第154話 4狂

僕たちは死の砂漠の中央にある、古代魔法文明遺跡と思われる廃墟の街に到着した。


廃墟の街は風化が進んだレンガの建物が立ち並んでいて、僕たちはその間をうように道を進み、しばらくして街の中央にある泉に到着した。


泉は綺麗な水をたたえていて、周囲には木や草が生い茂っていた。


リーダーのスタンさんは周囲を見渡し、野営できそうな建物を探していた。


「あの大きな建物で野営するか。崩れかけた壁しかねえが」


僕たちは泉の傍にある廃墟の建物にテントを張って泊まることにした。


僕たちは廃墟の建物の中に入り荷物を置いた。


「日が暮れるまで自由にしていいぞ。遠くには行くなよ。お嬢ちゃん達も俺たちの目の届く範囲にいてくれよな」


「はい」」

「わかりました」


冒険者パーティー『クイックサンド』の皆さんたちは、それぞれの居場所を決めてくつろいでいた。


すると、お姫様たちからお誘いがあった。


「セイジ様。泉に行ってみませんか?」


「いいですね。行きましょう」


「スタン様。泉に行ってきますね」


「ああ。泉には入るなよ。何が潜んでいるかわかんねえからな」


「はい」


僕たちは廃墟の建物から出て泉に向かった。


すぐに泉に着き、砂漠に現れた泉の景色をながめた。


泉はかなり大きく、周りに草木が生い茂り、立派な建物に囲まれていた。


「意外と大きいですね。砂漠にこんなところがあるなんて驚きです」


「そうでございますね。この水はどこから来ているのでしょうか。不思議です」


「この砂漠は盆地らしく夏になると山脈の雪が解けて川が出来るそうですから、その水が地下を通ってここで湧き出ているのでしょうね」


「そうなのですね。自然の雄大さを感じますね」


僕たちはしばらく泉を眺めていた。


するとリーダーのスタンさんが僕たちを呼びに来た。


「おーい。食事が出来たぞー」


「はい。今向かいます」


お姫様が返事をして、僕たちは野営をしている廃墟の建物に戻った。


食事を終えた僕たちは、明日に備え廃墟の中に建てたテントの中に入り早めに就寝した。



「起きろ~。アンデッドだ~」


僕は誰かの危険を知らせる声で起こされた。


お姫様たちも目を覚ましていた。


「外に出ましょう」


「はい」」


僕たちはすぐに廃墟の建物から外に出た。


すると外には泉をおおうようにきりが掛かっていた。


(霧? 泉があるからかな)


泉のそばには、焚火たきびに照らされた『クイックサンド』の皆さんの後ろ姿が見えた。


『クイックサンド』の皆さんは武器を手に持ち泉の方を見ていた。


バシャ


誰かが泉に落ちた音がした。


しかし霧で姿がはっきりとはしない。


「ぶはっぶはっ。誰か助けてくれ~」


声からするとハイエナ獣人のハワードさんのようだ。


しかし、なぜか他の仲間たちは誰もハワードさんを助けようとしない。


みんな空中に向かって武器を振り回し、フラフラと泉に向かって歩いていた。


(どうなってんだ? とにかく助けよう)


「皆さんは建物に戻ってて下さい。僕は助けに行ってきます」


「はい。お気を付けて」


僕はテレポートでおぼれているハワードさんの元に急いだ。


僕は泉の上に浮遊し、ハワードさんの体に触れた。


「今助けます」(テレポート)


僕はハワードさんを建物の近くにテレポートさせた。


すると、幽霊のレオナさんの声が聞こえて来た。


(せいじく~ん。他の人たちも泉に落ちそうだよ~)


(え)


見るとみんなが泉の中に足を踏み入れていた。


(やばいですね)


僕は急いでみんなの所にテレポートし、全員をテレポートで廃墟の中に送り込んだ。


僕は泉の傍に降り立った。


最初に霧の外に飛ばしたハイエナ獣人のハワードさんは、地面の上で気を失っていた。


廃墟の建物の中に飛ばしたみんなも倒れたままで動かない。


(どうなっているんでしょうか。そういえばアンデッドの姿が見えないですね。どこにいるんだろ)


僕はあたりを見回したが何もいなかった。


(せいじく~ん。この霧は魔力で出来てるよ~)


(魔法の霧ですか。アンデッドがどこにいるかわかりますか?)


