第132話 臙脂の森ダンジョン

僕とローズマリーさんは、第1級冒険者パーティー『ブラッドレッド』のメンバーたちと臙脂えんじの森で野営をしていた。


僕たちは食事を終え、夜番の時間になるまでリーダーのアレクセイさんの話を聞いていた。


最初に異変に気付いたのは、キンイロジャッカル獣人の男性だった。


「何かが近づいて来ている」


するとブラッドレッドのメンバーが一斉に立ち上がった。


僕も立ち上がる。


しばらくすると暗闇の中に真っ赤に光る二つの目が浮かび上がった。


ガサガサと草をかき分け森の中から姿を現したのは、赤い毛をした大型の熊の魔獣だった。


「火熊か。俺に任せてもらおう。みんな下がっていてくれ」


アレクセイさんがのんびりした口調で真っ白なさやから大剣を抜き、火熊の正面に進み出た。


「こいつにはあまり効かなそうだな」


その大剣の刀身は白銀色しろがねいろで、焚火の火に照らされ赤く輝いていた。


「グオオオオオッ」


火熊が立ち上がって両手を広げ、アレクセイさんに殴りかかった。


アレクセイさんは火熊の右手をかわし胴体に切りかかった。


ズバッ


火熊の分厚い毛皮が裂け、血が噴き出してきた。


その血がアレクセイさんの鎧に降りかかった瞬間、発火した。


しかし、アレクセイさんは全く気にせずに追撃を加えた。


何か所も切られた火熊は、勝てないと思ったのか後ろを向き逃げ出そうとしたが、体の動きが突然鈍くなりヨタヨタ歩きだした。


アレクセイさんはゆっくりと近づき、火熊の首をはねた。


「明日は熊肉料理が食べられるね」


アレクセイさんは火熊の解体を始めた。


他のメンバーも解体の手伝いをして、火熊の毛皮と爪と肉と魔石を綺麗に回収していた。


アレクセイさんたちが焚火の周りに戻ってきた。


「火熊にもこの魔剣の効果があったようだね」


「どんな魔法が付与されているんですか?」


「この魔剣は『幻炎』と言ってね。傷を負わせた相手に全身を炎に焼かれる幻影を見せることが出来るんだ。その痛みもね。でも幻の炎による火傷やけどのダメージはないのさ」


「へえ。幻覚の魔法が付与されているんですね」


「火属性精神魔法だね」


すると、またキンイロジャッカル獣人の男性が何かを察知した。


「人が近づいて来ている」


しばらくすると真っ暗闇の森の中から女性たちが現れた。


身構える僕たちの前に姿を現したのは、あやかしの魔女さんと吸血鬼の冒険者パーティーだった。


ヴィルヘルム侯爵の姿は見えなかった。


「あら。セイジじゃない。それにアデライトもいる」


先頭にいたあやかしの魔女さんが僕と『最速』のアデライトさんの顔を交互に見た。


僕は一歩前に出て挨拶をした。


「こんばんは。妖の魔女さんでしたか」


アデライトさんは何も言わず、その場に腰を下ろして座り込んだ。


「アデライトは相変わらずだね。挨拶くらいしたらどうだい。邪魔していいかい?」


「どうぞ」


アレクセイさんが答え、場所を開けた。


みんなが焚火を囲んで座った。


「それじゃあ、自己紹介をしようかね。私がアデレイトの育ての親でもある妖の魔女さ」


「え。そうだったんですね」


「ああ。その話は後で教えてあげるよ。まずは仲間を紹介させておくれ」


「はい」


「彼女たちは第1級冒険者パーティー『ジェットブラック』だ。右のお嬢ちゃんがケナガイタチ獣人の吸血鬼。エイダ」


「よろしく」


髪色が黒褐色でショートヘアのエイダさんは、鎌のような武器を持っていた。


彼女の片方の足は金属の防具でおおわれていて、もう片方の足は毛皮の防具で覆われていた。


(おしゃれなのかな。それとも魔術的意味があるのかもしれない)


「そして大きいのが巨人族の吸血鬼。モニカ」


「よろしく」


髪色が灰色の筋肉質な彼女は身長が2mくらいでスタイルが良く、毛皮の防具を身に着けていた。


武器は持っていなかった。


(殴るのかな。それにしても巨人族か。そこまで大きくないんだな)


「最後。純粋な吸血鬼であるメイベルだ」


「よろしくね」


青白い顔をしたメイベルさんが僕を見てにっこり微笑んだ。


「はいっ。よろしくお願いしますっ」


深紅の髪色でストレートロングヘアのメイベルさんは細長い杖を持っていた。


指を見ると魔術師ギルドの指輪がめてあった。


(魔法使いなのか)


「ちなみに私は冒険者じゃないよ。嬢ちゃんたちの手伝いさ。領主のあの男に頼まれちまってね。面倒くさいったらありゃしない。報酬が良かったから渋々受けたんだけどね。アデレイトもいるなら断ればよかったよ」


「はあ。そうでしたか」


「さて、私とアデレイトの関係だが、マゼンタ王国とロイロー王国の境にある森で、赤子だったアデレイトを私の飼ってる熊が拾って来たのさ」


「そうだったんですか」(熊?)


