毛がむくむくと巨大化し、ゲッパクさんに変化した。


「ほう。分身か。仙術の使い手とは珍しい。だが二人になったところで我輩には勝てぬよ」


「ぬかせっ。おいっ。こいつは俺に任せろっ。お前は猛牛をやれっ」


「わかりました」


僕が周囲を見回すとすでに猛牛の姿がなかった。


(あ。いなくなってる)


(外に向かいましたよ~)


幽霊のレオナさんが教えてくれた。


(どっちに行きましたか?)


(あっち~)


(お姫様たちを追いかけたのか。ありがとうございます)


僕はテレポートで猛牛を追いかけた。




猛牛は真ん中の城壁と外側の城壁の間を走っていた。


僕は2本の魔剣を操作し猛牛に向かって射出した。


ドスドスッ


「グアアアーーッ」


片方の魔剣から炎が噴出し、もう片方の傷口は魔石化していた。


僕は猛牛の前に降り立った。


僕は猛牛の背中に刺さっている魔剣を引き寄せ、僕の周りに浮かせた。


「この先には行かせませんよ」


「うるせえ。貴様を殺すまでよっ」


(猛牛さんを速く倒してゲッパクさんを援護に行こう。猛虎さんは強さが段違いみたいだし。でも一体どうやって倒したらいいんだろ。鬼さんの時みたいにすればいいのかな)


猛牛が僕に向かって突っ込んできた。


(テレポート)


僕は猛牛の側面に移動し体に触れた。


(電撃)


バリバリッ


「ぐあああっ」


猛牛は電気ショックで体が動かなくなり地面に倒れこんだ。


僕は猛牛にすぐさま近寄り体に触れた。


(死霊の手)


「ぐぐぐっ。ぐあっ」


猛牛は電気ショックから回復し、素早く起き上がって僕に襲い掛かってきた。


僕はテレポートで回避した。


(電撃ではすぐ回復しちゃいますか。それに死霊の手で生命力を吸収しても効果があまりないようですね。やはり鬼さんの時みたいに心臓に毒を直接送り込まないと駄目ですかね。ん?)


猛牛の背中を見ると魔剣で傷つけた場所が魔石化したままだった。


しかし、少しずつではあるが魔石が小さくなっていた。


(あの傷だけ回復が遅いみたいだ。ついでにスクロールを使って魔法を覚えちゃおう)


僕はリュックからスクロールを取り出し、スクロールに込められた魔法を開放した。


(暗闇)


暗闇のスクロールから放出された濃厚な黒い霧が猛牛を包み込んだ。


魔銀の義手に新たな紋様が追加された。


「何かと思えばただの黒い霧じゃねえか。逃げる準備か?」


僕は3本の魔剣を猛牛に向かって射出した。


ドスッドスッドスッ


「ぐふっ」


黒い霧が晴れる。


3本の魔剣が猛牛の体に深く突き刺さっていた。


僕は3本の魔剣を手元の引き寄せた。


魔石化の魔剣の傷口は魔石化され、炎の魔剣の傷口は燃え、水の魔剣の傷口からは血が止まらず吹き出し続けていた。


猛牛は前足の両膝をついて倒れこんだ。


僕は追撃の魔法を叩きこんだ。


(毒霧。ファイアストーム)


猛牛を毒霧が包み込んだ後、炎の嵐が巻き起こった。


大ダメージを追い真っ黒に焦げた猛牛は完全に動かなくなった。


(不死身だけど回復するまで時間がかかるだろうから、ゲッパクさんを助けに行こう)


