第133話 魔牛オーロックス

臙脂えんじの森ダンジョンの奥に行くにつれ、何かがぶつかり合う衝撃音がどんどん大きくなってきた。


(間もなくダンジョンの中心部か。やはり守護獣とキマイラが戦っているのかな)


しばらく行くと森の中に突如広い空間が開いていて、その中心に巨大な古木こぼくが立っていた。


(あの古木がダンジョンのしろか)


古木にはたくさんのだいだい色の実が付いていた。


何の実だろうと考えているとローズマリーさんが隣に来た。


「セイジ様。あの木の実を食べようとはしないでくださいね。どんな魔力が込められているか分かりませんから」


「わかってますよ。ところで何の木ですか?」


「さあ。あんずの木だと思われますが、魔力のせいで木の生態が変化している可能性がありますので断定はできませんね」


「そうですか」


古木の周りには動物の干からびた死骸が散乱していた。


(吸血木か)


そんな古木のある広場の奥でキマイラと守護獣であろう巨大な動物が戦っていた。


(牛かな?)


「あれはオーロックスと言う牛ですね。恐らく依り代の魔力的影響を受けて魔牛化していますが」


ローズマリーさんが再びささやいて教えてくれた。


「なるほど」


魔牛オーロックスは3mを超える黒毛の巨体で、太く長い角が顔の横から前方に向かって伸びていた。


(クワガタみたいな角だな)


オーロックスと戦っていたのはライオンと山羊やぎの頭を持ち、背中に巨大なコウモリの翼が生えていて、尻尾がヘビの魔獣だった。


(あれがキマイラか)


キマイラの体もまたオーロックスと同じくらいの巨体だった。


戦いはオーロックスが角で突撃しキマイラにダメージを与えたかと思えば、キマイラがライオンの口から炎を吐いたり巨大な足の爪で攻撃したり、ヘビが噛みついたりしていた。


ヘビは時には口から毒の息や悪臭を放ったりもしていた。


山羊は不快な叫び声をあげてオーロックスの動きを一瞬だけ止めていた。


何と不思議なことに、オーロックスが傷を受けると流れ出た血が木の枝に変わり傷をふさいでいた。


(依り代の影響で発現した能力なのかな)


空を飛べるキマイラが優勢に進めているように見えたが、オーロックスは傷を受け体に木が生えるたびに力が増しているように見えた。


するとオーロックスに生えていた木の枝に花が咲いた。


そして、その花から花粉が舞った。


花粉が辺りを覆い尽くそうと広がっていった。


「まずいな。あの花粉には何らかの状態異常が付与されているぞ」


アレクセイさんの警告に僕たちが少し距離を取ろうとしたところ、キマイラがコウモリのような羽を羽ばたかせた。


すると竜巻が発生し花粉を雲散霧消うんさんむしょうさせた。


オーロックスは花を咲かせたことで力をかなり消費させてしまったのか、キマイラが優勢になった。


キマイラのライオンによる噛みつき攻撃やヘビの尻尾の毒攻撃により、オーロックスの動きが鈍くなってきた。


すると突然、誰もいないはずの僕の背後から、聞いたことのない大人の女性の声が聞こえてきた。


「水の大精霊様、火と土の大精霊様。不躾ぶしつけなお願いですが、我が森の大精霊様をお救い頂けないでしょうか。野蛮な魔獣を倒してください」


僕の背後に生えていた木の幹から、緑の髪をした美しい女性の精霊が上半身を出していた。


彼女は僕ではなく僕のリュックと魔剣『白妙しろたえ』を見ていた。


「本当に失礼なドリアードね。その霊体たちの主人はこの御方ですよ」


ローズマリーさんが木の精霊ドリアードさんに冷たく言い放った。


しかし、ドライアードは表情を変えず何の反応も示さなかった。


そして霊体さんたちも姿を現さなかった。


するとドライアードさんが僕を見て首をひねった。


(どういうことですかね)