(霧の中に隠れているよ~)


(そうですか。どこから来たんですかね)


(泉にいたんじゃないかな~)


(そうなんですか。誰も気づけませんでしたね)


(私も感じなかったね~。魔力を抑えていたのかもね~。夜になったから出てきたんじゃないかな~)


(魔力って抑えられるんですね)


(何言ってんの~。私も抑えてるよ~)


(え。そうだったんですか。道理で最近魔力が禍々まがまがしいねって言われなかったんですね)


(そうだよ~。私に感謝して~)


(ありがとうございます)


すると霧の中に黒い影が見えた。


(発火)


すかさず発火を飛ばしたが手ごたえがなかった。


(素早いな)


(せいじく~ん。どこに向かって攻撃しているんですか~。しっかりしてくださ~い。そっちじゃないです~)


(え。影が見えたと思ったんだけど)


(それは幻覚です~。恐らく幻覚魔法です~)


(そうだったんですか。いつの間に。レオナさんには効かないんですね)


(当たり前です~。私、死んでますから~)


(そうでした)


(霧を長く吸い続けると効果が増すようですね~。それに霧の外に出ると寝らせる効果もあるようですし、早く退治した方がいいですよ~)


(はい。幻覚ってどうやったら解けるんですか?)


(術者を倒してくださ~い。それとこれは水属性幻覚魔法ですから、空気中の霧を吹っ飛ばせば幻覚の進行が抑えられます~)


(なるほど。ありがとうございます)


すると、遠くから声が聞こえてきた。


僕の耳に届いたそのかすかな声は、「お~い。俺様を助けろ~」と言っているように聞こえた。


(これも幻覚ですか)


(違うよ~。それは本物。牢獄の方向からだね~)


(え。そうでしたか。じゃあ。とりあえず放っときましょう)


僕は泉に向かっての魔法を発動した。


(ファイアストーム)


泉の上で灼熱の暴風が巻き起こった。


「・・・・っ」


何か声が聞こえたような気がしたが、ファイアストームの轟音ごうおんで書き消えた。


(お疲れ様です~)


(え。もしかして倒しちゃったんですか?)


(はい~。ゴーストが霧に隠れていました~)


(なるほど。そういえば皆さんは元に戻ったんですかね)