僕は猛牛をその場に残して、猛虎と戦っているゲッパクさんの所に向かった。





大岩の牢獄まで急いで戻るとボロボロになったゲッパクさんがいた。


「ゲッパクさん。大丈夫ですか?」


「おう。俺は不死身だ。気にすんな。それより猛牛を倒したのか。やるなおめえ」


「いえ。動けないようにしただけです」


「そうか。それで十分だ」


猛虎がゆっくりこちらに歩いてきた。


「牛も大したことはなかったようですねえ」


「おめえもそうなるんだよ」


「はて。貴方には傷ひとつ負わされていませんが」


「はっ。誰も見てないところで倒したら証人がいないだろ。これから本気を出すんだよ。君はそこで俺の勇姿を見学してろ」


「はい。頑張ってください」


「おうよ」


「ほう。彼が来るのを待っていたと」


「そういう事だっ」


ゲッパクさんが髪の毛を抜き再び分身を作り出した。その数4体。


「いけっ」


4体の分身が猛虎に襲い掛かる。


「また木偶でくの坊か。芸がないな」


猛虎が分身を殴って吹っ飛ばし、ゲッパクさんに突撃した。


するとゲッパクさんが地面に丸く線を引いた。


猛虎の拳がゲッパクさんに迫る。


ガゴッ


ゲッパクさんに当たる寸前に、猛虎の拳が何かにはばまれて止まった。


「へへっ。どうだい俺の結界は。硬いだろ。貧弱なお前じゃ俺様に攻撃は届かねえぜ」


ガンガンガンッ


猛虎が結界を叩きまくったがビクともしなかった。


「ふむ。見事な結界だな。しかし閉じこもっていては我輩を倒せまいて」


ゲッパクさんの分身が復活し、猛虎に再び襲い掛かった。


猛虎が分身を相手にしている間に、ゲッパクさんは再び毛を抜いて新たに分身を作り出した。


「毛がある限り分身は増え続ける。恐ろしいだろ」


十数体のゲッパクさんの分身が猛虎に群がった。


(仙術ってすごいですね。レオナさん、仙術って知ってますか?)


(知らな~い。でも結局は魔力で創ってるんでしょ~)


(まあそうですね。ん?)


ふと僕の視界に白いものが目に入った。


よく見てみるとゲッパクさんを拘束していた魔道具のっかだった。


ゲッパクさんがいた上の牢獄から落ちてきていたようだ。


(魔力を乱す魔道具か。これは使えるかも)


僕は輪っかを拾った。


(これに触れると魔力を使えないという事は、久しぶりに僕の生命力が消費されるという事か。心がゾワゾワするから使いたくないんだけど仕方ない)


僕が猛虎の方を見ると、猛虎の足元に無数のゲッパクさんの分身が倒れていた。


(不死身の魔獣に持久戦は通用しないか。テレポート)


スポッ


猛虎の頭部に輪っかがはまった。


「何だこれは。我輩の頭に何かがあるぞ」


「ぎゃははっ。出かしたっ。これでお前は魔力が使えねえ」


ゲッパクさんは地面に引いた丸い円から外に出た。


「ふむ。拘束の魔道具の一種か」


猛虎が頭にある輪っかに手で触れた。


「なるほど。我輩が封印されている間にこのようなものが発明されていたのだな」


随分ずいぶん余裕だな」


ゲッパクさんが棍棒を持って猛虎に近づいて行く。


「魔力が封じられたところで貴公に後れを取る我輩ではない」


かせっ。おらあっ」


ゲッパクさんが棍棒をもの凄い速さで振り回すが、猛虎はすべてを回避した。


「なんだとっ」


「我輩は不死身の体に頼って生きてきた貴公とは違うのだよ」


「くそっ」


「見たまえ。ふんっ」


バキッ


猛虎が頭に力を入れると、いとも簡単に拘束の魔道具である白い輪っかが砕け散った。


「っ!?」


「貴公はこの貧弱な魔道具のせいで、ここに閉じ込められていたのではないのかね?」


「・・・」


「我輩は特別製の封印で大岩の中に閉じ込められていたのだ。実力の差が分かろう。そういえば我輩を閉じ込めたのは誰だったか。思い出せん。まあよかろう。過去にこだわる必要はない。我輩には未来しかないのだから。む? 何の音だ」


ズズズッズズズッズズッ


聞いたことがある地響きと共に地面がかすかに揺れだした。


次の瞬間。


ドゴッォォォーーーン


少し離れたところから爆音が響いてきた。


思わずその方向を見ると大量の砂が巻き上げられていた。


その中に黒い霧のようなものを全身にまとった骨龍さんがいた。


よく見ると骨龍さんは猛牛を口にくわえていたが、猛牛は幻のように消滅した。

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