「セイジ様は好みの男性ではなかったようですね。よかったですね。木の中に取り込まれなくて」


「はあ。イケメンは食べられちゃうんですか」


「そうです」


「そうですか」


ドリアードさんは霊体さんたちが協力してくれないと分かって姿を消した。


その時、アレクセイさんの鋭い声が響いた。


「バレたぞっ。散会して迎え撃つっ」


僕がドリアードさんに注目しているうちにキマイラに気付かれてしまったようだ。


キマイラの山羊が再び奇声をあげると空中に暗闇が発生し、その中からハーピーが大量に出現した。


「ハーピーを召喚しやがった」


無数のハーピーたちが冒険者たちに襲い掛かってきた。


アレクセイさんが魔剣を豪快に振り回し、ハーピーたちを地面に次々叩き落としていった。


アデライトさんは、魔弓で上空にいるハーピーたちを次々射落いおとしていた。


僕たちの所にもハーピーが襲い掛かってきたが、ローズマリーさんが短槍でぎ払っていた。


すると、無数のハーピーに囲まれながら戦っているアレクセイさんの指示が聞こえてきた。


「キマイラが逃げたぞーっ。セイジ君。頼んだっ」


「え。はいっ」


僕は空中にテレポートしてキマイラを追いかけた。


僕に気付いたキマイラは毒を噴射したり竜巻を起こしたりして攻撃してきたが、僕は結界やテレポートで回避した。


透明化の意味がないようなので僕は姿を現した。


すると突如、キマイラと僕の間に白い翼の生えた馬が割ってはいってきた。


(ペガサスかな?)


ペガサスの背には全身にタトゥーを入れ黄金に光る槍を持つ男が乗っていた。


その男は上半身全裸でダボダボのズボンを履き、頭に魔石が着いたターバンを巻いていた。


その男が右手を僕に向かって突き出すと、右手に彫られたタトゥーが輝き魔法が発源した。


「っ!?」


空中に石礫いしつぶてが無数に現れ、僕の方に射出された。


僕はテレポートで回避した。


男がペガサスの腹をトントンと足で蹴るとペガサスがいなないた。


すると空に突然黒い雲が現れ、その雲の中で雷が発生していた。


(やばいですね)


僕は急いでテレポートで地上に移動し森の中に隠れた。


ッドーーーーーーーーーン


次の瞬間、雷鳴がとどろき雷が落ちた。


その雷は僕の近くの木に直撃し燃え上がった。


(危なかった)


木々の隙間から上をこっそり見ると、そこにはもうキマイラもペガサスもいなかった。


(逃げられちゃいましたか)


僕がその場でじっとしていると、ローズマリーさんがアレクセイさんたちを連れて現れた。


「すみません。逃がしてしまいました」


「ああ。それはいいんだが、すごい音がしたぞ。何があった。森が燃えてるし」


「はい。それがキマイラを追っていたら全身にタトゥーを入れた男がペガサスに乗って現れまして邪魔をされました」


「ペガサスっ!?それにタトゥーの男か。そいつはスカーレット帝国の人間だな。やはり奴らがキマイラの件にんでいたか」


「冒険者ギルドでもスカーレット帝国ではないかと言ってましたが、ある程度確信を持って疑っていたんですよね」


「ああ。キマイラはスカーレット帝国の森に住む聖獣だ。縄張りを離れて移動するはずがない。スカーレット帝国の誰かがこの国に誘導していると考えられていた」


「という事はあの男がキマイラをこの国に追いやったか、使役しているかですか」


「使役は出来ないだろうな。キマイラは精霊が複数入った妖精獣だ。精神に影響を及ぼす魔法が効きづらい。何か特別な魔道具を使っている可能性もあるが、キマイラには何も身に着けていなかった」


「妖精獣ですか」


「それにしてもペガサスもいるのか。ということは雷はペガサスがやったのか」


「はい」


「やれやれ。それは厄介な相手だな」


「そうなんですね」


「ああ。ペガサスも妖精獣だな。しかもキマイラより格上で幻獣並みに強いと言っていい。俺もさすがに幻獣と戦ったことはないな」


「怒りを買えば国が滅ぶかもしれないそうですからね」


「まあな。この話の続きは街に戻ってからにしようか。冒険者ギルドにも報告しないといけないし」


「はい。そうでですね」


僕たちはその場から一番近い街に向かった。




僕たちはマゼンタ王国の東にある巨大な湖の近くにある港町に立ち寄った。


「セイジ君はこの街初めてか?」


「はい」


「そうか。湖の北東には白の大地がある。いったことあるか?」


「いえ。白の大地から流れてきた魔獣とは戦ったことありますが、行ったことはないですね」


「へえ。俺はどちらもないな。白の大地の魔獣は湖を越えてこないし、北には吸血鬼の国があるしな」


城壁を越え中に入ると木造家屋が立ち並ぶ街並みが広がっていた。


「まずは飯だな。セイジ君たちも食うだろ」


「はい」


石畳の道を進んでいくと大きな広場に出た。


そこには赤茶色のレンガで造られた、窓がたくさんある竜神教会の建物があった。


僕たちは竜神教会の近くにある料理屋に入った。


席に座るとアレクセイさんが料理を注文してくれた。


運ばれてきた料理は、豚肉のミンチを細長いハンバーグ状にして焼いてヨーグルトソースをかけた料理と、キャベツで米やお肉を包んだロールキャベツみたいなものと、肉と野菜と豆などが入ったシチューが出てきた。