「その後、私が弓の使い手に育て上げたのさ」


「へえ。すごいですね」


すると今まで黙っていたアデレイトさんが口を開いた。


「気を付けろ。そいつは魔女だぞ。そいつが出す飲み物には絶対に口を付けるな。動物の姿に変えられるぞ」


「え。そんなことが出来るんですか」


「ああ。妖の魔女の名は伊達じゃないさ。アデレイトを拾ってきた熊は元妖精さ」


「え」


「別の妖精を精霊に変えたりしたこともある。他にも私の家に侵入してきた冒険者の男をメスのシカに変えたりしたねえ」


「そうなんですか」(魔女らしい魔女ですね)


「そいつは怒ると見境みさかいがなくなるからな。無視した方がいい」


「お黙り。アデレイト。しばらく見ない間に生意気になったもんだね」


妖の魔女さんが懐から薬品の入った容器を取り出した。


それを見てアデレイトさんが素早く立ち上がった。


「まあまあ。魔女さん。うちの仲間を動物に変えないでください」


アレクセイさんが仲裁に入った。


「ふん。あんたがマゼンタ王国最強の冒険者かい」


「そうかもしれませんね。僕より強い冒険者に会ったことないので」


「アデレイトよりもかい?」


「仲間とは戦いませんよ」


「だろうねえ。まあいいさ。ところであんたに掛かっている竜の呪いを私が解いてやろうか?」


その一言で一気に場の空気が重くなった。


アレクセイさんの殺気が魔女さんに向いた。


「魔女。なぜそれを知っている」


「かかかっ。子供だねえ。殺気がれとるぞい。セイジ。あいつの鎧の下を見たことあるかい?」


「い、いえ」(僕に話を振らないでください)


「竜を倒したとき、竜の返り血を浴びて皮膚が竜の鱗のようになっちまったのさ」


「黙れと言っているだろーーっ」


怒り狂ったアレクセイさんが、目にも止まらぬ速さで魔剣を魔女さんに振り下ろした。


バクッ


「なっ!?」


「っ!?」」」」」」」


アレクセイさんの魔剣が魔女さんを切り裂こうとした瞬間、いつの間にか現れていた白い犬がアレクセイさんの魔剣をくわえていた。


「いい子だねえ。マリリン」


魔女さんが白い犬をでた。


アレクセイさんは呆然としていたが、冷静さを取り戻し魔剣をさやに戻した。


そしてアレクセイさんは若干震えた声で魔女さんに質問した。


「その犬は一体・・・・。魔獣か?」


「魔獣ごときではないさ。古代魔法文明の遺物さ」


「え。もしかして古代魔法文明のゴーレムですか?」


「そうさ。さすがセイジは理解が速いね」


「古代魔法文明のゴーレム。何だそれは」


「知らないのかい。ダンジョンをいくつも攻略しているはずなのに、一体何をしていたんだい。魔獣を倒すだけが冒険じゃないんだよ」


「くっ」


妖の魔女さんが立ちあがった。


「アデレイトのせいで場が白けたじゃないか」


「私のせいじゃない」


吸血鬼の冒険者たちも立ち上がった。


顔見世かおみせは済んだね。明日中にキマイラを退治するよ。スカーレット帝国に別の動きがあるようだしね。また会おう」


妖の魔女さんたちは暗闇の森の中に消えていった。





あやかしの魔女さんを始めとする吸血鬼の国の冒険者たちが立ち去った後、僕たちは寝ることになった。


僕とローズマリーさんは一番最後の見張り当番になった。


「そういえばセイジたちはテントを持ってないみたいだけど、どうするんだ?」


最初に見張りをするアレクセイさんが聞いてきた。


「僕は木の上で宙に浮いて寝ます。そういえばローズマリーさんはどうします?街まで戻りますか?」


「いえ。私も浮かせてください」


「わかりました」


「いやいや。セイジ君。浮遊魔法使えるの?しかも一晩中?」


「はい。そうですね」


「そうか。セイジ君は凄腕魔法使いなのか」


「いえ。凄腕までは行かないと思います。魔法の種類が少ないんで」


「そうなのかい。でもキマイラとの戦いでは君も戦力になってくれそうで助かるよ」


「はい。頑張ります」


「交代の時、起こしやすい場所で寝てくれよ」


「わかりました」


アレクセイさんは焚火の所に戻っていった。


「では寝ますか」


「はい」


僕はローズマリーさんと共に2mほど宙に浮き、結界を張って眠ることにした。


数時間後、コンコンと結界を叩かれる音で目を覚ますと、アデライトさんとキンイロジャッカル獣人の男性に起こされた。


「交代だ」


「わかりました」


二人はそれぞれのテントの中に入っていった。


僕とローズマリーさんは、周囲を警戒しながら焚火のそばで日が昇るのを待った。


日が昇る少し前から、冒険者パーティー『ブラッドレッド』のメンバーが一人一人起きてきた。


妖の魔女に育てられ、『最速』の異名を持つアデライトさんが焚火の前で静かに水を飲んでいた。


「アデレイトさん。おはようございます」


「ああ」


「・・・」

「・・・」


(会話が続かないな)