建物に戻ってみたが、『クイックサンド』の皆さんは目を覚ます気配すらなかった。


お姫様たちも心配そうな顔をしていた。


「僕が朝まで見張りをしてますから、お姫様たちは寝ててください」


「いえ、もうすぐ夜が明けますから私も起きてます」


「そうですか。でも冷えるといけないんでテントの中にいてください」


「はい」


お姫様と侍女の二人はテントの中に入ったが、入り口は明けたままだった。


「寒くないですか?」


「魔道具があるから温かいですよ」


「そうですか」


その後は何事もなく朝を迎えることが出来た。


『クイックサンド』の皆さんは朝になってようやく目を覚ました。


「セイジ。昨日は済まなかったな。情けねえぜ。みんなして幻覚魔法に掛かっちまうなんて。セイジがいなかったら全滅してたぜ」


「あれは仕方ないですよ。僕が最初に霧を吸い込んでいたら皆さんと同じようになってましたよ。僕も少し幻覚に掛かってたんで」


「そうか。後半の旅はしっかりやるからよ。お嬢ちゃんたち心配しないでくれ」


「はい。皆さんの事はここまでの旅で信頼をしていますよ」


「ありがとよ。じゃあ。飯食って出発するか」


「はい」」」


僕たちは焚火を囲み食事を始めた。


「そういえば何でわざわざ岩山に穴を掘って牢獄にしたんですかね」


僕はスタンさんに気になっていたことを質問してみた。


「ここを見つけた時はすでに人が住めるような穴が開いてたそうだぞ。それを牢獄にしたんだと」


「そうなんですね」


「なんでもあの岩山の成分が魔力循環を阻害そがいするとか何とかで、魔法を使えなくすることが出来て犯罪者を幽閉するのに適していたんだと」


「へえ。そんな成分があるんですか。そういえばそんな魔道具もありましたね」


「ああ。そうだな。そんな感じかもな」


食事も終わり荷物をラクダに乗せ、僕たちは街を出るために出発した。




街を埋め尽くす砂の上を進んでいると、予期せぬ事態が僕たちを襲った。


ガチッ


僕たちの足元からかすかな音が聞こえて来た。


「ん? なんか下から音がしたな」


リーダーのスタンさんが何かの異変に気が付いた次の瞬間。


ズザザザザザザザーッ


「うわーっ」」」」」


「きゃっ」」


僕たちの足元にあった砂が突然消え、道に大穴が開いた。


「りゅっ、流砂かっ。飲み込まれるーっ」


『クイックサンド』の皆さんやラクダに乗ったお姫様たちが砂に飲み込まれ、地中に沈んでいこうとしていた。


僕だけ空中に浮いていて、その光景を眺めていた。


(っ!? びっくりして思考停止しちゃってた。みんなを助けないと)


僕はテレポートでお姫様と侍女さんの所に移動し、二人の手を掴み物体操作で空中に浮かせた。


「セイジ様っ」

「・・・っ」


「大丈夫ですか?」


「はい。ありがとうございます」

「はい」


『クイックサンド』の皆さんを助けようと大穴を見てみたが、みんなの姿が確認できなかった。


(遅かったか)


ズササーッ


すると、すり鉢状の底に穴が開き、その先に真っ暗な空間があった。


「あれ? 地下空間があるみたいですね」


「そのようですね。道の砂が地下空間に流れて行ったせいで、道に大穴が出来たようですね」


「だったら皆さん生きていますよね」


「空間の地面が低かったらいいんですが」


「あっ。急いで行ってみましょう」


「はい」


僕たちは地下に向かって穴を通っていった。


地下空間は真っ暗だったので、僕は発火を発動した。


そこにはかなり大きな空間が広がっていた。


そこは綺麗に磨かれた石壁で囲まれた部屋だったが、床は大量の砂で埋め尽くされていた。


「肌寒いですね」


「はい。それに何だか不気味な雰囲気がします」


「そうですね」


上から落ちてきた地上の砂が山盛りになっている場所に、僕は慎重に降下していった。


「皆さん大丈夫ですか?」


僕は大量の砂に埋もれている『クイックサンド』の皆さんに声を掛けた。


「ああ。何とかな」


砂の中からい出てきたリーダーのスタンさんから返事があった。


砂の山に埋まっていた他の人たちも自力でい出てきた。


全員無事だったようだ。


僕たちはゆっくり地面に降り立った。


ラクダたちは怪我をしていたようなので、僕はポーションを掛けてあげた。


「どこだここは」


スタンさんが立ち上がって周りを見たあと、天井を見上げた。


「天井が劣化で崩壊して道に穴をあけたのか?」


「そのようですね。この空間に出入り口があるかどうかわかりませんが、どうしますか? 転移魔法で皆さんを地上に飛ばしましょうか?」


「セイジはそんなことまでできるのか」


「はい」


「そうだなあ。冒険者としては探索したいところだが、嬢ちゃんたちの依頼を優先させなきゃな」


その時、フェネック獣人のフィオさんが何かを発見した。


「リーダー。ちょっとあれを見て。地面が盛り上がっているわよ」


「なにっ?」


僕たちが砂でおおわれた床を見てみると、地面の至るところが盛り上り、何かがい出してきていた。


ズボッ。ズボッ。ズボッ。


地面から干からびたミイラの手が無数に出てきた。


「アンデッドか。この数はやべえ。セイジ。急いで地上に飛ばしてくれっ」


「はい。皆さんこちらに。先にお姫様と侍女さんを飛ばします」


「はい」」


僕は二人を地上に飛ばした。


スタンさんがやってきて手を出した。


「彼女たちをお願いします」


「ああ」


僕は次々に『クイックサンド』の皆さんとラクダを地上に飛ばしていった。


「ガアアアアアアアアッ」」」」」」」」」」」」」」


複数のミイラの叫び声が聞こえてきた。


全員を飛ばし終えるころには、ミイラたちは砂の中から全身を現し、こちらに向かってきていた。


(このまま放置はできないか。少し減らしておこう。発火連発)