「おいしそうですね」


「ああ。美味うまいぞ。俺のおごりだ。遠慮せず食ってくれ」


「あい。ありあとうございます」


みんなで食事をしていると話題はペガサスにまたがった男の話に移った。


「アレクセイさん。ペガサスの男と戦った時タトゥーが光ったんですが、何か知っていますか?」


「なんだ。知らないのか。あれはタトゥー魔法陣だ」


「魔法陣だったんですか。全身に刻まれていました」


「全身か。だとしたらそいつは相当な魔法の使い手だな」


「へえ。多いとすごいという事ですか」


「ああ。そう考えてもらっていい。あれは魔石をかして精製した魔力原液を墨に混ぜて体に刻んでいくんだが、魔法に使う魔力は体内の物だからな。魔法陣があるだけで常に魔力が消費されている。いつでも発動可能ってわけだ。当たり前だが魔法陣の大きさによって魔力の使用量が変わってくる。本人の魔力量によって魔法陣の数や大きさを調整するそうだ」


「そうなんですね」


「魔法陣の保全のために肌に刻まれたタトゥー魔法陣に何度も魔力原液を重ね塗りするから、魔石のようになって盛り上がっていることもある」


「へえ。便利なんですか?」


「それはどうかな。タトゥー魔法陣を刻むと体内を流れる魔力の流れが固定されるから、一般的な魔法が使えなくなるんだ。魔術師ギルドリングと同時に仕えない。魔法の発現は早いがな。まあ、手の内はすぐばれる。体に刻んだ魔法しか使えないからな」


「そうなんですね」


「その男も気になるがペガサスの方が問題だな」


「強いからですか」


「ああ。セイジ君はペガサスについて知っているのか?」


「いえ。全く知らないです」


「そうか。ペガサスはメデューサの血から生まれたと言われている」


「えっ!?そうだったんですか」


「ああ。遥か昔のことだが、ある冒険者がメデューサを退治したときに2体の馬が生まれたそうだ。」


「ペガサスが2体も」


「いや。もう一体は白馬ではなく金色の馬だったそうだ」


「そうなんですね。その金色の馬はどこに?」


「ペガサスはその冒険者が使役してたそうだが、金色の馬は逃げられて全く行方がつかめなくなったそうだ。今日まで王国内では目撃情報がない。それはペガサスも同じだったんだけどな。彼の死後、ペガサスも行方不明になっていたんだ」


「今はあの男が使役しているのですか」


「だろうな。どうやって手なずけたのか知らないけどね」


「血から生まれたペガサスとは、一体何なんですか?」


「そうだなあ。まずメデューサについて話そうか」


「はい。お願いします」


「そもそもメデューサは、精霊が魔獣の魔力を吸収して肉体を奪い取った存在だ。つまりメデューサも妖精だな。その後、人化してヘビの髪の毛の姿になったと言われている」


「その魔獣は何なんですか?」


「海に住む馬の魔獣。シーホースではないかと言われている」


「そうなんですか」


「だからメデューサの血から生まれたペガサスも馬の姿をしているのだろう。ペガサスが雷の魔法を使っていたことから分かるように、ペガサスは水属性だ」


「凶悪な魔法でした」


「ちなみにメデューサの首は、マゼンタ王国南東部の島にある、メデューサの宮殿の地下深くにあるたての中に封印されているはずだ」


「楯ですか」


「なぜか神聖な楯として伝わっている」


「そうなんですね」



食事が終わったあと僕たちは冒険者ギルドに向かった。


アレクセイさんが受付でキマイラについての報告をした。


すると受付さんから新たな情報を入手できたようで、アレクセイさんが僕の所にきて、その情報を教えてくれた。


「メデューサの宮殿にスカーレット帝国の間者かんじゃが侵入したそうだ。それで俺たちにそいつらを倒してくれと指名依頼があった」


「侵入者ですか。キマイラはどうするんですか?」


「それなんだが・・・」


するとそこに、あやかしの魔女さんと吸血鬼の冒険者パーティーがやってきた。


「キマイラは私たちに任せてくれてもいいぞ」


あやかしの魔女さんが話しかけてきた。


「魔女。お前たちで倒せるのか?」


アレクセイさんが怒気どきびた声で言葉を返した。


「案ずるな。セイジを借りていく」


「え」


「セイジ君を?」


アレクセイさんが僕を見た。


「まあ、それなら安心かな」


「そうかい。それじゃあ連れてくよ。いくよ坊や」


「え」


妖の魔女さんが僕の手を掴み、僕を冒険者ギルドの外に連れ出した。

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