チラリとローズマリーさんを見てみると優雅にドライフルーツを食べていた。


「アデレイトさんは魔女さんに育ててもらったそうですけど、弓も魔女さんが教えてくれたんですか?」


「魔女が育てたり教えたりするわけないだろ」


「そうなんですか」


「私は私を拾った熊に育てられた。大きくなってからこの魔弓を渡されて、食糧調達に行ってこいと言われた。死にたくないから魔獣を狩っていたらうまくなっただけだ」


「そうでしたか。壮絶ですね」


「まあな。でも死ぬよりかはマシだ」


「それでアデレイトさんは、いつ『ブラッドレッド』のパーティーに入ったんですか?」


「魔女に所から逃げ出してマゼンタ王国にたどり着いて冒険者になった。一人では危険なので臨時の冒険者として他のパーティーに依頼ごとに参加していた。そうしていたら、あいつらに出会った。今回もアレクセイに誘われた。臨時パーティーだ」


「そうでしたか」

(思ったより喋ってくれてよかった)


みんなが起きてきたので朝食をとり、出発することになった。


アレクセイさんが僕に近寄ってきた。


「セイジ君。僕たちは東に向かうが同行するかい?」


「そうですね。同行します」


「そうか。それは助かる。うちは獣人の彼に索敵さくてきまかせっきりだからね。君も空から探してくれるとキマイラの発見が早まると思ってね」


「キマイラの場所の目処めどは立っているんですか?」


「ああ。そこは心配するな。一度交戦しているからキマイラの足跡を確認しているし、匂いも奴が覚えている」


「そうなんですね。では、早速空に行きますね」


「頼んだ。ハーピーがいたらキマイラがいるかもしれないから、わかりやすいぞ」


「はい」


僕たちはキマイラを探すため東に向かった。


僕は空をアレクセイさんたちは森の中を進んでいると、突然魔力濃度が変化した。


(ダンジョンか)


僕はみんなの所に降りた。


「ダンジョンですか?」


「ああ。俺たちも初めてのダンジョンだ。流石に王国の端っこにあるダンジョンにまで手を出す暇がない」


「そうですか」


「だが一応事前に調べておいた。依り代は巨大な古木だそうだ。しかも常に実が成っているらしい。依り代の木になる木の実は貴重なんだが、守護獣やその森に棲む妖精が厄介でね」


「そうなんですね。もしかして黄金のリンゴですか?」


「いや、木の種類まではわからないね。セイジ君、何か知ってるのかい?」


「以前ゴールドブルー帝国で似たようなダンジョンに行きまして、妖精さんにも会いましたね。魔力の花粉で錯乱状態にさせるダンジョンでした」


「そうなんだ。確かに緑属性の依り代は異常状態を引き起こす環境を創りがちなんだよなあ」


「そうなんですね」


「ここのダンジョンも依存性の高い香りの成分で満たされていて、ダンジョンの奥深くに誘導しているそうだ」


「危ないですね」


「ああ。でも花粉のように漂っているらしいから、注意していればその魔力香を避けていくことが出来るらしいぞ」


「みなさんなら大丈夫そうですね」


「ああ。キマイラもここのダンジョンに誘導されているのかもしれないな。まあ、魔力に抵抗して自ら中央に向かっているという可能性の方が大きいが」


「キマイラの痕跡こんせきはあったんですか?」


「足跡があった。それから、このダンジョンに棲息する魔樹は吸血性だから注意してくれ。麻酔持ちだから、いつの間にか刺されていて血を吸われるぞ」


「それはヤバいですね。僕は空にいるので皆さん気を付けてください」


「そうだったな。俺たちもダンジョン中央に向かう」


「わかりました」


僕は再び空に戻りキマイラを探すことにした。


しばらく進んでいると森の奥から衝撃音が聞こえてきた。


僕は地上に降りてみんなの所に向かった。


「来たかセイジ君。何者かが戦っているようだな。これだけすさまじい音が響いているという事は、恐らくキマイラとそれに匹敵する強さを持つ魔獣が激突しているね」


「守護獣ですかね」


「だろうね。気配を消しながら近づいて様子を見てみよう」


アレクセイさんたちの気配が消えゆっくりと進みだした。


(僕、気配消せないんですけど)


僕は取り合えず透明化して、一番後ろからついて行くことにした。

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