(せいじく~ん。ちょっと待って~)


発火を発動する直前にレオナさんの声が聞こえて来た。


ドッドドドドドドッドッドッ


(え。もう撃っちゃいました)


僕の発射した大量の火の玉がミイラたちに直撃した。


ゴウッ


ミイラたちが燃え盛り、部屋を明るく照らした。


(よく燃えますね)


(ミイラだからね~)


(そうなんですね。ところでさっきはなんで止めたんですか?)


(この空間の雰囲気が鬼さんの封印の部屋に似てたから)


(え)


ドッバーーーーーン


すると、ミイラが埋まっていた地面が突如爆発し、土砂が飛び散った。


地中から出て来たのは、黒くて太い角が生えていて、体毛が長く背に巨大な翼を持った牛だった。


「グルルルゥウウウアアアッ。忌々いまいましい。俺様をここに閉じ込めたアイツが忌々しい。恐らくは死んでいるアイツをなぶり殺せないのが口惜くちおしいぃぃぃ」


牛の魔獣はぶつぶつ言いながら巨体を動かし、のそりのそりと歩いていた。


(何だあれ。喋ってる)


(アンデッドじゃないね~)


(もしかして封印されていた不死身の魔獣ですかね。ということはあれが4狂ですか)


「グオオオオオオオオオオオオッ」


牛の魔獣が咆哮ほうこうを上げると、天井に向かってものすごい勢いで飛び上がった。


ドッゴーーーーーーーーーーンッ


天井が破壊され牛の魔獣は地上に飛び出していった。


「あ。出て行っちゃった。これはまずいですね」


(そうだね~。せいじ君があいつの封印を解いちゃったからね~)


「えっ。そうなんですか?」


(倒さないとね~)


「はい」


僕は急いでテレポートで地上に転移した。


地上にでると、牛の魔獣がお姫様たちと『クイックサンド』さんたちがいるところに向かって突撃していた。


(危ないっ。テレポート)


僕は『クイックサンド』さんたちの前に瞬時に移動した。


「来たかセイジ。何だあの牛の魔獣は」


「地下に封印されていた魔獣のようです」


「何っ!? 4狂か?」


「それはわかりません。僕が戦いますので彼女たちと一緒に街の外に避難してください」


「わかった。無理するなよ」


『クイックサンド』さんたちがお姫様たちと共にラクダで走り出した。


「グルルッ。待てどこに行く。俺様は腹が減っているんだ。おとなしく喰わせろ。まずは貴様からだ」


(牛なのに肉食っ!?)


巨大な牛の魔獣が僕に向かってものすごい速さで駆けてきた。


(灼熱。強化。テレポート)


僕は魔銀の義手に魔力を込め、牛の魔獣の横の転移し、顔の横っ面を思いっきり殴りつけた。


ドゴッ


牛の魔獣は吹っ飛び建物の壁に激突した。


ドゴンッ


レンガ造りの壁が崩れ去る。


牛の魔獣が何事もなかったかのように、のそりと起き上がった。


頑丈がんじょうだなあ。火傷やけどもしていないようだし)


すると牛の魔獣が前脚で地面をガシガシき出した。


(闘牛みたいだな)


次の瞬間、牛の魔獣がものすごい勢いで僕に突進してきた。


僕は再びテレポートで牛の魔牛の側面に移動して殴ろうとした。


「っ!?」


牛の魔獣をおおっていた長い体毛が、ハリネズミのような尖った形に変化した。


僕は慌てて手を引っ込めテレポートで距離を取った。


(危なかった。毛を硬化させることが出来るのか)


その後、僕は牛の魔獣の突進をかわしながら、発火や念動波を撃って攻撃をしたが全く歯が立たなかった。


ふと周りを見ると、いつの間にか僕は大岩の監獄のそばに来ていた。

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